第39話 汽車

 ぱちぱちぱちぱちぱち



 自分たちが今いる、〔せいタンバリン〕 からこのゲームクロスロード・メカヴァースに参入している世界樹についての解説を終えたセイネに、アキラはレティスカーレットアルアルフレートともども拍手した。


 場所は世界樹・第8宮ホドの、外縁部の空港から出発した、球の中心部まで続いている鉄道を走る蒸気機関車の寝台個室の中。広さはベッド4台とその隙間の狭い足場のみとギリギリ。


 例によって希望すれば一瞬で目的地に到着するが、周りに他のPCプレイヤーキャラクターがおらず仲間内だけでのんびりできる機会なので、この世界樹をあまりよく知らなかったアキラとレティのためにとセイネが気を利かせてくれた。



「面白かったよ。セイネのいつもの動画どおりだね」


「慣れてる感じだったわね」


「生で見れて感激でござる!」


「恐縮です♪」



 セイネは車両の窓に貼りつけるように表示していた、世界樹の簡易マップつき解説図が映った大画面ウィンドウを閉じた。同じ画像はすでに3人のアカウントにも送信されている。


 Xtuberクロスチューバーの活動の一環としてさまざまなアニメやゲームの解説動画を配信しているセイネの話は分かりやすく面白かった。


 さすが登録者数500万。



「セイネがタンバリンに詳しくて助かったよ。ボクも好きだけど世界樹については初耳なことばかりだった」


「アタシも。悔しいけど負けたわ」


「アキラとレティさんだって、アタルについてなら詳しいじゃない。設定資料集とかまで網羅して。それと同じ。世界樹の詳細なんてアニメだけ見ても分からないものね」


「「うん」」



 現代日本人男性のたん りんが召喚された先の異世界で巨大人型ロボット聖骸夫シュラウドに代表される彼の科学知識を活かした発明品によって大戦を勝ちぬいていく──


 という聖騎士タンバリンの物語において、輪を召喚したエルフの女王ラティ・メリアが治める世界樹の出番は、意外と少ない。


 ストーリーは主に他の場所で展開し、世界樹は映っても女王のいる王城の描写がほとんど。細部まで設定されていながら、その全容が劇中で描写されることはなかった。


 しかし!



「わたしたちタンバファンはこの世界樹をすみずみまで冒険できるゲームを待っていたの! 絶望視されていたけど、原作単独でなくクロスオーバー世界の一部としてでも、こうして実現した! ありがとうクロスロード‼」


「よ、よかったね」


「あ、アタシもタンバリン見直したり、設定資料集を見てみようかな……せっかくココで冒険するなら、思いいれが深いほうが楽しめそうだし」


「ぜひそうして⁉」



 親友の剣幕に、アキラは少し引いた。好きな気持ちがほとばしっているのは素晴らしいが、自分も 〔しんえいゆうでんアタル〕 のことになるとこんな感じなのかと思うと複雑である。



「ところで」



 おもむろにアルが口を開いた。


 アキラたちはアルに注目する。



「セイネ殿はご存知と思うが。アキラ殿、レティ殿。その窓はガラスではなく、セレナイトでできているのでござる。さくじつ、魔龍と戦った大空洞にあった巨大クリスタルと同じ物質でござるよ」


「「そうなんですか!」」



 確かに、巨大クリスタルから透明な板を切りだして窓の材料にすると言っていた。あの大空洞の出典はここと違って 〔どうたいりくドラゴナイト〕 だが、今や両者は繋がっている。あのドワーフたちの売った板がここに使われていることもありえる。


 レティがため息をついた。



「よかった……汚い金儲けなんかじゃない、ちゃんと人の生活に役立ってるんだって実感できました。ありがとう、アルさん」


「どういたしましてでござるよ……さて、お三方がよろしければ、そろそろ目的地に向かおうかと思うが、いかがか」


「「よろしいです!」」


「はい、わたしも」


「では──もしもし。汽車を急がせてくだされ」



 アルが個室の壁にかけられたレトロな電話の受話器を取って運転席に通信すると、窓の外を流れる景色が急加速した。


 岩山の渓谷を縫って蛇行する鉄骨の高架橋を走る大きな列車に、ジェットコースターのようなスピードを出されると大変スリリングだが、もちろん脱線などはせず──


 汽車は終着駅についた。


 有名人のセイネは再びフード付マントを羽織って正体を隠し、4人とも降車。大きな駅舎を出ると、人の多い広場の中央に透きとおった円柱が何本もそそりたつ光景。


 柱は筒状で、中で人を乗せたカプセル型のゴンドラが昇降している──このホド宮と、真上にあるゲブラー宮を結ぶ昇降機エレベーターだ。


 4人は柱の1つの基部で門をくぐり、ゴンドラに搭乗。扉が閉まると上昇が始まり、透明な壁の向こうで地上がみるみる遠ざかっていく。



「「うわぁ……!」」


「軌道エレベーターって実現したらこんな感じかしらね」


「セイネ殿はSFにも通じておられたか」


「そういうアルさんこそ♪」


「拙者、エルフ侍こんなナリの割に雑食でござる♪」



 ゴンドラはホド宮の頂点に達し、その球殻にあいたトンネルを通過。外に出ると東に世界樹の幅広い幹と、そこから伸びる枝々が見える景色となり──


 あまりに長大なので、ここも超倍速で短縮。


 ゲブラー宮にその底部から突入、とたんにゴンドラの中しか見えなくなる。円柱の外がゲブラー宮の下半分を占める地中だからだ。そして急に明るくなるとゴンドラがとまり、扉が開く。



 パシャッ


「「「わぁ……!」」」



 アキラとレティに、今回はセイネの声も重なった。降りた所は丘の上にあるらしく、眼下に一面の緑が広がっている。先ほど車内でセイネが解説した、ゲブラー宮の大森林。石柱群も見える。



「これは、テンション上がる……!」


「まさに修行場しゅぎょうばってカンジね……!」


「わたしもこうして見るのは初めて! ……っと、それじゃあ。アキラ、レティさん、そしてアルさん。わたしはここで失礼しますね」


「うん。今日きょうはありがとう」


「じゃーね」


「またお会いいたそう!」



 マント姿でセイネは去っていった。もともとアキラの新しい仲間が信用できるか確かめるために来た網彦セイネはもうその目的は果たしている。


 本拠ホームをここに設定しなおしたあとはログアウトして動画編集にいそしむとのことだ。その後ろ姿を見送ってから、アルがアキラとレティに向きなおった。



「それでは、おふたかた!」


「「はい!」」


「修行のため滞在する、エルフの樹上都市へ参りましょうぞ!」


「「参りましょう‼」」

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