第40話 極意

 世界樹の第5宮ゲブラーの大森林、その一角にあるエルフの樹上都市にやってきたアキラ・レティスカーレットアルアルフレートの3人は、ここの傭兵ギルド宿舎を訪れた。


 宿舎は1本の大木。


 かつて雷に打たれたことで外側を残して内側だけが焼失したことで筒状になった幹の内側に、何十階層もの床を張ることで、いびつな円筒形の塔としたものだという。


 地上から見上げると、緑の葉をつけた枝々の上にもまた木造の家屋が乗っている。この木はまだ生きているのだ。


 根もとの亀裂から入った先の1階は 〔始まりの町〕 のギルドと同じく酒場になっていた。広さも同じくらい。あちらの四角い建物に対し、こちらは丸く壁が生木なところに異国情緒を感じる。


 テーブルも椅子も丸太でできている。


 光源は蛍のように漂う光の精ウィルオウィスプたち。


 多種多様な格好をしたPCプレイヤーキャラクターの傭兵たちに交じって店内で働くNPCノンプレイヤーキャラクターは、妖精らしく緑の服にとんがり帽子のエルフたち。


 アルが深々とうなずいた。



「これぞエルフの里! 我が心のふるさとでござる!」


「「あはは……」」



 アルはエルフ侍というエルフらしくない役割ロール演技プレイをしているが、ステレオタイプなエルフも普通に好きらしい。


 それから3人は受付で、この宿舎を本拠ホームに設定した。これで今後はログインした時ここから始められるし、死亡した時もここに戻ってこられる。アキラはこの地に根づいたような感覚がした。



「では、上へ」


「「はい!」」



 アル、アキラ、レティと一列に並んで、生木の壁に沿った螺旋階段を登っていく。天井にあいた穴を通ると──壁際にズラッと稽古用と思われる武器が並んだ空間。


 2階は道場になっていた。


 他に人、PCの姿はない。


 いても 〔こことは別の2階〕 にいる。


 始まりの町でオルオルジフと出会った武器屋のように、同じ場所に複数の空間がいくらでも重なって存在できるシステムなので、パーティーメンバーだけで貸切となる。


 アルが道場の中央に立った。


 振りかえってこちらを見る。



「いずれは外に出て、大自然の中での修行らしい修行もしたいでござるが、はじめはここで基礎的なことをお伝えしたい所存……おふたりとも、それでよろしいでござろうか」


「「はい!」」


「では、始めるといたそう!」


「「よろしくお願いします!」」





「ふむ」



 アルは壁際の棚から西洋風の金属剣を2本、両手で掴んで持ってきて、アキラとレティに1本ずつ差しだした。



「これをお使いくだされ」


「「はい──うわっ⁉」」



 2人して、受けとったとたんに落としそうになった。自分たちがいつも使っている神剣より、ずっと重い。力を入れなおし、なんとか持てたが、アキラはこれを振りまわすのは無理だと思った。


 危なすぎる。



「ははぁ、これはアレね! 普段は重い武器を使って筋力をつけておいて、実戦ではそれより軽い武器を使うから身軽に動ける〜って、漫画でよくあるヤツ! ですよね、アルさん!」


「残念ながら……」


「あれぇっ⁉」



 レティの得意な洞察も今回は外れたらしい。



「そういう実例はござるが、こたびは違う意図でござる。そもそもアバターの筋力は変わらぬし、プレイヤーの筋力を鍛えてもアバターの筋力には反映されぬでござる」


「あーッ! そうでした!」



 現実で筋肉ムキムキでこれと同じ剣を軽々と持てるプレイヤーでも、ウィズリムを通してアバターを操作する限り、アバターの筋力で持てない剣は持てないということだ。



「では、どういう意図で?」


「すぐ説明するでござるが、まずは振ってみてくだされ」


「は、はい……」


「分っかりました!」



 無理と思った矢先なのでアキラは躊躇したが、レティのほうは威勢よく返事して剣を脇に構えた。ただし持ちあげられないようで切先が床についたままだ。



「うりゃあ‼」


 ブン──ガイーン!


「うわぁっ⁉」


「ひゃあっ⁉」



 ぷるぷると剣を持ちあげながら横薙ぎに振りまわした時、レティは姿勢を崩してたたらを踏み、そこそこ離れていたアキラのほうに突っこんできた。



「ごめん、アキラ! 大丈夫⁉」


「いやまぁ、そりゃ大丈夫だよ」



 リアルだったら死んでいたが。このゲームクロスロード・メカヴァースでPCの攻撃はPCにダメージを与えられないルールなので、アキラの腹を刺すかに見えた剣は直前で弾かれた。



「うぅ、ほんとにゴメンなさい~っ」


「レティ殿、お気に召されるな。リアルでは危険な稽古でも安全に行えるのも、このゲームの利点でござる」


「はい……」


「レティ、ボクは気にしてないから」


「うん……ありがとう」


「では、次はアキラ殿」


「あっ、はい」



 順番が来てしまった。


 さて、どうしようか。


 やはり持っているだけで精一杯で、力を込めて振るどころではない。無理に込めれば今のレティの二の舞になる。


 アキラは姿勢はレティと同じ脇構えから、レティのように力は入れずに、とにかく振ることだけに専念した。



「よっと──ああっ⁉」


 ヒュン──ズガッ‼



 アキラの手から剣がすっぽぬけ、飛んでいって壁に刺さった。仮にこれが現実で、投げた先に人がいたら殺してしまっている。結局レティと変わらなかった。



「お見事!」


「嘘ですよね⁉」


「嘘ではござらぬ。今のアキラ殿の動きを最後まで剣を手放さずにすること。それが拙者の剣の基本にして極意なのでござる」


「「……?」」


「まぁ、見ていてくだされ」



 アルは壁に刺さった剣を抜いた。そしてアキラとレティは両手で振ったそれを片手で軽々と持ち、2人と同様に脇に構えてから──



 ビュン!


「「!」」



 2人とは比べものにならない速度で振りぬき、その姿勢でビシッと静止した。もちろん剣は右手に握られたまま。



 ビュビュビュビュビュッ!



 さらに縦横無尽に振りまわす。一撃の間隔が短すぎる。あの重い剣で。この高速の剣技は昨日も見たが、それは武器が竹光で軽かったからではなかったのか。


 動きをとめ、アルは言った。



「今のは先ほどのアキラ殿と同じく 〔ブン回しただけ〕 で力を込めておらぬ。込めずとも振りはじめれば剣はその重みから遠心力で加速する。拙者はそれを手放さぬよう握っておっただけ」



 さすがに 〔だけ〕 ということはないはず。


 分かりやすく言ってくれているのだろう。



「筋力で簡単に持ちあげられる剣だと、この感覚を養うのはかえって難しいのでござるよ。なので持てるギリギリの重さの剣で練習するのでござる」

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