第41話 皆伝

 それから。


 アキラとレティスカーレットは重い剣でひたすら素振りをした。


 アルアルフレートに言われて、同じ動作を漫然とくりかえすのではなく、振りかたは自由だが一振り一振りをていねいに、自らの体と剣の動きを確かめながら。


 アキラはとにかく剣をしっかりと持つように意識した。


 初めに試した時に手放してしまったのは、剣が手から飛びでる方向に働いた遠心力が予想より強く保持力が足りなかったから。


 二度と放すまいときつく握りしめると、剣がすっぽぬけることはなくなったが、今度は先ほどのレティのように力みすぎたようで勢いに振りまわされがちになった。


 レティのほうでは逆のことが起こったようで、先ほどの自分のように剣を投げて壁にぶつけてしまっている。きつすぎず、緩すぎず、力加減が難しい。それでも……



「よっ、はっ」

「えい、やっ」



 試行錯誤している内に、なんだか少しだけ、コツが掴めてきたような……そう思ったところで、アルがパンパンと手を叩いた。



「そこまで!」


「「はいっ!」」


「もうじき夕方、おふたりはログアウトされる時間でござろう。本日はそろそろお開きに──ただ、最後に少しだけ。ご自分の剣に持ちかえて振ってみてくだされ」


「「はい」」



 アキラは重い剣を棚にしまい、背中の鞘から自分のしんけんすいおうまるを抜いた。軽い。これとて金属の塊、決して軽くはないのだが、今しまった剣と比べると羽のようだ。


 剣を頭上に振りかぶり。


 前方へ振りおろす──



 ビュッ‼


「「⁉」」



 アキラの剣が切先を前方に向けてビタッと静止した……速い。過去この剣を今ほど速く振れたことはない。隣ではレティがしんけんおうまるを手に同じ姿勢をしている。



「レティも、感じた?」


「うん……嘘みたい。これまでどんなに力いっぱい振りまわしても今ほど速く振れたことなかったのに。どうして? アバターの筋力が向上したんじゃないんですよね?」


「今のが剣が自重によって飛ぶ速さでござる。おふたりとも、こたびは重い剣での素振りと同じく自らの力は込めず、慣性で動くのに任せたでござろう?」


「「はい……」」


「これを逆に 〔もっと速く振ろう〕 とりきむと手の内が硬くなって剣の自然な動きを妨げてしまい、かえって速さを殺してしまうのでござる。厄介なことに」



 今までの自分たちはそうだったのか。


 力が足りないのではなく、逆だった。



「そうならぬよう、自力で振りまわすのではなく、ただ自由に飛びたとうとする鳥を捕まえておく心持ちで握る──これぞ我が剣の基本にして極意。おふたりとも、めんきょかいでんでござる!」


「「ええーッ⁉」」



 アルは褒めてのばすタイプらしい。


 それはありがたいが、おおげさだ。


 さすがに鵜呑みにできない。



「これで卒業なんて言わないでくださいよ? まだまだ教わりたりないです!」


「そうです! だってアタシ、前より上手く振れたって実感できたけど 〔まだまだ〕 だってのも分かっちゃったから!」


「失敬失敬、無論これでおふたりを放りだしたりはせぬ。今後もともに腕を磨いてまいろう。ただし昨日もお話したとおり師弟としてではなく 〔まだまだ〕 同士として」


「「アルさんが、まだまだ?」」


「拙者も未だに剣を振る度 〔まだまだ〕 だと感じ、この基本をみちしるべにさらなる改良を模索する日々。おふたりは今その道を歩みはじめたばかり、拙者との違いはその歩数のみにござる」



 そう言われると、そんな気がしてくる。


 上手く乗せられている気もするが、この歩みを続けた先で、自分もアルのようなひと目で達人だと分かる超速の剣技を操れるようになれるのかと思うと、アキラはワクワクした。



「っと、もう時間でござるな。それでは」


「「はい! ありがとうございました!」」





 翌日の午後。


 アキラはいつもどおり小学校から帰ってからクロスロード・メカヴァースにログインした。


 今日はアルの予定がつかず、レティと2人で練習する予定。そのアルからメールで 〔素振りばかりでは飽きが来るゆえ、昨日 覚えたことをフィールドで試してみなされ〕 と言われている。


 本拠ホームに設定したエルフの樹上都市の傭兵ギルド宿舎にアバターが出現、レティと合流して外に出る。大木の洞に作られた宿舎の1階からではなく、高層階から。



「「わぁ……」」



 そこからの景色は、木々の迷路だった。この森の都に生える数々の巨木から伸びた枝が複雑に絡みあい、枝々には吊り橋の街路が張りめぐらされている。


 緑の天蓋から木漏れ日が射しこむ中、ここの住人のエルフたちが吊り橋も使わず枝から枝へじかに跳びうつっている。



「落ちたら死ぬね」



 出てすぐの足場は宿舎の大木の枝。フラつかずに立っていられるだけの太さがあるが柵がないのでアキラはちょっと怖かった。


 一方、レティは平気そう。



「死に戻りするだけだし気にしない! ん~、いいわねコレ! エモ~い! メルヘン! さっ、早く行きましょう‼」


「あっ、うん!」



 テンションの高いレティが先に進んでいき、アキラはあとを追いかけた。レティの言うとおり、現実の自分が墜落死する心配はないのだから楽しまないと損だ。


 枝の上を歩いて吊り橋へ。それから橋を渡って隣の木、そこからまた隣の木へと、アスレチックな街路を歩いていく。


 木が巨大な分、自分たちのほうが小動物になったような。なるほど、これはエモい。レティの感じているものが自分にも分かった気がした。



「「せーのっ!」」



 都市外縁部の木の上から飛びおりる。もちろん投身自殺ではなく──ぼよん! 地面に生えている巨大キノコの上に落下、その弾力に受けとめられて無事に着地する。


 この森の地面は広々としている。


 巨木同士は間隔をあけて立っており、他に低木などは生えていないため、地面は土がむきだしか少し草が生えている程度。アキラはそこをレティと一緒に夢中で走った。


 しばらくして、森を抜ける。


 視界が開けて、明るくなる。


 そこに広がっていたのは短い草に覆われた、なだらかな丘陵。その頂上には大きな自然石を人工的に並べたと思しき環状列石ストーンサークル。ここが今日の目的地──そこには先客がいた。



 ギャギャッ⁉


「「ゴブリン‼」」



 アバター身長120センチメートルのアキラとレティよりもさらに小柄な小鬼のモンスター、ゴブリンの群が列石のあいだから姿を現し、こちらに襲いかかってきた。

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