第144話 大人

(マズイ、このままじゃ……!)



 しん翠天丸すいてんまるを駆り、サラサラリィの駆るSVスレイヴィークル・アヴァントと空中で闘い、押されるほどに、アキラの中で不安が膨らんでいく。


 明日の空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会との決闘でサラ本人か、彼女と互角というクライムと当たったら、自分は負ける……いや、負けること自体はいい。


 セイネの 〔計画〕 は、反目する研究会と同好会の会員たちを和解させるため、団体戦で行われる決闘の各試合をほぼ﹅﹅引き分けとし、試合後に選手同士が互いの健闘を称えあう姿を見せて感化させようというもの。


 完全な﹅﹅﹅引き分けではない。


 このゲームにおける決闘デュエルで双方のHPが全く同時に0になる 〔引きわけ〕 は存在はするが、〔同時〕 の判定が厳しく、まず起こらない。


 それを狙って起こすのは無理なので、最終的にはどちらかが勝つことは元から想定している。ようは決着までに手に汗握る接戦を見せればよい。


 だが。


 明日の本番で今と同レベルの闘いをしたとして、それが観客の目に 〔接戦〕 と映るとは到底、思えな──



『隙ありッ☆』


「しまっ──」


 ドガシャァァァッ‼



 横合いから突っこんできたサラ機のアヴァントが乗っている空中騎乗物の円盤に激突され、翠天丸が吹っ飛ばされた。



『休憩にしよっか』


「えっ?」


『集中力、落ちてるよ』


「あっ……はい」


『じゃ、降りよ?』



 アキラはサラとテーブルマウンテン山頂の森の中の、本拠ホームに指定してある開けた場所に降りたった。そこで機体を降り、機体はそこに置いたまま、生身アバターで焚火のそばに座りこむ。


 ギアナ高地はまだ夜中。垂れこめる闇が、焚火の周りだけ暖かい光に押しやられている。現実の炎そっくりに見える高解像度の焚火をぼんやり眺め、アキラは知らず溜息をついた。



「はぁ~……」


「ねぇ、少年」


「えっ? は、はい」



 すぐ隣に座ったサラがこちらに顔を向けていた──といっても、隠密マントのフードに隠れて顔は見えないし、見えていたとしてもアバターに表情はないのだが……聞こえた声から、アキラはサラが優しく微笑んでいるように感じた。



「夢って、なに?」


「…………えっ?」



 哲学問答だろうか。



「ゴメン、言葉が足りなかったね。ほら、2週間前。ウチの同好会がそっちの研究会にケンカ売る動画を送って、バニーちゃんの身内で対策会議やった日にさ」


「ああ、あの日ですね」


「バニーちゃんがウチの代表のミーちゃんに密約を持ちかけに行くって話になって、少年も行きたいって言った時さ、〔ボクの夢のためにも〕 とかなんとか言ってなかった?」


「げっ。そんなこと言いました? 口が滑ったな……」


「あっ、聞いちゃマズいことだった⁉」


「いえ、そんなことは」



 確かにその件は、このゲームの中で誰かに話したことはない。カイルエメロード網彦セイネは知っているが、それはリアルのほうで話したからだ。


 その話題をゲーム内で伏せていたのは 〔ネットで個人情報を漏らすべきではない〕 という自衛意識からだったが、見知らぬ他人が相手ならともかく、ここまで仲良くなった人にまで隠す必要は感じない。


 アキラの口は自然と動いた。



「ボク、将来SVエスブイのパイロットになりたいんです」


「えっ⁉」


「それでSVの操縦機器と同じものを使ってるVRマシンがウィズリムだって知って、それ対応のロボゲーをやれば、実機のSVを操縦するための訓練になるだろうって。それでこのクロスロードを始めたんです」


「意外……少年、機神にしか乗らなくて、SVには興味ないのかと思ってた」


「いえ、その。昔から好きだったアニメのロボットに乗りたい気持ちに抗えなくて。機神はSVと同じサイズで操縦感覚が変わらないって聞いたので、じゃあいいかなって」


「そうだったんだ……」



 サラの声が、心なし沈んだ気がした。



「少年にとってこのゲームは、ただ楽しい遊び場ってだけじゃなくて、夢を叶えるために必要な修行場だったんだね……だから、なくさせるわけにはいかないって、あんなに必死だったんだ」


「はい……あ、ボクからも聞いていいですか?」


「え? いいけど、なに?」


「あの日、サラさんは研究会とガチンコ勝負するのを楽しみにしてる様子でした。でもそのあとの話で、なんかちょうする流れになっちゃって……よかったのかな、って」


「少年……」


「本当は納得してないのに我慢されてるんじゃないかって、気になってたんです」


「もう~っ、こいつめっ!」


「さっ、サラさん⁉」


 ビーッ! ビーッ!



 警報が鳴りひびく。サラが急に抱きついてきて、その接触がハラスメントの可能性ありとシステムに判断されたからだ。


 アキラはサラに頭をわしゃわしゃされながら、眼前に開いたウィンドウで【承認】をタッチ、この接触はハラスメントではないと報告して警報を消した。


 逆にハラスメントである、とサラを通報することもできたが、別に嫌ではないので、そこまではしない。ただ、サラといい感じのクライムに対して後ろめたい気はする。明らかに子供あつかいだし、サラは誰にでもこんな距離感っぽいので気にすることもなさそうだが。



「……ありがとうね」



 そのサラの声は、さっきより一段と優しかった。



「な、なにがですか?」


「気にかけてくれてて」


「いえ、そんな」


「本当はね、少年が想像したとおりモヤッてたんだ。でも両会を和解させるためにはトップ同士が裏で繋がって感動的な試合に仕組むことの意義は理解できたし。サービス終了がかかってるって時にゴネるほど、あたしも子供じゃないしさ」


「サラさん……」


「ゴネそうなキャラだと思ってた?」


「はい──あっ、す、すみません!」



 アキラが口を滑らせると、サラはけらけらと笑った。



「いーんだよ。あたしが自分でそういうキャラとして振るまってるんだから、このゲーム内では。でも、それは役割演技ロールプレイ。あたしの素でもあるけど、全てじゃない……これでも、大人オトナなんだ」



 アキラは腑に落ちた。


 サラは誰にでも気さくで、アキラは好ましく思っていたが……そのフランクな姿勢は、相手によっては失礼と取られてもおかしくない。


 それで怒るような人とはゲーム内ならつきあわなければ済むことだが、現実社会ではそうもいかない。きっとサラの中の人プレイヤーは、現実の人づきあいではこんなキャラではないのだ。


 そう、実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る