第143話 再戦

 青と白の、全高5メートルの巨体。背に翼を生やした3頭身の人型、すいてんまるが剣を手に空を翔ける。その向かう先には赤字による【ドッペルゲンガー・翠天丸】の表記。


 まだ星空の中にそのアイコンだけが浮かんで見えるが、そのそばには翠天丸を漆黒に染めた姿のドッペルゲンガーがおり、向こうもこちらを目指して一直線に飛んできている。


 今、その姿が見えないのは遠くて機影が小さいためだが、この夜闇の中で黒い機体、近づいてもよく見えないだろう。ハッキリ見えている赤い名前アイコンを目印に位置を測る。



(落ちつけ……)



 機内亜空間コクピットで翠天丸を操縦するアキラは、一度は敗れた相手への恐怖から高まる緊張を鎮めようと深呼吸した。


 前回このドッペルゲンガー・翠天丸と戦った時もこうして互いを目指して直進しあった。そして激突の直前に相手が加速したのに驚いて、なにも反応できずに斬られた。



〔直前急加速〕



 のちに空中格闘研究会でそう命名されることになる技をドッペルゲンガーは使った。当時はその名もその存在も知らずに敗れたアキラだが、今は違う。


 直前急加速による攻防の練習なら、研究会の集会でアルと組んで何度もやった。2週間も前なのが不安だが、あの日に学んだことを思いだせ──



(!)



 ドッペルゲンガーとの距離がだいぶ縮まってきた。あと数呼吸で接敵する──と意識すると、アキラの頭がクリアになった。思考を脳内で言葉にせず、ただなすべきことをイメージする。


 前回ドッペルゲンガーが直前急加速をかけたタイミングは覚えていた。今回、その間合いになるさらに直前に、アキラは翠天丸を上方へと急加速させた。



 ブワッ!

 ゴッ──



 翠天丸が飛びあがるのに一拍 遅れてドッペルゲンガーが急加速するのを、アキラは静かに見下ろした。


 翠天丸も急加速したと言っても前方斜め上方にであり、重力に逆らって上昇するのにエネルギーを取られ、前進するスピードはむしろ落ちている。


 その分、あのまま直進していた場合よりも相手と交差するまでの時間は伸びて、アキラには敵の動きを見る余裕ができた。ドッペルゲンガーは急加速と同時に、針路をわずかに横にズラした。


 こちらから見て、右に。


 ドッペルゲンガー側からすれば左に、ほんの少しだけ逸れた。そうしながら、両手で握った剣を右に差しだすように構えた。


 それは翠天丸があのまま直進していた場合に、ドッペルゲンガー本体はその脇を通過しながら、右に伸ばした剣で翠天丸の胴を薙いで両断するコース。


 前回と同様に。


 アキラは今回もドッペルゲンガーがそう来ると読んでいたわけではない。予知能力もなければAIの考えを予想することもできない。


 ただ──


 空中格闘戦で最もやりやすい攻撃は、相手の横を通りすぎながら、そちらに差しだした武器を当てることだ。上や下だと距離感を計りづらい。


 そして剣を横に構える場合、今ドッペルゲンガーがしているように切先を右に向けるほうが、左に向けるよりやりやすい。


 それは剣の持ちかたに起因する。


 通常、剣を両手で握る場合、右手は柄の切先側を、左手は反対の柄頭側を持つ。その状態で両腕を真っすぐ前に伸ばせば、剣の切先は自然と右を向く。


 左に向けると、左右の腕が交差することになり、その分だけ間合いも短くなるし、振りづらくなり力を込めにくくなる。だから横薙ぎの場合、右から斬るほうがやりやすい。


 アキラ自身そう思う。


 だから、ドッペルゲンガーが直前でどの方向へ急加速するかなどアキラには分からなかったが、右からの横薙ぎをしてくるコースが相手にとって最もやりやすいとは思っていた。


 そのとおりのコースに来たから──即座に反応できた。



「必殺!」



 実際は上昇してからドッペルゲンガーを眼下に捉えた直後に、アキラはそう叫んで剣の威力を上げるスキル 〔りゅうけん〕 を発動させながら、翠天丸を急降下させた。


 機体の正面を地面のほうに向けて、飛びこむように──ドッペルゲンガーが一瞬ののちに到達するだろう予想地点へ、上から襲いかかる!



 ズバァッ‼



 屠龍剣──とアキラが技名を叫ぶまもない瞬間に、翠天丸はドッペルゲンガーが変身した黒い翠天丸の脇をすりぬけながら、スキルの効果で青く輝く剣で相手の胴を両断した。



 ドガァン‼



 HPが0になり、ドッペルゲンガーが爆散する。その炎を頭上に見ながら、アキラは翠天丸を空中で静止させた。



「勝っ、た……?」



 戦う前は散々ビビッていたのに、いざぶつかってみるとあっけなく勝ててしまった。前回はまるで歯が立たず瞬殺された相手なのに。


 それだけ自分が成長した証ならいいのだが、どうも実感が乏しくて素直に喜べない。それでしばし固まっていると──通信の着信音が鳴り、アキラは慌てて通話を開いた。



『やっほー、少年しょーねん♪』


「サラさん?」


『後ろ後ろ』


「へ……うわぁッ⁉」



 アキラが首を回すと、翠天丸の背後にこちらと同じ5メートル級の人型ロボットが、停止飛行ホバリングする空飛ぶ円盤の上で立っていた。


 SVスレイヴィークルアヴァント──藍色に塗られたその機体はサラサラリィのものだ。頭上の名前アイコンからも彼女が乗っているのが分かる。


 足もとの円盤は見慣れた空亀ではないが、それと同じ空中騎乗物だろう。空亀が生物なのに対し、こちらは機械製の。



『見てたよ。お見事!』


「ありがとうございます……どうして、ここに?」


『あたし、明日あしたの本番ではこの子に乗って戦うけど、これまで生身アバターでの練習ばかりだったからさ。メカ搭乗状態だと感覚が違うから、今の内に慣れとかないとって』


「あ、ボクも同じ理由です」


『やっぱね♪ じゃあ、手合わせしない? お互い、相手がいたほうが練習になるっしょ!』


「はい! しましょう‼」



 アキラは自力飛行する翠天丸に乗っての空中格闘戦スタイルで、サラは円盤で他力飛行するアヴァントに乗っての空中騎馬戦スタイルで、決闘デュエルは申告せず互いにダメージを与えられない、地稽古が始まった。


 お互い、生身より重く小回りが利かないメカを駆って、生身での練習で覚えた技を再現していく……そうして、生身とメカでの感覚の違いに慣れるという目的は達した。


 ただ、アキラは。


 メカ戦になってもサラとの力の差は埋まらず、明日の決闘でサラと当たったら勝てないという想いを新たにした。

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