第142話 忘却

 亀仙人とは最大5回、戦う仕様だった。


 海辺を再現した演習場の上空にて、空中格闘戦スタイルの受験者は空中騎馬戦スタイルの亀仙人と1対1で戦い、相手のHPを0にして勝利すると、次の亀仙人が現れる。


 この時、受験者のHPは全快する。


 次の亀仙人は姿こそ同じだがスピードやテクニックが強化されており、倒すのはより困難になる。それを倒すと次はさらに強化された亀仙人が~というのを、5人までくりかえす。


 亀仙人に5回、勝利すれば試験終了。


 5連勝するまでに1回でも自身のHPが0になれば、その時点でも試験終了。そうなっても失格ではなく採点されるが、上位4名に入るのは厳しいだろう。


 アキラは3人目までは順調に勝てたが、4人目と5人目は苦戦した。それでも特訓で何度も手合わせしたサラサラリィほどの強さではなかったので、なんとか勝てた。


 そして受験者全員の試験ミッションが終了。


 その場は一時解散となり、それからセイネが1人で全員分の戦闘内容を採点し……数時間後、SNS 〔ブルーバード〕 の空中格闘研究会によるグループDM上にて結果が発表された。


 入選者である上位4名は──



1位:カイル

2位:エメロード

3位:アキラ

4位:オルジフ



(ふぅ……)



 アキラはひとまずほっとした。


 選抜試験が始まる前は 〔計画〕 メンバー以外が入選したらどうしようと心配したが、無事にメンバーだけで選手を占めることができた。


 メンバーの受験者5人の内、落選した1人はアルアルフレートで、5位だった。アルは12日間の特訓で自力飛行への苦手意識を克服したが、それでも他のメンバーと比べれば自力飛行スキルがやや劣り、それが結果に響いたのだろう。


 〔計画〕 上、選手をメンバーで占められれば落ちる1人は誰でも良かったのだが、アキラは自分の入選を素直に喜べた。落ちていれば選手としての責任の重圧から逃れられるが、自分の将来がかかった闘いを他人に任せて見ているだけになりたくないという想いのほうが強かったから。



【セイネ】

〖それではカイルさん、エメロードさん、アキラさん、オルジフさん、明日はよろしくお願いします。なお本番で闘う順番は、これからわたしが同好会代表と打ちあわせて決定します〗


〖選抜試験の得点の高い順に副将・中堅・次鋒・先鋒となるわけではありません。本番の決闘は生身アバターではなく選手が所有するメカに乗って行い、互いのメカのサイズは同じに揃えますので、同じサイズのメカを持っている選手同士をマッチングしないといけませんので〗


〖同じサイズのペアができなかった場合は生身アバターでの対戦になります。結果はあとでご報告いたしますので、この場は解散とします。選手のみなさんはしっかり休まれて明日に備えてください!〗





 セイネから発表があったのが正午のこと。


 それからアキラは現実で両親と昼食を済ませたあと、再びクロスロードにログインした。アバターがギアナ高地のテーブルマウンテン山頂の本拠ホームポイントに出現。


 そこは日本との時差でまだ真夜中。


 森の中の開けた草地の中心、焚火のそばでアキラは愛用の剣を鞘から抜いた。ロボットアニメ機神英雄伝アタルの主人公が用いたのと同じ 〔しんけんすいてんまる〕──それを、天に掲げる。



翠天丸すいてんまるーッ‼」


『ピィィィィッ‼』



 神剣は一筋の青い光となって天を突き、上空の黒雲に風穴をあけた。そこから青く輝く巨大な翡翠カワセミが高い鳴き声を上げながら舞いおりてくる。


 すると巨鳥は姿を変え、全高5メートル弱で3頭身の青い人型ロボット──アタルの後期主人公機 〔しんすいてんまる〕 となってアキラの前に降りたった。



『ピィッ!』



 アキラの体が光に包まれ、翠天丸の額の角──翡翠の頭を模した兜の嘴の部分が上下に割れて現れた異次元への 〔ゲート〕 へと吸いこまれる。


 そして星空のような翠天丸の機内亜空間コクピットに出現したアキラは玉座のような操縦席につき、翠天丸を上空へと飛翔させた。



「久しぶりだね、翠天丸」



 話しかけても答えてくるような会話型AIを翠天丸は積んでいないのだが、アキラは自然と声に出していた。


 セイネと一緒に研究会を立ちあげてからずっと、生身アバターに飛行マントとサンダルをつけて空中格闘戦の練習に専念していたので、翠天丸に乗ることはなくなっていた。


 だが、明日の決闘では翠天丸で闘う。


 研究会を始める前に比べると自力飛行も空中格闘戦も各段に上手くなったアキラだが、それは生身アバターでの話。メカに乗るとサイズが大きくなる分、動きが重くなり、勝手が異なる。


 明日いきなり翠天丸に乗ったら思うように動けなくて試合にならないだろう。今の内にサイズ差による挙動の違いに慣れておきたいと考えたアキラが、翠天丸で夜空を遊泳していると──



 ピピッ


「んっ?」



 警告音が機内亜空間に響いた。音のした方角を見ると……遠方の空に、敵機を表す赤字の名前アイコンが。その表示は──



【ドッペルゲンガー・翠天丸】


「あぁーッ‼」



 その敵対的NPCノンプレイヤーキャラクター──エネミーは、総プレイ時間が一定を超えたPCプレイヤーキャラクターがフィールド上でメカに乗っていると﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅現れるイベントモンスター。


 色が黒い以外はそのメカと同じ姿と性能のメカへと変身し、コピー元のPCへと襲いかかってくる。アキラは以前セイネと2人、空の散歩中にこのエネミーに襲われて惨敗したのがきっかけで空中格闘研究会を開いた。


 忘れもしない仇敵。


 いずれ力をつけたら再戦してリベンジを果たそうと思っていたのに、その出現条件をすっかり忘れてフィールド上でメカに乗ってしまった。それでまた現れたのだ。



(今やるしかない!)



 ドッペルゲンガーは倒さない限り何度でもそのPCの前に現れるが、逆に一度 倒すと二度と現れなくなる。


 アキラとしては、こいつに邪魔されずに明日の決闘に向けた翠天丸での練習をするには早めに倒す必要があった。


 負けても時間経過でMPが回復すればまた翠天丸を召喚して再戦できるが、その分だけ練習時間が削られる。



「行くぞ!」



 アキラは翠天丸を、まだ遠すぎて機影が見えないドッペルゲンガーのいる方角に向けて全速力で飛びたたせた。


 この2週間、空中格闘戦vs空中騎馬戦という異なるスタイル間で闘う練習ばかりで、空中格闘戦同士の練習をしていなかったことを不安に感じながら。

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