第145話 勝気

大人オトナだから、我慢することには慣れっこなの。心配ご無用! 試合後に感動的なお芝居すんのくらい、どーってことないって。ちょうったって勝負自体は全力でやるんだ、し……」



 明るかったサラサラリィの声が終盤、しぼんだ。



「サラさん?」


「あたし、全力、出せるかな」


「どっ、どういうことです?」


「ほら……仮にさ、明日あしたあたしと少年が当たった場合。あたしが全力だと互角の闘いにはならないじゃない? 一方的に勝っちゃって、バニーちゃんの 〔計画〕 を潰して、少年の夢を邪魔しちゃう」


「ちょっ……」



 本人を前にしてよくもまぁ。


 だが、そのとおりではある。



「ダメですよ、本気で闘ってくれないと……!」


「いや! うん! 分かってるの! そんな理由で手を抜くなんて失礼だよね! 戦士への冒涜! あたしだって少年を侮辱する気はないの! お願い分かって嫌わないで‼」


「お、落ちついてください」


「ううっ……でもね、そんなつもりなくても体は正直というか。心の迷いがパフォーマンスに出ちゃうかも……あたしはあたしを信用できない!」


「サラさん、こっちの事情なんて考えずに全力でブチのめしにくるタイプだと思ってました……」


「だからそれは作ったキャラだってぇ~っ」


「そっ、そうだったんですね……!」



 これまで見てきたサラの 〔強い女性〕 像とはかけ離れた弱気な発言だった。意外だったが、幻滅したというような嫌な気分はしなかった。


 普段、表に出していない素顔を見せてくれたのは、それだけ信用してくれているということだから、それは嬉しく思う。



「とにかく、嫌ったりしません」


「はうう……本当?」


「本当ですから、その点は心配しないでください。それより問題なのは、サラさんが本調子じゃないとサラさんの実力を知っている同好会の人たちに 〔手を抜いてる〕 と思われて八百長がバレて、セイネの 〔計画〕 が失敗するかもってことです」


「だよね⁉ どうしよう~ッ‼」


「どうしようと言われましても」



 なぜ自分が、全力を出す自信がないというサラを励ます役になっているのだろう。先ほどまで、サラと当たれば互角に闘えないと悩んでいたのに……



「すみません。ボクのせいで」


「えっ?」


「ボクが弱いから、サラさんは全力で闘えない」


「あっ、いや…………うん」



 正直だ。



「分かりました。明日の試合、ボクが勝たせてもらいます!」


「えぇっ⁉」



 サラの体がビクッと跳ねた。密着していた体を離して、まじまじとこちらを見つめてくる。そして、しばらく沈黙してから──



「いや、無理でしょ」


「無理なのは分かってます。これはボクの心構えの問題です」


「どゆコト……?」


「〔計画〕 では選手同士が接戦になるのが重要。最終的には一方が勝つにしても、勝ちすぎてはいけない。だからボクは接戦さえできればいいと思って、勝つ気がありませんでした。きっと、それが間違いだった」


「……!」


「今、サラさんと接戦もできないボクには 〔勝ってはいけない〕 なんて余計な心配でした。だから、勝つ気で闘います。それでも接戦できるかすら怪しいのは変わりませんが……」


「うん。いいと思う。何事も目標は高くイメージするほうが、発揮される力は大きくなるものだからね」


「ですよね。ボクはそうして、勝つ気で全力で闘います。対してサラさんがボクに遠慮して全力を出しきれないようなら、本当にボクが一方的に勝っちゃうかもしれませんよ?」


「でも、それじゃ少年の夢が……」


「いいんです」


「よかないでしょ⁉」


「い・い・ん・で・す‼」


「はいっ!」



 こちらの剣幕に、サラはたじろんだ。



「たとえそれで 〔計画〕 どおりにいかなくて、このゲームがサービス終了になっても、それはボクが望んでそうした結果です」


「少年……」


「責任はボクにある……だから、サラさんがボクの夢を妨害したなんて思う必要はありません」


「~~~ッ!」



 サラは、なにやらプルプル震えていた。


 サラのアバターが震えているということは、現実でサラのプレイヤーが頭につけているVRゴーグルがそれを検知するほどに、プレイヤー本人が震えているということか。


 そうしてアキラが様子を見ていると、サラは突然ガバッ! と立ちあがった。



「うおおおお! 気合い入ったぁ‼」


「そ、それはなによりです」


「そこまで言われちゃ、おねーさんとしてもみっともない闘いはできないね! こっちこそ全力で勝つ気でいくから覚悟するよーに! それで少年があっけなく負けちゃってサービス終了しても知らないよ‼」


「望むところです‼」


「んじゃ、これで‼」


「えっ──」



 ビシッ! と手を挙げたサラの姿が消える──ログアウトしてしまった。アキラはこのあと、彼女との地稽古を再開するつもりだったのだが……


 今すぐにも本番を闘う気のような話の流れで、気を取りなおして2人で稽古というのも締まらない。これでいいか、とアキラも思った。


 それから、アキラは再び翠天丸すいてんまるにのって1人でさらに稽古し……まだ満足はいかなかったが、そこそこで切りあげてログアウトした。


 明日の本番に備えて体を休めることも大事だから。


 ゲームを終了し、VRゴーグルを外してウィズリムの席を立ってベッドに寝転がる。そして携帯電話スマートフォンでSMS 〔ブルーバード〕 を開くと、セイネがミーシャと話しあうと言っていた、明日の決闘の組みあわせが発表されていた。


 アキラの相手は……サラだ。



(ふぅ)



 まだ対戦するかも決まっていなかったのに、サラと話している途中から2人とも完全に明日ぶつかる前提で盛りあがってしまったので、これで別の相手だったら悲惨だった。


 なので、ほっとした。


 とはいえ、やはりサラと闘って接戦になれるだろうかという不安はなくならない……いや、そうじゃない。



(勝つんだ)



 アキラはそう自分に言いきかせ、不安と緊張が収まらない中、それでも明日のために体を休めようと、その日は努めてのんびりした。





 そして次の日──日曜日。


 空中格闘研究会と空中騎馬戦同好会の決闘が行われ、その結果次第でこのゲームクロスロード・メカヴァースの存続が決まる、運命の日がやってきた。


 試合は午後1時から始まる。


 会場は、この仮想現実に再現された地球 〔地上世界アウターワールド〕 における赤道直下にある軌道エレベーター基部である巨大人工浮島メガフロート 〔オノゴロ〕 内にある競技場だった。

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