第82話 紫眼

 長くて鞘から抜けないはずの剣が抜ける。現実ではありえないその現象の正体は 〔一時的に短くする〕 という、実際ここが現実ではなく仮想現実だから可能なカラクリによるものだった。



「「「「「「「はは……」」」」」」」



 自分の剣に秘められていた機能を知ったアキラも、他6人の仲間たちも苦笑いして微妙な空気が流れるが、おそらくどんなカラクリでも納得はしなかったろうと、アキラは気を取りなおした。


 仲間たちに向きなおる。



「え~、それはともかく。みなさんのお陰でこうして剣を強化することができました。ご協力、ありがとうございました!」


「「どういたしまして」」


「おめでとう、カワセミくん」

「おめでとう、少年♪」


「アキラ殿のお役に立ててなにより!」

「ま、採取からつきあうのも悪くねぇ」



 地球連合軍の制服姿のカイルエメロード、迷彩服のクライムとサラサラリィ、エルフ侍のアルアルフレートとドワーフ鍛冶師のオルオルジフ……みな、温かい。


 このゲームクロスロード・メカヴァース内で最初に出会い、一番の仲良しになっていたレティスカーレットにもう会えないのは寂しいが、それを嘆いているより、今いる仲間たちとのこれからを大事にしよう。


 アキラはそう思えた。



「それで、強化された剣の切れ味を試したいので午後はフィールドでエネミー狩りをしたいと思うんですが、みなさんのご意見はどうでしょうか」


「反対の人は挙手! ──いないね、決定!」



 海亀船の時と同じくサラが手早く話をまとめてくれる。かくして、もうお昼なので全員いったんログアウトし、昼食を取って午後1時に再ログイン、それからフィールドに出ることになった。





 そして午後1時の少し前。


 アキラが再ログインすると中華風な部屋の内観がVRゴーグルに映しだされ、視界いっぱいに広がった。


 室内の姿見に緑髪緑眼、身長は現実の自分と同じ120センチメートル、服装は白いきぬはかま、剣を背負って青い勾玉を胸につけた、アキラのアバターの姿が映っている。


 ここは本拠ホームに設定している地下世界インナーワールド蓬莱山ほうらいさん銀雪山ぎんせつざんふもとの漁村にある傭兵ギルド宿舎──


 の、2階の個室の1つ。


 傭兵ギルドの建物は1階が酒場、2階は宿屋になっており傭兵はそこに無料で泊まれる──というのは、ここも 〔始まりの町〕 にあったものと変わらない。


 ただ、あちらが西洋風だったのに対し、中国の伝説上の島がモチーフである蓬莱山にあるこの宿は、中華風のインテリアだ。


 見ていても飽きないが、約束の時間に遅れないようアキラは部屋を出て1階へと降りた。そこには自分と同じPCプレイヤーキャラクターの傭兵たちが大勢おり──


 その中にサラとアルを見つけた。


 他の面々は、まだ来ていないか。


 サラはクライムと迷彩服のミリタリーキャラ同士、アルはオルと以前からの友人同士、そしてカイルエメロードはリアルで夫婦──


 とアキラの脳内では3組になっていたので、違う組の者同士が2人きりでいるのは意外に思えた。そんなこと当人たちは気にした様子もなく楽しげに話しているが。



「サラさん、アルさん」


「おっ、少年~♪」

「おお、アキラ殿」


「なんのお話ですか?」


「いやね? さっきみんなで少年が剣を抜くとこ顔を寄せあって見たじゃん? そん時にお侍さんの顔が近くに来て、瞳の色が紫だ~って思って。本人に確かめてたの」


「……そうだったんですか⁉ ボクも全然、気づいてませんでした。アルさんと出会ってから日も経つのに」


「無理からぬこと。拙者のアバターは眼が小さいゆえ近くで見ぬことには分かりづらかろう! おふたかたとも、寄って見てみるでござるか?」


「いいんですか? では失礼しまっす♪」


「失礼します」



 アキラはサラともどもアルの顔をのぞきこんだ。


 整った顔立ちの細面、長くつややかな銀髪、長く尖った耳……それらエルフらしい印象に埋もれて今まで気づかなかったが、確かにその瞳は紫水晶アメジストを思わせる紫色だった。


 そんなことをしていたら他4人の仲間たちも到着して、何事か問われたので答えるとと元から知っていたオル以外も興味を示し、順番にアルの紫眼を見るプチ観察会となった。





 ファンタジーの定番種族、森の妖精エルフ。その最大の特徴は耳が長いことで、髪と眼の色については特に決まりはなかったとアキラは記憶していた。


 金髪碧眼が多い気がするが、他の組みあわせも少なくない……が、金髪以外のエルフの髪色とセットになる眼の色はどれかと考えると、これといったイメージはない。


 それで。


 これまで気に留めずよく見ていなかったため、アキラはアルの眼は、髪と同じで銀色なのだろうと思いこんでいた。



 不覚‼



 他の人にはどうでもいいことだろうが、自分にとっては悔しくて当然。紫眼﹅﹅にではなく、銀髪﹅﹅紫眼﹅﹅の組みあわせに気づかなかったことは。


 なぜなら、それはこまきり まき──アキラの最愛の人である幼馴染の少女の髪と眼と、同じ組みあわせだったのだから。



(マキちゃん……)



 まきは両親とも黒髪黒眼の日本人だが、本人は銀髪紫眼、そして西洋人のように肌が白い。それは先祖に西洋人がいて隔世遺伝した、いうことではなく──


 アルビノ先天性白皮症という遺伝子の病によるもの。


 そう生まれついた者たちは、髪や眼や肌の色素であり身体を紫外線から守る 〔メラニン〕 を体内で少しも、あるいは少ししか作れないため、それらの色が薄くなる。


 結果、肌は白くなるが、髪と眼が何色になるかは個人差があり、誰もが蒔絵のように銀髪紫眼になるわけではない。


 アルビノの人は生活にハンデを負う。


 まぶしさに弱いのもその1つ。瞳──虹彩のメラニン色素が薄いと、普通なら平気な明るさでも過剰にまぶしく感じるため、蒔絵は幼いころからずっと黒いサングラスをかけている。


 普通の人がサングラスをかける強い日射しの下ではもちろん、屋内ですら照明がまぶしすぎて外せない。それで蒔絵がどれだけ不自由してきたか、アキラはずっと見てきた。


 なのにアルはサングラスをかけていない。


 強い日射しの中でも紫眼を露出している。


 つい 〔ズルい〕 と思ってしまい、アキラは内心アルにわびた。


 〔アルフレート〕 の体はゲームのアバター。その銀髪紫眼は、自分のアバターの緑髪緑眼と同じく、そう設定しただけのもの。


 それがアルビノ的な配色だったところで、アバターにアルビノの肉体的ハンデが反映されるはずもない。当然の話なのだから。

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