第3章 アイ・キャン・フライ

第8節 試斬&試乗

第81話 抜剣

 ぎんせつりゅうを倒した戦利品として、アキラの 〔しんけんすいおうまる〕 の強化に必要な素材アイテム 〔銀雪龍の角〕 を入手した一行は、さっそく銀雪山のふもとの漁村に帰り、そこの鍛冶場を借りた。


 アキラ、カイルエメロード、クライム、サラサラリィアルアルフレートが遠巻きに見守る中、鍛冶技能を伸ばしているオルオルジフが剣と角を一緒に炉に放りこむと、両者が融けて混じりあった液体が流れでて、冷えて固まり鋳塊インゴットとなる。


 オルがそれを左手のやっとこでつまんで持ち、少し炉に入れて赤熱させてから金床かなとこに乗せて、右手の金槌かなづちで叩いて伸ばしていく。



 カン カン カン



 たった数回でそれは剣の形になり──ピカッ! と放った光が収まると、冷えて完成品の剣となる。すでに何度も見た光景だが、今回はこれまでと異なり、剣の姿が元から変わっていた。


 前は刀身とほとんど変わらない幅だった鍔が、鳥の翼を模した形になって左右に広がっている。他に違いは──と思ったところで、剣はオルの手もとから消えてしまった。


 アキラの眼前にウィンドウが開く。


 またいつものように入手したアイテムを今すぐ装備するかを問うメッセージが表示され、それに 〔はい〕 と音声入力で答えると、剣が鞘に納まった状態でアキラの背中に出現。



「オルさん、ありがとうございました!」


「おう。これで約束は果たしたぜ」



 このゲームクロスロード・メカヴァースにログインしなくなってしまったレティスカーレットがまだいたころ、オルは彼女の 〔しんけんおうまる〕 ともども、この剣を無料で強化すると約束してくれた。


 その時は2人一緒にしてもらうのだと思っていたが、もうそれは叶わなくなってしまったと受けいれるために、自分だけしてもらうことにした。その通過儀礼が今、終わった。



(さようなら、レティ)



 アキラは現実の体のほうの両手を左右のスティックから放し、そっとVRゴーグルを外して目もとに溜まった涙をぬぐった。


 この動作はゲーム内の自分、緑髪アキラのアバターには反映されないので、仲間たちにはバレていないはずだ。


 アキラはVRゴーグルを被りなおした。そして顔を右へ向ければ、ゴーグルのセンサーが拾った頭の動きがアバターの頭に反映され、アバターが斜めに背負った剣の柄と鍔が視界に入る。


 やはり変わっている。


 が、この姿勢だと見づらい。この剣の出典の 〔しんえいゆうでんアタル〕 での描写どおりか確かめるため、アキラは右手で剣の柄を握り、さっと鞘から抜い──



「待って少年!」


「は、はいっ?」



 いきなり声を上げて制止してきたのはサラだった。その迷彩服を着た長い黒髪の女性アバターが顔を近づけてきて、アキラは気圧された。



「今、どうやってソレ抜いたの⁉」


「どうって、普通に……」


「いやいや、普通に抜けるわけないじゃん!」


「え、えぇっ?」


「まぁまぁ、サラ殿」



 アルが横から助け舟を出してくれた。



「アキラ殿は 〔普通は抜けない〕 理由を分かっておられぬご様子。それを順序立てて説明してさしあげねば、アキラ殿も答えようがないでござろう」


「あっ……だよね。ごめん少年! えーっと、その鞘の口のトコ、少年の右肩の真後ろにあるよね?」


「はい」


「で、その口のすぐそばで柄を右手で握って、曲げた右腕を伸ばすことで剣を抜いていく……と、腕をピーンと伸ばした状態までしか抜けないと思わない?」


「そう、ですね」


「つまりさ、背負った状態からだと刀身が腕と同じ長さまでのしか抜けないはずなんだよ。でもそれ、君の腕より長いよね?」


「……そういえば⁉」



 アキラはようやく理解した。すでに抜いてしまっている神剣を改めて見る。その鍔から切先までの長さは、確かに自分の片腕よりもいくらか長かった。



「つまり、こういうことでござる」



 アルが腰に差した日本刀を鞘ごと帯から抜いた。そしてアキラの剣と同じくらいのサイズのそれを、アキラと同じように斜めに背負い、右手で柄を握って抜いていく……



「これ以上は無理でござる……!」



 アルが右腕を伸ばしきっても、その刀身はまだ切先付近が鞘の中に納まったままで、抜けていなかった。アキラもこうなっていないとおかしいのに、実際は抜けている。



「なんで⁉ ボクにも分かりません‼」



 強化しても剣の長さは前から変わっていない。つまり前からおかしかったのに気づいてなかった。問題なく抜けていたから。



「てか、アタルも抜いてたのに!」


「アキラ殿、アニメは絵なので誤魔化しが効くのでござる」



 アルが刀を帯に戻しながら言った。



「えっ……」


「〔背負ったままでは抜けないはずの剣を抜く〕──その姿がかっこいいため昔から創作物の中でもてはやされてきた、現実では不可能な動作でござる。アタルもその伝統の上に」


「「「「「うんうん」」」」」



 アキラとアル以外の5人が一斉に頷いた。このことを知らなかったのは自分だけだったと分かり、アキラは恥ずかしくなった。


 そこに、またサラが迫ってくる。



「少年はこれまで、この剣のこと抜いたり納めたりできてたってことだよね? できないはずのことをするために特別ななにかをするでもなく」


「はい」


「やって見せてくれない? ゆっくり、まずは納めるとこから」


「分かりました。では、ゆっくり……」



 アキラが動作を始めると、サラだけでなく他のみんなも寄ってきて注目された。そんなに、この件は興味深いのか。


 右手に持った剣の刃を、肩の後ろにある鞘口に当てる。腕を右に伸ばして刃を滑らせ……切先が鞘の中に落ちた。腕を上げ、鞘と剣を一直線にしたら、残りの刀身を鞘に納めていく……



 パチン



 鍔が鞘口に当たって鳴る。


 刀身が全て収まった。


 いつもと変わらない。



「うん。分かったと思う、多分」


「ホントですか、サラさん」


「今度はゆっくり抜いてみて。それでハッキリするよ」


「はい。では──」



 柄を握っている右腕を伸ばしていくと、切先が鞘から抜けた。確かに変だ。刀身は腕より長いはずなのに、今はそれより短かった。だが剣を見ると、長さは変わっていない。



「いったい……」


「納める時と抜く時、刀身がひとりでに短くなってたよ。で、抜けたあと元の長さに伸びた。さりげなく一瞬で。これは原作でアタルが背中から抜いてたのを再現するために付与されたギミックだろうね。だからお侍さんの刀ではできなかったんだよ」



 サラの答えを聞いて、アキラはガクッとした。

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