第3節 エルフ&ドワーフ

第17話 剣客

 アキラとレティが話していたのは 〔始まりの町〕 の郊外の森にある、2人が出会った泉のほとりだった。木漏れ日の射すその場所に現れた、長い銀髪に尖った耳の、色白で細面な美男子。


 泉の精、と思う場面だろうか。


 ただし、その人物が日本の江戸時代の武士のようにおりはかまを身にまとい、腰に大小二振りの日本刀を差していなければ。


 西洋の妖精エルフを思わせる顔つきと、和風な装い。その対極的な要素の融合──に失敗した、ちぐはぐな雰囲気がした。



(あ、エルフじゃないとか?)



 アキラは耳を見て反射的にエルフだと思ったが、尖り耳はエルフの専売特許ではない。本当は和装をしていてもおかしくない、自分の知らない東洋の妖怪かなにか。


 そういう設定﹅﹅﹅﹅﹅﹅なのだろう。


 男の頭上の名前アイコンには 【PC】 マークがついている。自分たちと同じように、このゲームのプレイヤーが動かしている。なら、その種族はプレイヤーが自由に決めている。


 このクロスロード・メカヴァースには、参戦作品群の原作に登場する多様な人型の種族──人間・妖精・獣人・異星人など──が住んでいてNPCノンプレイヤーキャラクターとして登場する。


 そしてプレイヤーの使用するPCプレイヤーキャラクターのアバターの外見は、メイキング時にそのどの種族のものも再現できるが、再現したからその種族とは限らない。


 PCに種族というデータはない。


 仮にエルフの外見を再現したアバターを作ったとして、それがこの世界に生きるエルフの一員なのか、それともエルフに似ているだけの別の種族なのかは、そのプレイヤーの主張次第。


 このゲームではPCの種族とはプレイヤーが自由に決められるフレーバーテキストなのだ。だから参戦作品のどれにも登場していない種族にだってなれる。



「誰? アンタ」



 その男に、レティの鋭い声が飛んだ。


 その男は、スッ──とお辞儀をした。



「これは失敬、怪しい者ではござらぬ。拙者、見てのとおりのエルフざむらい! 名をアルフレートと申す。以後、お見知りおきを」


(……)



 エルフで合っていたか。


 的外れな深読みをした。


 恥ずかしさを誤魔化そうと、アキラはたずねた。



「ボクたちになにかご用ですか?」


「聞けばリアルで古流剣術を学んでいるプレイヤーに師事したいとか。ならば拙者はおふたりが求めるとおりの人材ゆえ──」


「盗み聞きしてたの?」



 問いただすレティの声には険があった。


 エルフ侍アルフレートが現れてから機嫌が悪そうだ。



「滅相もない! 実は以前からおふたりが熱心に剣を練習する姿を見かけ、親しみを覚えておった。それでパーティーに誘おうと近づいたのだが、お話し中で声をかけるタイミングが掴めず、物陰でモジモジしておったのでござる‼」


「やっぱ不審者じゃない!」


「いや、でも分かるよ……」



 アルフレートは態度こそ堂々としているが言っている内容はコミュ障のそれで、アキラとしても共感できて身につまされた。



「それで古流剣術と聞いて?」


「左様、食いついたのでござるよ、少年。今なら拙者が出てっても大丈夫と! 個人の特定に繋がるので流派などは言えぬが、拙者はリアルで古流剣術を学んでおる。おふたりの力になれよう」


「そうなんですね! そういう人を探そうと思った矢先にそちらから来てくださるなんて、ありがたいです。ね、レティ」


「どーかしらね」


「れ、レティ?」


「人の言うことを簡単に信じちゃダメよ、アキラ。アタシたちを騙そうとしてるのかも。ネットには悪意が満ちてるんだから」


「う」



 アキラは言葉に詰まった。確かに簡単に信じすぎたかもしれない。ネットには悪意が満ちている、というのはネットに詳しい友人・びき あみひこからも聞いている。


 ネットゲームでの悪意といえばPCが他のPCを殺害する 〔PKプレイヤーキラー〕 が浮かぶが、このゲームでそれはできない。エルフ侍の刀は同じPCである自分たちにはダメージを与えられない。


 が、他者を傷つけ陥れる行為はPKに限らない。美味しい話に釣られてホイホイついていくのが危ないのは現実と変わらない。



「その慎重さ、お見事!」



 詐欺師の疑いをかけられてもエルフ侍は気分を害した様子もなかった。好意的に捉えれば心が広いとなるが、疑ってかかればそれすらも怪しく思える。


 疑心暗鬼。



「しかし困り申した。どうすれば信じていただけようか」


「取りあえず、本当に人に教えるほどの腕前か見せてよ」


「心得た! しからば、ご照覧あれい‼」


 カチャッ──



 エルフ侍の左手が腰の大刀だいとう──長短二振りある日本刀の長いほう──の鞘のはじを握り、親指で鍔を押して刀をわずかに鞘から露出させた。


 鯉口こいくちを切る、という動作だ。


 フィクションのロボットには日本刀を扱う機体も多い。それについて調べる内に、アキラはその知識を得ていた。


 日本刀は刀身と鍔のあいだにあるはばきという部位が、鞘の入口(鯉口)にピッタリとはまることで簡単には抜けないようになっている。


 だから右手で刀を抜く前に、鞘を持つ左手で鎺を鯉口から押しだす──エルフ侍が様になった仕草でその挙動をしてからは、一瞬だった。



 ひゅっ──パチン



 エルフ侍の右手が柄にふれるや、次の瞬間には刀は抜かれて一閃──とアキラが思った時には、すでに鞘に戻っていた。あいばっとうじゅつなどと呼ばれる技か。


 一拍置いて、エルフ侍の正面にあった木に斜めの筋が走り、そこより上が倒れて落ちる。成人男性が両腕でかかえるほどの太さの幹を、今の一撃で斬った。目を疑う光景だった。



「どうでござろう」


「すご──」


「いや、その刀の攻撃力が高いだけでしょ」



 また素直に感心したアキラと違い、レティは相変わらず疑りモードだ。そんなレティに、エルフ侍は大刀を鞘ごと腰から抜いて差しだした。



「これを見てくだされ」



 刀の上にウィンドウが現れる。アイテムとしてのステータスを表示したものだ。アキラもレティと一緒にのぞきこみ、そこに記された攻撃力を見る……自分たちの剣と変わらない数値だった。



「……それなら‼」


「ちょ、レティ⁉」



 レティが己の剣、おうまるを鞘から抜いて両手で構えた。そしてエルフ侍──ではなく、近くの木に駆けよっていく。



「いかん! よしなされ‼」


「アタシの剣でも斬れる‼」



 ばきーん‼



 レティは剣を振りぬいた。しかし木は倒れなかった。その木の幹には半ばから折れた剣の、切先側が食いこんでいた。

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