第87話 火事
アキラたち一行は帰路についた。
クライムと、彼にお姫様だっこされた
「うふふ、初々しいわね」
〝しーっ! 聞こえるよ〟
「カーッ! ケツが
〝オル! 少し黙っておれ……!〟
「「~~~~ッ」」
……外に向けるべき注意が、内に向かっていた。みな中心の2人に興味津々で、それを口に出した
それらの声が聞こえているだろう当人たちは固まっていた。クライムの両脚だけが機械のように動いている。その歩みで多少は揺れるはずの上半身も、その腕の中のサラも不自然に動かない。
照れているようだ。
クライムは女性への配慮として、ふれても問題の少ない箇所を選べばこうなると主張していたが、それが結果的に恋愛関係を想起させる抱きかたになっているのは自覚しているようだ。
サラはサラで、クライムをからかうように自分から搬送をねだっておきながら、お姫様だっこされるのは予想外だったらしく、借りてきた猫のようになってしまった。
(いい雰囲気、なのかな)
2人を黙って見守りながら、アキラはそう思った。
おそらくそうだろうという程度。
他人の恋愛は、よく分からない。
自分には
両親の書斎で読ませてもらっている漫画でいろいろな恋愛模様を見てもいるが、読者が登場人物の気持ちを知れる漫画と違い、アキラには2人の気持ちは分からない。
〔お姫様だっこする/される〕 のが恥ずかしいのは確かだろうが、そこにこの状況を喜ぶ気持ち──つまり、相手への好意があるのかどうか。
あるように見える。
2人のどちらにも。
だが、本当に……?
2人は昨夜、出会ったばかりだ。
そんな急に仲良くなるだろうか。
(あっ……)
そこまで考えて、アキラは気づいた。2人の関係が、自分と
いい、雰囲気だった。
自分のほうは──蒔絵という人がいながら──レティが
レティのほうも──自分が機神英雄伝アタルの主人公アタルと髪と眼の色以外は同じ姿だったからなのかは不明だが──初めからやたらと好感度が高かった気がした。
レティは
レティの真意は分からない。
彼女がログインしなくなって、もう確かめられなくなってしまったが。たとえ自分の勝手な思いこみだとしても、アキラの中では自分と彼女は運命的な出会いをして、惹かれあっていた。
クライムとサラも、そうなのか。
昨夜、このゲーム内の甲府で行われたPvPで敵同士として出会ったクライムとサラは、お互いメカに乗っていて言葉は交わさなかったが、その乗機同士の拳を交わした。
激しくも美しいダンスのような格闘戦。
アキラも目撃した、2人だけの世界。
今朝サラは、あの殴りあいでクライムを宿命のライバルと任じてコンタクトを取り、フレンドになったと言っていた。
その言葉どおりの意味以上に、アキラが思っていた以上に、あの時2人は深く通じあっていたのか。
その戦いに横槍を入れて終わらせたアキラとしては非常に気まずいが、あれが2人の運命の出会いだった? だとしたら──
(上手くいってほしいな)
上手くいかなかった自分たちの分まで……などとは、2人には関係のない勝手な話だが。アキラはつい、そう思った。
¶
そして一行は
「煙でござる!」
生活で出る煙より明らかに多い。みな、自然と足を速めた。丘の頂上まで登ると……案の定、煙の根もとでは村のあちこちから火の手が上がっていた。
ここはゲームの中。ただの、事故や自然現象による火事なんて起こるはずがない。その背後には必ず
「敵襲だ! 行きしょう!」
アキラの号令で一行は走りだした。村が近づくにつれ、襲撃者たちの姿も見えてくる。建物1階分よりもわずかに背の高い巨人型のロボットたち。どれも同じ姿をしている。
アキラには見覚えがあった。このゲーム内で見るのは初めてだが、何度もくりかえし見た機神英雄伝アタルのアニメで。
それは暗黒龍の軍団が用いる量産型機神であり、パイロットを乗せずに自律行動する無人機の──
「
全高5メートル、3頭身の体型、頭巾をかぶり、顔は仁王像のような仮面で、中華風の鎧をまとっている。ここまではアキラもこのゲームでかつて戦った 〔
外見上の違いは、頭巾が黒ではなく白という点。
原作では黒巾力士は暗黒龍の直属部隊で用いられたのに対し、白巾力士は暗黒龍が従える四天王の一角・銀雪龍の部隊で用いられた。
この 〔蓬莱山・左側地方〕 は原作どおり銀雪龍の支配下になっているので、あの白巾力士らも先ほどの龍人兵・白たちと同じく銀雪龍の兵力なのだろう。
白巾力士たちは剣を振るって家屋を破壊しており、その足もとでは
(死んじゃう⁉)
アタルではこうした襲撃シーンは何度もあったが、それで人が死んだことは一度もなかった。子供向け作品ゆえの自主規制で。そのアタルを再現したこの島のイベントで人が死ぬだろうか。
これは昨日、オノゴロでもあった集落襲撃イベントでもある。そもそも、それでNPCが死ぬことはあるのか? また、死んでもすぐ生きかえるのでは? 昨夜のベルタのように。
なにも分からない。
楽観すれば、慌てて助ける必要はない。だが希望的観測から、目の前で命を脅かされているように見える人を見捨てることなどできない──ほんの一瞬でそこまで考え、アキラは叫んだ。
「助けましょう‼」
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