第86話 接触

「カイるん、エメっち、助かったよ〜っ☆」


「どういたしまして、サラリィさん」


「それより、大丈夫?」



 サラサラリィから珍妙なあだ名で呼ばれても、アキラの父カイルと母エメロードは気にした様子もなく、彼女のもとへ駆けよった。



「見てのとーり、しばらく歩けないなぁ」


「サラさん」「ねーちゃん」「サラ殿」


「少年、小人さん、お侍さん、お疲れ〜」



 アキラとオルオルジフ、そしてアルアルフレートもサラのもとに到着。クライムは元から彼女のそばにいるので、これで仲間7人が全員集合した。


 輪になって立つ6人に囲まれ、サラだけ地べたに座りこんでいる。龍人兵らとの戦闘中、矢を受けたサラの右脚はHPが0になって 〔行動不能〕 状態だからだ。


 その右脚には現在、包帯が巻かれている。


 このゲームクロスロード・メカヴァースの回復アイテムで、しばらくすれば巻いた部位のHPが0から1に回復して動かせるようになり、以降も時間経過に従って徐々に回復してくれる。


 同じものをカイルも、矢を受けていた胴体に巻いている。頭部と胴体はセットで 〔本体〕 扱いで、本体のHPが0になると他の部位の場合と違ってキャラクターそのものが死亡するが、HPが1以上ある状態なら包帯で回復するのは変わらない。


 どちらにせよ時間はかかるが。


 このゲームの回復効果は渋い。


 他のゲームに見られるような一瞬での回復は集落にある休憩所などでのみ可能で、エネミーとの戦闘が発生するフィールドではノロノロとしか回復しない。


 それでも回復するだけマシ。これはPCプレイヤーキャラクターのような生物という設定のアバターの特権で、メカのような非生物アバターに包帯は効果がなく、フィールド上での回復はまず望めない。



「いったん村に戻りましょうか」



 アキラは提案した。サラが動けないあいだは仲間が背負って運べばいいとして、その状態でまたエネミーと遭遇したら、サラは満足に戦えない。


 右脚HPが1以上になれば元どおり動けるが、HPが少なければ少しの怪我でまた0になってしまい元の木阿弥だ。本体HPが低下している父も危ない。


 それなら村に戻って全員、全部位のHPを全快させてから出直したほうがいい。そう説明する。



「うん、いいと思うよ」

「さすがね、アキラ!」


「天晴れでござる!」

「無理は禁物だしな」


「自分も賛成だ」

「そうだね……」



 父と母、アルとオル、そしてクライムとサラ。誰からも反対は出なかったが、サラだけは消極的だった。いつもの元気がない。



「ごめんね~、足引っぱっちゃって」


「そんな、気にしないでください。誰だって負傷することはあります。それが今回はサラさんだったってだけで。足を引っぱるどころか、さっきだって大活躍だったじゃないですか」


「少年~、優しい~っ! チューしたろっか?」


「えっ、遠慮します」



 美女──中身プレイヤーはどうか知らないが──にそんなことを言われるとドキッとするが、両親の前で言われた気まずさのほうが遥かに上回る。


 そこに両親がいるとサラも分かっているだろうに……いや、ゲーム内の両親カイルとエメロードが現実でも両親なのは言っていないが、それにしても。


 アワアワしていると、クライムが助け舟を出してくれた。



「キスはできんぞ」


「え、そうなの?」


「このゲームはアバター同士が接触できない仕様だ。何センチか忘れたが、それ以上は接近できない。不可視のバリアで包まれているようなものだな。攻撃を防ぐ効果はないが」


「ほほう。胸もお尻も、さわられる心配はないと!」


「なお! 他者のアバターに対しバリアの働く距離まで接近する行為も、その位置によってはハラスメント警告を受ける。バリアをさわられたほうは即座に運営に通報が可能で、それを受けて悪質と判断されればBANバンもありえる。気をつけろ」



 これらはアキラも知らなかった。



「え、じゃあ帰り道どうしましょう。誰かにサラさんをおぶって村まで運んでもらおうと思ってたんですが、アカウント凍結の危険があるんじゃ無理ですよね」


「いや……通報しなければ問題ない。〔この接触に同意する〕 と操作すれば警告も消える。だから仲間を担いで運ぶのに支障はない。直接はさわれずともバリアごと持ちあげられるしな」


「なるほど。じゃ、お願い!」


「えっ……?」



 サラがクライムを招くように両腕を広げた。


 人に背負われること自体、抵抗があって当然。また相手によっても抵抗感は変わる。アキラはサラが仲間に背負われることを拒否しても仕方ないと思っていた。


 本人が希望を示した以上、その意思は尊重したい。


 ただ、同様にクライムにもこれを拒否する権利はある。それもまた尊重しなければならない。アキラは固まっているクライムにそっと声をかけた。



「クライムさん、嫌でしたら無理には」


「いや、嫌では、ない」


「おっ、ありがと! さぁ、来い‼」


「くっ……」



 両手をパンパン叩いて催促するサラのそばに、クライムはぎこちなくしゃがみこんだ。このゲームのアバターに表情はないが、現実世界で彼のプレイヤーは赤面していそうだ。



「さわるぞ……」


「ドーゾドーゾ」


 ビーッ! ビーッ!



 クライムの右手がサラの背中にあと数センチまで接近した瞬間、警報が鳴りはじめ、サラの眼前にウィンドウが現れた。



「承認、っと」



 サラが操作を済ませると警報がとまる。とまっていたクライムが再び動きだし、素早くサラの体を抱きかかえて立ちあがった。



「へっ……ええっ⁉」



 サラが裏返った声を上げる。クライムは右腕をサラの背中に、左腕をサラの両脚の膝の裏に回していた。


 いわゆる 〔お姫様だっこ〕 の体勢。


 結婚式で新郎が新婦にするような。



「クラっち~。ここはおんぶするか、消防士搬送ファイヤーマンズキャリーするのがお約束じゃん? ミリオタなんだし、知ってんでしょ……?」


「当然、知っている。道具を使わない負傷者の運搬には、それが最適だ。君もミリオタだから、そうしても怒らないだろうとは思った。だが、ここは現実ではない。現実とは最適解が異なる」


「これが……?」


「背おっても、肩に担いでも、胸が当たるだろう、バリア越しとはいえ。本当の非常時でもないのだから、それはさけるべきだ。この抱きかたが最もふれる位置に問題がない、違うか?」


「そう、ね……」



 か細い声。サラもプレイヤーが真っ赤になっていそうだ。そんな2人の様子を、アキラは他4人と生暖かく見守った。

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