第101話 葛藤

「~ッ!」



 アキラは現実のほうの肉体に冷や汗をかいた。心臓もばくばくしている。コミュ障の身には、セイネが提案した 〔不特定多数の見知らぬ人に働きかける〕 行為は怖すぎた。



「アキラ?」


「ウン……トテモ、ヨイカンガエダト、オモイマス」


「そんな怖がらなくても大丈夫よ。掲示板での声がけとか、人と接する仕事はわたしが全部やるから。アキラはフレンドの人たちにだけ、この話をしてくれる?」


「アリガトウ。ソウシマス」



 さすが親友、こちらがなににビビッたのかなどお見通しだった。本人はXtuberクロスチューバーとして他人とのコミュニケーションなど慣れっこだろうに。


 人は自分が 〔できる〕 ことを 〔できない〕 人に対して無理解で配慮に欠けることが多いが、セイネは──そのプレイヤーのびき あみひこは違う。


 アキラは彼のこういうところが好きだった。



「あっ、研究会にはちゃんと参加するよ。知らない人が集まる所は緊張するけど、ボクも空中チャンバラ上手くなりたいし‼」


「フフッ、ありがとう……それで、なんだけど。わたしは 〔セイネ〕 のネームバリューで人を集めるから、研究会でも当然このマントは脱いで主催者をやるわ。今回のことは動画にもするし」


「うん」


「その場で……わたしたちが友達なのは、もう知ってる人以外には秘密ってことにする? それとも公言する? アキラはどっちがいい?」


「あーっと。どうしよう」



 アキラがこのゲームクロスロード・メカヴァースは始めた当日、案内役を買ってでてくれたセイネがその有名な姿のままで有名でないアキラと一緒にいたため 〔アイツは誰だ〕 と厄介なファンから追いかけられた。


 今はその反省からフード付マントを頭からかぶって周りにいる他のプレイヤーたちに正体がバレないようにしているわけだが〔Xtuberクロスチューバーセイネ〕として活動する場でそれはできない。


 そこで 〔アキラ〕 が 〔セイネ〕 と親しくすれば初日の二の舞。なら、もうそこで自分たちの関係をカミングアウトしてしまうのか、それとも今後も秘密として、研究会ではアキラはセイネと特に親しいわけではない、いち参加者として振るまうのか。


 後者がいい。


 元より目立つのは得意ではない。それがセイネほどの目立つ人物の関係者として一緒に注目を浴びるなど、考えたくもない。


 それに 〔セイネ〕 は金髪美少女バニーガール……女性だ。


 そのアバターが女性だからといって中身プレイヤーも女性とは限らないのは今のネット社会では常識だが、それを分かった上で、人々は 〔ネット上の存在であるセイネ〕 のことは女性と認識している。


 そのセイネに、やはり中身の性別は他人には分からないものの 〔男性PCプレイヤーキャラクター〕 であるこの緑髪アキラのアバターで仲良くすれば、恋人関係と疑われるのはさけられない。


 〔セイネ〕 も 〔アキラ〕 も中身は小学生男子で、リアルで同級生な同性の友達同士であることなど、ファンたちは知るよしもないのだから。


 そうなれば大変だ。


 〔セイネ〕 をアイドル視するファンたちは彼女が特定の相手と交際することを快く思わないだろう。フリーランスの彼女は事務所から恋愛禁止を命じられることもないのに。


 その交際相手は嫉妬されて嫌がらせを受けるだろう。


 セイネ自身も 〔裏切られた〕 と思ったファンから愛情の反転した憎悪を受ける。そこまでいかなくても幻滅してファンを辞める者、動画の登録を解除する者も出るだろう。


 だが。


 セイネと親しいとバレると面倒なことになる、だからセイネとは他人のフリをする──ということにもアキラは抵抗を覚えた。


 網彦セイネはこちらの意思を尊重して判断を委ねてくれた。おそらく、こちらが 〔他人のフリ〕 を選ぶことを見越した上で。それに甘えてしまっていいのだろうか。



「セイネはどっちがいい?」


「いや、こっちが聞いたんだけど」


「だから、どっちを選んでも君は怒らないんだろうけどさ、表面上は。でも内心で傷つくんじゃないかなーって。ボクが 〔他人のフリがいい〕 って答えたら」


「くっ、気を遣ったつもりが逆に遣わせちゃったか……まぁね、迷わずそっちを選ばれたら傷ついてたわ。でも、アナタはそこを気にかけてくれたから、その気持ちだけで充分よ」


「そう?」


「わたし的にも他人のフリのほうがいいって気持ちは強いのよ。わたしのせいでアナタにまた迷惑をかけたくはないもの……決して登録者を失うのが嫌で言ってるんじゃないのよ」


「うん。分かってるよ」


「…………」


「セイネ?」


「ごめん!」



 セイネがテーブルに両手をついて頭を下げた。



「カッコつけちゃったけど本当は惜しいです登録者! 失いたくなぁい! スキャンダルになったら、どれだけ減るか怖い‼」


「あはははは‼ いーって。君のすごい数の登録者は、これまでのがんばりの結果だもん。軽いはずがないよ。ボクのこと気にかけてくれてるのも本当だって、ちゃんと分かってるからさ」


「うぅ、ありがとう~っ。それでは、研究会ではお互い知らんぷりってことで」


「うん。ボクたちのこと知ってるアルさんやオルさんには、話を合わせてもらえるよう言っておくね」





「──ってことなんだけど」



 その日の夕刻──現実世界、あまのリビングにて。一人息子のアキラことあま あきらは夕飯の席で、両親に今日クロスロードでドッペルゲンガーに襲われて敗れたこと、それからセイネと話した内容を両親に告げた。



「うん、分かった」


「秘密は守るわ!」



 2人とも 〔びき あみひこ〕 とは息子の友人として面識があり、Xtuber 〔セイネ〕 のことも知っていたが、両者が同一人物とまでは知らなかった。その事実は網彦とアキラのあいだだけの秘密だったから、アキラもこれまで両親にも話していなかった。


 だが両親もフレンドになっているアルアルフレートオルオルジフは 〔セイネ〕 が 〔アキラ〕 とフレンドであることは知っている。そのプレイヤー同士の関係は知らなくても。


 今後セイネは研究会のことで、アキラ、カイルエメロード、アル、オル、クライム、サラサラリィのグループに顔を出す予定だ。その時、両親に 〔なんで息子はこんな有名人と親しいんだ〕 と思われないためには、アキラがセイネとフレンドであることをアルとオルに口止めしないといけない。


 それも面倒だということで網彦セイネはアキラに両親にも秘密を打ちあけるようにと言ってくれ、アキラはそうしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る