第4話 分身

 これまでアキラがふれてきたロボットゲーム用の操縦桿スティックは 〔前後に傾くピッチング〕〔左右に傾くローリング〕 の2軸にしか動かなかった。


 だが、このウィズリムのスティックはそこに 〔左右を向くヨーイング〕 が加わり3軸全ての回転運動ローテーションが可能となっている──のみならず。


 〔前後に動くサージング〕〔左右に動くスウェーイング〕〔上下に動くヒーヴィング〕 の3軸全ての位置移動トランスレーションも可能。


 3軸回転と3軸移動で、合計6自由度。


 物体が取れる全ての動きを入力できる。


 足踏桿ペダルも。アキラの知るこれまでのペダルは前に倒すことしかできなかったが、ウィズリムのペダルは6自由度に動く。


 だから形がサンダル状だったのだ。そのバンドで足をしっかりペダルに固定しておかないと足を上げた時にペダルから離れてしまって入力できない。


 この6自由度のスティックかペダル1つにつきアバターの手足1つを動かすのがウィズリムによるアバター制御法だった。


 理屈は、よく分からない。


 スティックとペダルを限られた可動域の中で6自由度に動かすことで、どうして人間同様に多くの関節を持つアバターの、腕と脚の複雑な動きを広い可動域いっぱいに動かせるのか。


 それはスティックとペダルの動きから、そこに手のひらや足の裏でふれている使用者の四肢がどの方向に動こうとしているかを機械が計算し、それを拡大してアバターの四肢に反映する。


 SVが世に出た時、その操縦方法を調べる中でそんな説明を見たが、理解できたとは言いがたい。ただ、これがロボットの操縦において画期的なことは理解できる。


 たかがスティック2つとペダル2つで。


 人型ロボットを制御できるはずがない。


 それは人が操縦する人型ロボットがフィクションに登場して以来、その操縦描写に対して突っこまれつづけてきたことだから。


 事実、アキラがこれまで遊んできたどのロボットゲームも 〔スティックを傾けた方向に機体が歩く〕〔スイッチを押すと攻撃する〕〔その際の各関節の複雑な動きは全自動〕 だった。


 フィクションではパイロットがスティックを通してロボットの四肢の細かな動きまでコントロールしているように見えるシーンがあるが、ゲームでそれは再現できていなかったのだ。


 それがSVではできる。


 そしてウィズリムでも。


 SV登場以前からそういうロボット操縦システムが出てきていたことは知っていたが、子供が気軽にさわれるゲームや小型ロボットではまだなかった。


 それが今こうして自宅で遊べる。


 いい時代になった。ありがたい。


 今はロボットではない人型アバターを操作しているが、もうじきこれでロボットを操縦できると思うとアキラの胸は高鳴った。



『おつかれさまでした』



 数分間のチュートリアルを完了すると、初めは多少あったぎこちなさもなくなり、アキラはアバターを自分の体も同然に動かせるようになっていた。



『どうぞ、仮想空間での体験をお楽しみください』


「はいっ!」



 AIによるナビ音声に律儀に返事をし、アキラはいったんVRゴーグルを外した。視界が仮想空間のホームから現実世界の自室に戻り、そばに置いておいたゲームソフトのパッケージを取る。


 開封して中から 〔クロスロード・メカヴァース〕 のディスクを取りだし、ゲームハードに挿入。再びゴーグルをかぶると、ホームの壁に四角いウィンドウが現れた。



【CROSSROADS MECHAVERSES】



 大きくタイトルロゴが表示された画面に、ゲームデータをディスクからゲームハードにインストール中とのメッセージが点滅している。


 それが終わると 【ゲームスタート】 のアイコンが現れたので、アキラは両ペダルでアバターをウィンドウの前まで歩かせ、右スティックでアバターの右手を動かし、アイコンにタッチさせた。



【ようこそ、クロスロード・メカヴァースへ】

『ようこそ、クロスロード・メカヴァースへ』



 ウィンドウに文字が現れ、ナビ音声がそれを読みあげていく。次はこれから始めるゲーム内で使うアバターをデザインする。今のピクトグラフ調の簡易アバターでは中に入れない。



(どうしようかな)



 ゲーム内での己の分身たるアバターの外見を自由に設定する。今時のRPGでは珍しくないが、アキラはこの手のゲームの経験がないので戸惑った。


 早くロボットを操縦したい、ここで時間を取られたくない、考えるのが面倒になったアキラは現実の自分に似せることにした。男性、小柄、華奢、童顔、短髪……



(あ、そうだ)



 髪と瞳の色だけは現実の黒から変えて明るい緑、エメラルドグリーンに設定する。それはアキラ──あま あきらの下の名前の漢字 〔翠〕 が表す色。


 最後に名前を 〔アキラ〕 と入力。


 ネットゲームでの名義を本名と同じにすることのリスクが頭をよぎったが、こんなありふれた日本人名で個人が特定されることはないだろう。



 ぽちっ──パァァァァ……!



 決定アイコンにタッチすると、ウィンドウ内でこれまでいじっていたアバターモデルの像が弾けて光の粒子になり、それが流れてきてアキラの現在のピクトグラフ型アバターにふりかかる。


 すると、その姿が変わった。


 これまでの単調な体とは一変して、細部の凹凸や陰影まで再現された、実物と見まがうほどリアルな3Dの人体。


 シャツと長ズボンの簡素な服装から、さっきまでウィンドウ内にあったモデルのものと同じ姿と分かる。


 直接は見れない頭部を室内の鏡で確認すると、しっかり緑髪緑眼になっていた。それだけで黒髪黒眼の自分とは印象が変わり、神秘的な雰囲気をかもしだしている。


 少し恥ずかしいが……気にいった。



『ゲームを開始されるなら、こちらの扉をお通りください』



 ウィンドウの四角形が大きくなる。


 その下端が床に接した。するとウィンドウの表示が一面の扉になり──背後の壁と融合して、壁に扉ができた。



「よしっ!」



 アキラはドアノブを回し、開いた扉ををくぐった。


 そこは小学校の社会科見学で見たなにかの工場のような、ベルトコンベアで機械の部品が運ばれている場所だった。ゲーム内に登場するロボットたちの製造工場なのだろう。



『初期機体を選択してください』



 ナビ音声とともにウィンドウが現れて、さまざまな 〔版権もののロボット作品のタイトル〕 が表示される。画面をスワイプしていき……アキラはその名を見つけた。



しんえいゆうでんアタル】

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