第77話 海亀

「ドワーフの鍛冶師、オルジフだ。呼ぶ時は 〔オル〕 でいい。アル以外とは、はじめましてだな。よろしく頼まぁ」


「ええ、オルさん。はじめまして。アキラの父のカイルです」


「母のエメロードです」



 アキラが初対面のサラサラリィとの話を済ませたので、今度はアキラと一緒に来たオルオルジフが一同に挨拶した。背が低くて床にいるとテーブルに隠れるため、椅子の上に立って。



「ぼうz──アキラくんのご両親でしたか」



 横で聞いていたアキラは危うく吹きだすところだった。敬語! そしてオルの口から 〔アキラくん〕 などと初めて聞いた。〔坊主〕 と言いかけ、両親相手にはまずいと軌道修正したらしい。


 父が答える。



「ええ。あくまでこのゲームの中での話です。オルさんがドワーフ、アルさんがエルフというのと同じ役割ロール演技プレイですよ。言葉遣いも、どうか気になさらないでください」


「……なるほどな。承知したぜ」



 オルは2人がリアルでも自分の両親だと察しただろうか。それとも親子のRPロールプレイをしているだけの他人と思っただろうか。


 どちらにしても、こちらが明かさない限りオルに真実を知るすべはない。なので、そこは追究せず話を合わせてほしいという、父が言外に含ませた意図をオルは汲みとってくれた。


 オルは友人のアルアルフレートともども、以前からネットゲームにもRPにも親しんでいると言っていた。そのため、こういうケースにも慣れているのだろう。アキラは頼もしく感じた。



「んで、そっちが」


「はじめまして、オルさん。自分はクライム。アキラくんとは昨日きのう2回、共闘した仲です」


「サラリィ、サラよ。わたしも昨日きのう、会ったばっかり」


「オレは坊主とは……出会ってから2週間か、まだ。思ったよりみじけぇな。ま、古参ぶるような話じゃねぇ。仲良くしようぜ」


「ええ、よろしくお願いします」


「よっろしくぅ♪」



 これでオルの初対面の人との挨拶も一通り終わった。あとはアルが、地上世界アウターワールドから降りてきたカイルエメロード、クライム、サラとは初対面のはずだが──



「アルさんは、他の4人とはもう?」


「うむ。アキラ殿とオルを待つあいだに、自己紹介とフレンド登録を済ませているでござるよ」


「そうでしたか! それでは──」



 アキラは一同に向きなおり、ぺこりと一礼した。



「みなさん、この度はボクのお願いに応えてお集まりいただき、ありがとうございます。さっそくですが、出発しましょう!」


「「「「「「おーっ‼」」」」」」



 アキラの号令に他の面々は歓呼で応え……アキラ、カイルエメロード、クライム、サラ、アル、オルの7人はパーティーを組み、受付で乗船券チケットを買って、傭兵ギルド1階の酒場から出た。


 眼前に港湾の景色が広がる。


 たゆたう波が陽の光にキラキラ輝くみなと、大勢の人で賑わうその岸辺、そこに繋がれた多種多様な水上船たち……その中に1つ、毛色の違う船が。


 それは船というより亀だった。


 周りの大型船に引けを取らない、長さ数十メートルもの巨大な亀。作りものではない生きた大亀が岸壁のそばで海水にぷかぷか浮いていて、その甲羅の上には中華風の建物が張りついている。


 それはアキラが初めて世界樹を訪れた時に飛んでいるのを見た 〔そらがめせん〕 に似ているが別物。あちらの空亀は海亀に飛膜が発達した飛行用に進化した姿をしていたが、こちらは大きい以外は普通の海亀と変わらない。


 その巨大海亀に船体を乗せて運んでもらうのが、この 〔うみがめせん〕 で、空亀船と同じくしんえいゆうでんアタルに登場した乗物。今回はこれに乗って目的地まで移動する。



 ギシッ……



 岸壁から斜めにかけられた板の足場を登って、アキラたちは乗船した。そこは船よりむしろ寺院のような印象で、1つの大きな建物の周りを手すりのある廊下が囲んでいる。



りゅうぐうまるへ、ようこそいらっしゃいました」



 そう言って出迎えてくれた 〔船長〕 という名のNPCノンプレイヤーキャラクターはたくましい水夫ではなく、肩に羽衣をまとい動きづらそうな丈の長い服を着た女性だった。


 古代中国の女官のような。


 あるいは、天女のような。


 船の名のとおり龍宮城の乙姫を思わせる……それはしんえいゆうでんアタルのヒロイン・フェイ姫の特徴とも合致していた。そして、フェイ姫の服装をしていたレティスカーレットにも。


 赤い髪をしていたレティと違って、この人の髪は黒い。服装が似ている人を見ただけで、いちいち思いだしてへこんでどうする。アキラは気を取りなおして船長に応対した。



「お世話になります」


「これはこれはご丁寧に。痛みいります」


「それでは、船を出していただけますか」


「かしこまりました。わたくしは船首にて舵を取ります。御用がありましたらお声がけください。それでは、どうぞごゆるりと」


 ぺこり



 船長は一礼すると、船の前部へと廊下を歩いていく。アキラは後ろを振りかえり、6人の仲間たちにたずねた。



「これから、どうします?」


「出港するまで見てようよ」



 真っ先に反応したサラが、さらに続ける。



「それから船内を探検して、おしゃべりして、することなくなったら時短モード発動でショートカット。それとも今すぐ時短モードのほうがいい人、いる? うん、いないね。決定!」


「あはは、じゃあ、そうしましょう!」



 サラが速攻でまとめてくれて助かった。アキラも同じ話をするつもりだったが、自分でやるともっとモタモタしただろう。



「龍宮丸、出港します!」



 前のほうから船長の声がしたかと思うと、足もとが大きく揺れた。海亀がヒレとなっている四肢を動かし海水をかいている──アキラの目に映る港の景色が、ぐるんと横向きに旋回した。



 ざぱぁっ!



 海亀が体の向きを変えたのだ。


 そして沖へと漕ぎだしていく。


 アキラはその様子に見入りながら、感慨にふけった。



(アタルの乗物に乗ってる……!)



 物心ついたばかりのころからずっと一番に大好きなロボットアニメ、機神英雄伝アタルに登場した乗物に。単に乗物というとすいおうまるも含まれてしまうが、メカは別腹だ。


 出港した龍宮丸の前方に、立ちはだかる巨大な水晶の壁が迫ってくる。この第9宮イェソドの外殻、小天蓋。そこに開いた、下半分が水没している巨大トンネルに龍宮丸は入っていく。


 そしてトンネルを抜けると、背後に第9宮イェソドの巨大な球体と、それをうろの内へと包みこみ、またそこから天高くそびえる世界樹の、果てしなく雄大な幹が姿を現した。

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