第78話 談話

 第9宮イェソドは世界樹に10個ある巨大水晶球殻の中で唯一、中心部が海抜0メートル──地上世界アウターワールドではなく地下世界インナーワールドでの──に位置する。


 そのため、第9宮イェソドの内部で外殻──小天蓋に接した内海から出港した海亀船 〔龍宮丸〕 が、小天蓋にあいたトンネルを抜けると、そこには外海が広がっていた。


 宮の外に出たことで、中では小天蓋に阻まれて見えなくなっていた世界樹が見えるようになり、そのふもとからの眺めに改めて圧倒される。


 だが、今は心を旅先に向けよう。


 海面を泳ぐ巨大海亀の甲羅に乗った船体の廊下に仲間たちといるアキラは世界樹に背を向けて、船が向かう先に目を向けた。


 下は濃い青色の海。


 上は淡い青色の空。


 水平線を境に濃淡に分けられた青の世界。


 海には他の水上船たちも行きかい、時おり水中から魚が跳ねて現われる。その魚を捕まえた鳥が戻っていく空には雲と浮遊岩が漂い、そのあいだを数多の空飛ぶ乗物たちがすりぬけていく。


 初めて世界樹を訪れた時には空から眺めた光景を、今は海から見上げている。同じ場所なのに角度を変えただけで別の顔が見られ、アキラは得した気がした。


 が、いつまでも見ていられない。


 仲間たちを見渡して声をかける。



「では自由時間にしましょうか。船内を回るなり休憩するなり。〔もういい〕 って人はボクに連絡ください。全員がそうなったら船長に時短モードにしてもらいましょう」


「「はーい」」

「了解した」「りょうかーい♪」

「承知!」「あいよ」



 カイルエメロード、クライムとサラサラリィアルアルフレートオルオルジフ、全員からの返事を確認する。現在この7人パーティーのリーダーは自分なので、まとめ役もその仕事の内だ。


 リアルではスクールカースト底辺のため経験したことのない重役に気後れするが、剣の強化用素材を取りにいくという自分の用事につきあってもらっているのだから、これくらいやらないと。





 7人は解散し、アキラは独りで船内を回ることにした。


 まず舷側の廊下から、船体の大部分を占める建物に入る。その1階部分は壁で仕切られておらず、床が外から内に向かって高くなっていく階段状になっていた。


 この下に、巨大海亀の盛りあがった甲羅があるわけだ。



「よく考えて造られてるなぁ」


「建設業としては気になる?」


「まぁね」



 そこでは、両親がしげしげと建物の構造を眺めていた。



「お父さん、お母さん」


「やぁ、アキラ」


「ここ面白いわね。観光に来てるみたいでワクワクするわ」


「そうだね。親子3人揃うとなおさら、そんな気がする……どう? こっち──地下世界インナーワールドは」


「楽しんでるよ。地上世界アウターワールドでもスケールのデカいものはたくさん見たけど、SFなあっちに対してファンタジーなこっちにはおもむきが違った良さがあるね」


「メルヘンよね〜♪」


「なら、よかった。2人ともSF派だと思ってから」


「父さんは一番好きなロボット作品のフーリガンがSFだった、ってだけで、SFもファンタジーもどっちも好きだよ」


「母さんも一番好きなのはSFのコスモスだけど、ジャンル全体で言えばどっちも変わらないわ」


「ああ、ボクもそうかも」



 一番好きなロボット作品はファンタジー系のしんえいゆうでんアタルでも、SFよりファンタジーのほうが好きということはない。


 だからこのゲームクロスロード・メカヴァースでSF系の地上世界アウターワールドも、ファンタジー系のこの地下世界インナーワールドも、どちらも踏破したいと思えるのだろう。



「じゃあ、ボク行くね」


「「いってらっしゃい」」





 1階の階段状の台の頂点から、さらに階段を登って、アキラは2階に来た。こちらは1階と違って壁で仕切られている。前後に廊下が伸びており、その左右に船室が並んでいる。


 今この船に自分たち以外の乗客はいないはず、他人の部屋に押しいることにはならないだろう──アキラが1つ扉を開くと、中はやはり客室だった。


 家具やインテリアが中華風で、映画のセットのよう。


 見物が済んだら部屋を出て、廊下を突きあたりまで歩くと、その先は談話室サロンになっていた。小さなテーブルを挟んでクライムとサラが椅子に座り、中華風の茶器を手に談笑している。



「では、あれは」


「そ、マグレ♪」


「なんの話ですか?」



 2人で話しているところに割って入るのは悪い気がしたが、無視するのも失礼なので、アキラは取りあえず声をかけた。



「おお、カワセミくん」


「やっほー♪ いやね、昨夜の戦闘であたしがパラシュート降下中に君たちのチームメンバーのNPCエヌピーシーを撃って倒した件を、クラっちに聞かれてたのよ」


「そうだったんですか……え、マグレ?」


「そうだよ。クラっちは、あたしがパラシュートに吊られた不安定な姿勢でも正確な射撃ができるのかと思ったんだって。なワケないじゃん」


「だ、そうだ」



 クライムの声は苦笑していた。



「え、じゃあ無駄弾になるの覚悟で撃ったんですか?」


「うん。いきなりは無理でも何度もやってれば当てられるようになる。その練習にね。無駄弾を撃って戦いが不利になるのを承知の上で。勝敗とか気にしてなかったし。でもそれって、対戦相手の君たちに失礼だったかな、やっぱり」


「あ、いえ。そんな気になんないですけど」


「そうだな。あれが個人戦だったら印象も違っただろうが。陣営の勝利にそこまで執着していなかったのは自分も同じだ」


「そう言ってもらえると助かるわ~」



 アキラとしても両親と一緒にあの任務ミッションを受けた理由は 〔戦いを楽しみたかったから〕 だけだった。


 それでも任務ミッションの内容どおりに陣営の勝利を目指して戦ったが、自分の観測範囲では勝っていたのに他の味方の負けが積もって自陣営は敗北してしまった。


 あまり入れこむと、ああいう時に耐えがたくなる。


 大会のような勝利にこだわるべき戦いでもなければ、サラくらい気軽でいいのかもしれない。彼女の考えにふれ、アキラはそう思った。





「アルさん、オルさん」


「おお、アキラ殿!」


「よう、坊主」



 アルとオルは3階で酒を酌みかわしていた。人が集まれば宴会ができそうな大広場を2人で貸しきり、開けはなった窓の下枠に腰かけて。


 行儀が悪い気もするが、風流にも見えた。


 特にエルフ侍のアルは服が和装で、同じアジア圏ということで中華風の建物にも馴染んでいる……洋装のオルよりかは。



「おふたりは、どんな話を?」


「そ、それは……!」


「オメーのことだよ、坊主」

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