第97話 出没

 母の実演が終わり、アキラが人型形態のVCヴァリアブルクラフトアドニスを自由に飛ばせる番になった。いよいよ教習の最終段階だ。



「えぇっと……」



 これまでは決められた手順をなぞってきたが、いざ 〔好きに動いていい〕 と言われると、どうしたものかと迷う。


 アキラは取りあえず機体の両足裏スラスターを真下から斜め後ろに向けて、機体を緩やかに前進させた。それから……



 クイッ──ボッ‼



 両スティックのトリガーを引き、両背面スラスターを噴射、機体の前進をさらに加速させる。ここまでは基本中の基本、これからも最も多用する操作だろう。ここから……



「よっと」



 足裏の向きを調整して左右にも動いてみたり。背面スラスター

の左右の出力に差をつけて旋回してみたり。手足を振って思いきり回転、宙がえりしてみたり……


 そうこうしていく内にぎこちなさが取れてきて、あまり 〔ああしよう、こうしよう〕 と頭で考えずとも、スイスイ動けるようになってきた。これは──



「気持ちいい!」


「そうでしょ!」



 言うなれば、漫画やアニメで見かける 〔念力で空を飛べる超能力者〕 になった気分。飛行メカがその超能力者で、パイロットの自分はスティックとペダルを通してそれと同化している。


 僕は飛べる。

 僕が飛べる。


 そう理解した瞬間、アキラの中で感動と興奮が弾けた。



「あははははっ! それっ‼」



 それまで中くらいで留めていたスラスター出力を、一気に最大にして全速力で飛びまわる。スピードが出るほどカーブが難しくなり、姿勢を崩して落下するが、慌てない。


 機体は充分な高空にいる。


 海面に叩きつけられる前に姿勢を立てなおせば済むことだ。失敗を恐れる必要がないと分かり、アキラはさらに大胆に、のびのびと飛べるようになった。



「素敵! いい感じよ、アキラ!」


「お母さん、今日きょうは本当にありがとう!」


「どういたしまして! 母さんも嬉しいわ♪」





 後日。


 アキラは久々に同級生の親友・びき 網彦あみひことクロスロード・メカヴァース内で遊べることになった。そして今、彼の乗機と一緒に地下世界インナーワールドは世界樹・第2宮コクマーの空を飛んでいる。


 今日は自分の機体、〔しんえいゆうでんアタル〕 の登場メカ 〔しん〕 の一種、後期主役機 〔すいてんまる〕──変形可能な人型と巡航の2形態の内、現在は人型──に乗って。


 世界樹の出典である 〔せいタンバリン〕 の大ファンである網彦との、ともに世界樹をすみずみまで冒険しようという約束の、ようやく一歩目を踏みだせた。



「やっほー!」


『アキラ、速い! ちょっと待って!』


「あっ、ごめん! ……これでどう?」



 網彦のPCプレイヤーキャラクター、小学4年生男子である彼がXtuberクロスチューバーとして他のメディアでも使っているアバター、金髪バニーガールの 〔セイネ〕 から通信で抗議され、アキラは速度を落とした。



『ええ、それくらいでお願い!』



 セイネの乗機は 〔せいタンバリン〕 の登場メカ 〔聖骸夫シュラウド〕 の一種 〔シメオン〕 だ。その外装は同作に登場する巨大モンスター 〔せいじゅう〕 の甲羅を素材にした西洋甲冑──


 そして、一部の聖獣が蜘蛛のように分泌する糸で織られたマント。聖骸布シュラウドに飛行能力を与える魔法のアイテムだ。


 セイネは以前 〔魔神王マジンキングレアアース〕 の 〔ジン〕 である 〔ドラグネット〕に乗っていたが、飛べないし全高40メートルと大きすぎてすいてんまるとは一緒に行動しづらいとのことで、今日は新たに購入したシメオンに乗っている。



「やっぱ、まだサイズ差キツイね」


『本当。メカのサイズ差で飛行能力にここまで差が出るなんて』


「君のIQ150で見抜けなかったの?」


『深く考えなかったから。IQも使わなければ発揮されないわ』


「そ、そう」



 が、そのシメオンも全高10メートルあり、5メートルのすいてんまるより大きく重い分だけ挙動が遅く、セイネはこちらに引きはなされないよう大変そうだった。


 アキラも母からの飛行教習の時は20メートルのアドニスに乗ったので、改めて自機のすいてんまるで飛んでみた時には挙動が軽すぎて感覚の違いに戸惑ったものだ。


 サイズ差のあるメカ同士は敵として対戦するにも味方として共闘するにも双方ともやりづらい。初めてこのゲームを遊んだ日から経験してきた問題が、ここに来てまた顕著になった。


 セイネがぼやく。



『うーん、失敗。2人で優雅にお空のデートといきたかったんだけど、相手に全力を出されると並んで飛べないとなると……次はわたしも5メートル級の飛行メカを用意するわ』


「ええっ? そんな、悪いよ。ゲーム内通貨でとはいえ、安い買いものじゃないでしょ」


『まぁねぇ』



 網彦セイネがシメオンを購入したのは別に自分と一緒に飛ぶという目的に限らず、出典のタンバリンを大好きだったからだ。所有するもう1機、ドラグネットも出典のレアアースを大好きだから。


 タンバリンとレアアース、このゲームの参戦作品では網彦は特にこの2作品を愛好しているのをアキラは知っている。逆に言えば、他の作品はそこまでではないということも。


 だが2作品とも全高5メートルの飛行メカは登場しない。


 それが欲しいなら別作品の登場メカからとなる。自分と遊ぶために、そこまで好きでない作品のメカを購入させるというのは、アキラとしては心苦しくなる。



「ボクが聖骸夫シュラウドを買うよ」


『って、それじゃ関係が逆転するだけで不公平なのは一緒でしょう。わたしのほうが申しわけなくなるからダメよ』



 それもそうか。


 網彦にとってのタンバリンとレアアースに相当する、アキラが深く愛好する参戦作品はアタル1作だ。タンバリンもそれなりに好きだが、アタル愛とは程遠い。



「じゃ、どうすればいいの?」


『2人の負担額を等しくすればいいの。つまり5メートル級でも10メートル級でもない同じサイズの飛行メカを2人とも買う。これで解決よ♪』


「さっすがIQ150!」


『ちゃんと使えばこんなものよ♪』


「じゃあ町に戻って、さっそく買いものしようか」


『そうね。スピード上げて、先に帰ってていいわよ? わたしもついたら連絡するから、それまでは──右前方、上に敵!』


「!」



 アキラはセイネの口にしたほうを向いた。そこに敵であることを示す赤字の名前アイコンを伴った、黒い機影を2つ発見する。



「どうする?」


『せっかくだし、戦っていきましょうか』


「だね、帰るのはそれからってことで!」

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