第96話 教習④
アドニス人型形態での足裏スラスターによる前後左右上下への移動を試したあと、アキラは操縦権を教官役の母に返した。
「次は背面スラスターの使いかたね」
「うん。お願いします」
「足裏スラスターは脚部の関節を使って噴射方向を変えられたけど、背面スラスターはそれができないわ。がっちり背中に固定されてて、常に一定方向にしか噴射できない」
「不便ってこと?」
「向き不向きの問題かな。足裏スラスターは多様な角度に噴射できる反面、思ったとおりの角度に調整するのは難しい。その点、背面スラスターでは前にしか進まないから安心感があるわ」
「足裏スラスターでも前進はできるけど、背面スラスターは前進専用なんだね」
「そうよ。足裏スラスターでの前進は正確には 〔上斜め前〕 への進行だけど、背面スラスターは完全に 〔前〕 にだけ……とはいえ、真っすぐ前進するのは左右の背面スラスターの出力が等しい時だけなんだけど」
「どういうこと?」
「背面左スラスターは機体の左半身を、背面右スラスターは機体の右半身を、それぞれ前へ直進させるものなの」
「左と右を、それぞれに……うん」
「その2つの出力が等しければ全身が真っすぐ前進するけど、片方だけ噴射するか両方を噴射してても左右で出力差があると、出力の強いほうの半身が前に出ちゃう──ていうか、それを意図的に使って旋回するんだけど」
「んー……他人を背中から押す時、左側に左手をついて、右側に右手をついて、両手に同じだけ力をかけて押さないと真っすぐ進まない。片方が強いと
「そう! そうよ! 完璧‼」
「よかった」
母に褒められ、アキラは気を良くした。
今の例で言えば、つまり左右の背面スラスターとは 〔機体を背後から押す見えない左右の手〕 ということだ。自分で例を考えた分、感覚的に理解できた気がする。
「んで、背面スラスターの出力調整は──」
「左右のスティックのトリガーじゃない? 左スティックので左スラスター、右スティックで右スラスター」
「正解♡」
「だと思った。巡航形態の時、左スティックのトリガー使ったからね。あっちだと1つのトリガーで4つのスラスターを一括して操作したのが、こっちでは1つにつき1つなんだね」
「そゆコト♪」
「パイロットの左手のトリガーで機体の背面左スラスター、右手のトリガーで背面右スラスター、左足首の屈伸で左足裏スラスター、右足首の屈伸で右足裏スラスター……うん、分かりやすい」
「でしょ?」
「でも、人型の時にトリガーをスラスター調整に使うってことは、手の開閉には使えなくなっちゃうってことだよね。あと、手に持ってる銃とかの発射」
「そうなの。だから腕部の射撃武器の発射キーは、スティックの頭についてるボタンに変更されるわ。パイロットの指の動きが銃を撃つっぽくなくなっちゃうけど、仕方ないわね」
「出力調整なんて段階的な操作、スティックについてる機能ではトリガーでしかできないもんね」
「で、手指の開閉はパイロットがトリガーで制御する必要とかほぼないから問題ない。武器の持ちかえとか必要な時の開閉は自動でやってくれるし。どうしてもトリガーで開閉したい時は、スティック頭についてるスイッチで設定変更すればいいわ。その場合、背面スラスターは使えなくなっちゃうけど」
「空中で落ちてる人をキャッチするくらい? 使いどころ」
「絶対それがしたかったのよね、これ考えた人」
「ロボットものの定番だしね……!」
話が脱線した。
「えーと。じゃあ、背面スラスターだけ使った移動をしてみるから、真似してみてね」
「はい」
まず母が実践し、操縦権を渡されたあとアキラもやってみる。
左右の片方ずつトリガーを引いて、左右の片方ずつスラスターを噴射、そうすると機体がその場で旋回するのを確認。
次は左右のトリガーを同時に同じだけ引いて機体が前に直進するのを確認。次は左右の出力に差をつけて、前進しながら左右にカーブするのを確認。
ボゥッ……
ボゥッ……
足裏スラスターはその機体上の位置と、パイロットが操作に使う身体上の位置が一致していて、足首を伸ばすことで足もとにある足場を蹴るような、人間の身体感覚そのままで操作できた。
しかし背面スラスターは人体にたとえるべき部位の存在しない装置で、それをスラスター位置から離れた指先で操作するため、身体感覚の延長とはいかない。道具を使っている感がある。
「ふぅ」
「お疲れさま。じゃ、操縦権を返して?」
「
「
「大変そう……」
「奥が深いって考えるといいわ。複雑な操作は難しいけど、単純な操作なら易しいから、できることから慣れていって次第に難しいのに挑戦していけばいいのよ」
「そっか……それは、やり甲斐があるね!」
「そう! ステップアップを楽しんでね。じゃあ母さんからやってみるけど、その前におさらい。巡航形態では
「うん」
「
「だね」
「
「それと?」
「これはスラスターは使わない方法なんだけど。手足を振って、その慣性でも機体を回転させられる。こんなふうに、ねっ!」
「おおっ!」
機体が手足をブンブンさせた。その勢いが機体自体を回転させる。
「では、これら全てを交えて実演!」
機体が飛びだした。
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