第92話 母子
現状、空を飛べる
そう
それは 〔今ないなら今後もない〕 と無自覚に思いこんでいたから。だが、今ないものを作ってはいけない道理などなかった。
それならSV自体も存在していない。
はじめから蒔絵は 〔飛行可能な実機SVくらいワタシが作ってやるから心配するな〕 と言うつもりだったのかもしれない。
だが 〔効率のため将来に役立たないことはしない〕 と楽しみを捨てて苦行に走ろうとしていた自分のために 〔そのほうが非効率だから逆に楽しめ〕 とまず諭してくれたのだ。
自分は、なんて恵まれているんだろう。
こんなに大切に想ってくれるパートナーがいるのに他の女の子に目移りしたこと、
【翠】
〖ありがとう、マキちゃん。もう 〔こんなことしても無駄になるんじゃ〕 なんて余計なこと考えずに、思いっきりクロスロードを楽しむことにするよ〗
【蒔絵】
〖結構。じゃあ、またね〗
【翠】
〖うん、また〗
自室のベッドでアキラは蒔絵とSNSで
¶
翌日、月曜日。
アキラ──
母と今日の予定を話したのち──
自室からクロスロードにログイン。
そこから出ると、廊下ですぐ母を見つけた。
「アキラ~♪」
「お母さん!」
手を振って小走りに駆けてくる
アキラは今日、母からこのゲームにおけるメカでの飛びかたを教わる約束。さっそくパーティーを組む。
「じゃ、行きましょ」
「うん!」
向かった先は、この建物内の格納庫。
そこでは1機のメカがたたずんでいた。姿は全長20メートルほどの戦闘用飛行機──戦闘機。母の乗機でコスモスの主役機、
その巡航形態。
人型と巡航の2形態に変形できるVCはどちらでも駐機でき、母は巡航形態でのほうが好みでそうしているとのことだった。
現実で使われている変形などできない戦闘機と見分けがつかない姿で、底面の各所から
コクピットは機体先端のとんがりコーンの手前にあり、その上半分は透明な
搭乗には
前後に長いコクピットの側面に2つの
この機体は複座式なのだ。
母は普段1人で乗っているが、2人で乗れば操縦と索敵に役割を分担するといった戦いかたもできる。ただ今回は、複座を教習に用いる。
「アキラは後ろに乗ってね」
「はーい」
言われてアキラは後部座席にかかる梯子に向かったが、母は前部座席にすぐ向かわず手もとでウィンドウを操作している。
パッ
母の服装が変わった。地球連合軍の制服から、宇宙服のパイロットスーツに。頭部はフルフェイスのヘルメットで、首から下は体型にぴっちりフィットした気密服で包んでいる。
母のアバター 〔エメロード〕 は、リアルの彼女──
「ボク、この格好のままでいいの?」
「平気よ。ゲームなんだもの」
「それもそっか」
ロボット、特にVCのようなリアル系は
だが、それは原作での話。
各ロボット作品が参戦しているこのゲームは、リアリティにこだわっている箇所にはとことんこだわっているが、リアリティがゲーム性を損ねる場合は潔く割りきっている。
パイロットスーツについては後者だったか。母が搭乗前に着替えたのは演出というかパイロットとしての
アキラまで同じものを着る必要はなく、ただこの日本神話のような服装で科学的な機械に乗るのも場違いだが、気にしていたらSF時空なこの
カン、カン、カン──
アキラは梯子を昇り、開いたハッチの隙間からコクピットの後部に入った。機内は横幅が狭く、前部と後部は前部座席によって仕切られていて、座席の脇に人が通れる隙間はない。
アキラは背負った剣が邪魔だったのでアイテムストレージに戻してから後部座席についた。アバターが自動で手を動かして、シートベルトを締める。
前部座席に母がつき、キャノピーが降りてきて閉まった。
「どう? アドニスのコクピットは」
「コスモスのアニメで見たのとおんなじ! カッコいいね、SF系の操縦席に座るの初めて。
「じっくり見ていいわよ♪ 見終わったら声かけて。それまで発進しないから」
「ありがとう!」
アキラは改めて、狭い機内を見回した。
左右一対の
それらのついた座席が、宙に浮いているよう。
透明なキャノピーからは、そのまま外が見える。そして壁面と前部座席の背面はモニターになっていて、まるで透過したように機外カメラからの映像を表示。
この組みあわせで全周囲視界を実現していた。
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