第15話 報告

 アキラが操縦桿スティックの頭にあるスイッチを親指で操作、メニューを開いて 【ログアウト】 を選択すると、VRゴーグルに映る景色が地下世界インナーワールドの草原から、ホーム画面の室内に変わった。


 さらにホームでのメニューで 【電源を切る】 を選択──ディスプレイの表示が消えて視界が真っ暗になってからゴーグルを外すと、現実世界の自室が目に飛びこんでくる。


 椅子に座る自分のすぐ前には左右に並ぶスティック。両足を乗せている左右のペダル。それらとコードで繋がれたゲームハード。【入力1】 の黒画面を映すテレビ。



(帰ってきた)



 もなにも、体はずっとここにいたのだが、途中からそのことを忘れて体ごと仮想世界にダイブしている気になっていた。


 この最新型VRコントローラー 〔ウィズリム〕 はプレイヤーが手足をフルに用いてアバターを動かし、また触覚フィードバックにより手足からアバターの状態を感覚的に受けとる。


 そうすることで従来型のVRインターフェースよりも没入感が高いのだと、ネットに詳しい網彦あみひこは言っていた。



「ハッ⁉」



 余韻にひたってボーッとしていたことに気づき、アキラはペダルに自分の足を固定しているバンドを外し、椅子から立った。


 夕飯の時間だ。





 東京都 品川区のマンションの高層階、窓の向こうで林立する摩天楼の明かりがまたたくあまのリビングで、アキラはいつものように両親と食卓を囲んでいた。


 いつもと違うのは3人とも疲れていること。


 それでいて、上機嫌に頬が緩んでいること。


 父が箸をとめて聞いてきた。



「アキラ。クロスロード・メカヴァースは楽しかったかい?」


「うん! 最高だった。お父さんとお母さんは?」


「「最高だった!」」



 両親もまた今日からクロスロードを遊んでいた。それも小学校から帰ってきてからのアキラと違い、朝からずっと。そのために父は有休を使って仕事を休んでいる。


 昨日の家族会議。


 ウィズリムとクロスロードをねだるため、アキラはまず両親にそれがどういうものかを説明した。それを聞いた両親は自分でもネットで検索して調べ、うなずきあい、決断した。


 3人分﹅﹅﹅、購入すると。


 ウィズリムは高い。もともと6自由度ジョイスティックは一般的な2軸や3軸のものより可動部が多い分、1本でも高価だ。それと同じものを両手両足用で4つも使うのだから。


 世界中で大ヒットしたことで増産され、大量生産によるコスト低減効果により発売当初よりぐっと安くなってきているが、それでも一度に3台となると家計を圧迫する。


 他にゲームハードにソフト。


 VRゴーグルも人数分必要。


 が、その費用をどう捻出するか話しあいはしても、3人分買うかどうかは迷わなかった。


 父、あま せい

 母、あま どり


 2人も重度のロボットオタクであり、ロボットゲーマーだった。むしろ一人息子のアキラ──あま あきらのほうが、その血からこう﹅﹅なったと言える。


 わずか3歳から 〔ロボットのパイロットになる〕 と志したアキラが、そのためにロボットゲームをやりこみ小型ロボット競技に打ちこめたのも、この両親の理解あればこそだった。



「いやぁ、ひさびさに血がたぎったよ」


「若いころを思いだしたわね、あなた」


「今も若いだろう?」


「ふふ、そうでした」



 2人は交際していた学生時代、ともにロボットゲームに青春を捧げていたが、結婚して社会人と主婦になってからはプレイ頻度が減り、界隈の最新情報にも疎くなっていた。


 それでウィズリムのこともクロスロードのことも知らずにいたのだが、息子からその存在を聞かされると昔の血が騒いで飛びついたのだった。



「2人は初期機体なににしたの?」


「父さんはフーリガン」


「母さんはアドニスよ」



 フーリガンはSFロボットアニメ 〔こうせんフーリガン〕 の登場メカ、全高20メートルの人型宇宙機 〔MWモバイルウォーリア〕 の一種で、男性主人公ナラ・ヤマトの乗機。


 アドニスはSFロボットアニメ 〔ちょうきゅうようさいコスモス〕 の登場メカ、人型での全高が20メートルの可変戦闘機 〔VCヴァリアブルクラフト〕 の一種で、女性主人公アネモネの乗機。



「なら地上世界アウターワールドにいたんだ」



 フーリガンもコスモスもSF作品、クロスロードでは地上世界アウターワールドに編入され、その登場メカを初期機体に選んだプレイヤーは地上世界アウターワールドからスタートする。


 だから両親は、ファンタジー作品の 〔しんえいゆうでんアタル〕 の登場メカを選んだため地下世界インナーワールドにいた自分とは別の場所にいて、出会う可能性はなかった。



地上世界アウターワールドってどんなとこ?」


「ん、現実の地球の今の景色そのままな所もあれば、未来的な建物に置きかえられてる所もあるって話だけど、それはまだ見てないんだよね。父さんたち宇宙にいたから」


地下ちかかいはあの世界の地球の内部だけど、じょうかいは地球の表面だけじゃなく周りの宇宙も含めた領域なのよね。〔地上じゃないじゃん!〕 てツッコんじゃった」


「そっか。SF系は宇宙での戦闘も多いもんね」


「チュートリアルのあと合流して、同じ宇宙母艦から発進して、ずっと一緒に戦ってたよ。背中を預けあって」


「アドニスとフーリガンの共闘ってのが、また燃えたわね!」


「それはなにより」



 仲がよく、子供の趣味を妨げない両親。よその事情を同級生たちから聞くかぎり、自分が恵まれていることは知っている。


 アキラはその幸せを噛みしめた。





(……よし)



 その夜、アキラはベッドに寝そべりながら携帯電話スマートフォンをひらき、SNSソーシャルネットワーキングサービス〔ブルーバード〕 のDMダイレクトメッセージで今日のことをアメリカにいるこまきり まきに報告した。



【蒔絵】

〖浮気者〗


【翠】

〖レティには 〔友達〕 って釘刺したって説明したよね⁉〗


【蒔絵】

〖運命を感じた時点で浮気〗


【翠】

〖申しわけございません‼〗


【蒔絵】

〖ま、いいわ。ワタシたちは両想いだけど、つきあってるワケじゃないんだから。お互い束縛はナシって前から言ってあるし〗


【翠】

〖いや、だけど〗


【蒔絵】

〖目移りでも浮気でも、いくらでもしなさいな。でもイチイチ報告してくんな。イライラさせてこの天才から時間を奪えば、1秒何億ドルの損失になると思ってんの〗


【翠】

〖ごめんなさい〗


【蒔絵】

〖アンタが誰とナニしようと、あの日の約束は絶対。アンタの将来はワタシに売約済み。ワタシはそれで充分。いいわね?〗


【翠】

〖マキちゃん、愛してる〗


【蒔絵】

〖ワタシもよ。じゃあね〗

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