第28話 理想の乖離


 俺が家に帰ると、珍しいことに義姉さんが俺より早く帰宅していた。こんなこと滅多にないので、俺は少しだけ驚いてしまう。


「あら、あんた今日は遅いのね」


「ちょっと本屋に寄ってて……」


「へぇ、あんたも本なんて読むのね」


 さすがに酷くない?


 かくいう義姉さんはずっとパソコンと睨めっこしている。あれは学校の備品で数も限られているもののはず。持ち出しが許されたのは生徒会長という立場と今まで築き上げた信頼があるからだろう。


「ほら、もうすぐテストあるから……」


「……そうね、もう二週間くらいよ。今度こそ、いい成績取ってお母さんを安心させてあげなさい」


「……まあ、ね」


 そして俺は二階に上がり自分の部屋へと戻る。義姉さんの嫌味に疲れたというのもあるが、今日一日遅くなるまで慣れないことをしたため久しぶりに肩が凝った。


 二重尾行というのは思ったより疲れる。気にする相手が複数グループあり、さらに自分が気付かれないように細心の注意を払う。俺の場合は誰にも見られていないことを確認しながら来たので余計な労力を使った。


「でも、思ったより簡単に餌に食いついてくれたか」


 今の新海がどれだけやれるのかはわからないが、少なくともあの時よりは強くないはずだ。多分、俺の指導がなくなってしまったためどういう風に自分を磨けばいいのかわからなくなったのだろう。それならば、あいつらでも勝てる可能性がある。


(そしてそれを、俺が後押しする)


 そうすればあやふやな駆け引きを明確なものにできるだろう。少なくとも新海は、自分に迫っている脅威に気が付いていない。危機察知能力は教えようとして教えられるものではないので、こればかりは運が味方してくれた。


「もし俺も、あの時……」


 多少だが、俺には危機察知能力がある。なんとなく危ないと直感したり、自分のことを見ている視線に気が付いたりとほとんど無意識なものが多い。そしてそれが身についたのは、皮肉にもあの事件があった日の後だ。


(もしあの日、俺にその力があったら何かが変わっていたのかな)


 その答えはもうわからない。過ぎ去ってしまった時間はもう戻すことができないし、それこそ転生でもしない限り無理だ。まあ間違いなく、今より生き急いでいるだろうが。


 もしかしたら、こんな俺の隣にも……いや


橘彼方はもう死んだ。だからこそ、俺がやるべきことは決まっている」


 新海桜を、徹底的に追い詰める。


 最初は絶縁を迫ろうと考えたが、よく考えればそんなことする必要がない。派手な真似ができないように、大きめの釘を打てばいいのだ。そしてそれと同時に、あいつの心を不安定にする。


 俺の勘が正しければ、単細胞っぽいあいつらは明日にでも行動を起こすはずだ。今日の放課後を使って丸一日張り付いていたが、あいつらがニタリと笑った瞬間を目撃した。あれは、欲望に目が眩んだ人間がする目だ。


「……そうだ、を忘れちゃいけない」


 俺は胸ポケットからあるものを取り出し充電を始める。これは明日の肝になってくる俺の秘密兵器だ。そもそも、これがきちんと作動してくれなくては無駄骨になってしまう。

この秘密兵器を開発したのは、あの事件があった後。もう俺が、傷つかなくていいようにするための素晴らしいアイテム。


「さてと、久しぶりに準備運動でもしとくかね」


 そういえば最近は筋トレばかりに重点を置いていたせいで、柔軟運動を全くしていなかった。久しぶりに、ヨガ的なことから始めてみようか。


 そして俺は制服から動きやすい服に着替えて体をほぐし、その日はいつも通りの生活を送り床に就いた。



   ※



 その日はいつも通り学校に行き、普通に授業を受けた。


 テストまで二週間を切ったということで、周りの生徒たちも徐々にテストの事へ頭をシフトさせていく。一応この学校は進学校なのでテストの成績はとても重要だ。行くべき学校の目安がわかるし、苦手な科目を放置しておくと余裕で赤点ギリギリになってしまう。


 ちなみにうちの学校はテストで赤点を取ってしまうと一か月もの間部活動が禁止になってしまう。そして壮絶な補習の後に再テストがあるのだとか。俺は受けたことがないのでわからないが、結構過酷なものらしい。なんでも、朝と放課後の両方を使って行うそうだ。それをしないと嫌でも留年が確定してしまうので、普段は面倒くさがる生徒も必死になるのだとか。


(今回の範囲は……いつもより若干広めだな)


 やはり学年が上がったこともあって範囲が少しだけ広い。難易度的にはどうってことないのだが、範囲が広いということはその分課題が多いということだ。手間がかかるのはやはり面倒くさい。いっそのこと事前にすべてを終わらせてしまおうか……


 ちなみに雪花は一人で黙々と勉強していた。そしてその合間に、例の予想問題とやらを作成していて、だんだん仕上がってきたみたいだ。せいぜい頑張ってくれ。応援してるよ、うん、きっと。


「……」


 俺は昼休みの間、ついでに如月のことを観察する。今回の計画には関係ないが、この一件が終われば再びあいつの処理に取り掛かろう。さすがに退学にするのはリスクが高いので、持って行けて停学処分くらいだが……


「あはは、それでねー」


 雪花とは違う、別の友達と談笑する如月。そしてチラチラ雪花のことを見ており、たぶん雪花もそれに気が付いたうえで無視している。


 きっと時機を見て雪花をあのグループに誘うのだろう。そして雪花と一緒に昼食でも、ってところか。仲がいいのか悪いのか結局よくわからない二人だ。


 他人のことを常に気に掛けるその姿は、やはり何度見てもかつての……


(皮肉だ……本当に、ふざけてる)


 やはり、あんなやつヒーローはいない方がいい。俺はそれを再認識する。


 正義とは、最後まで折れなかった者が大衆のために掲げるもの。そしてその大衆の中に、自分を入れることができないやつは決してヒーローなんかじゃない。偽善者による身勝手な自己満足だ。


(新海には無理だろうが……存外、如月には向いているのかもな)


 そんなことを思ってしまうのは、あの時のことを久しぶりに思い出したせいで心が弱っているからだろうか。だが、それを理性という名の感情操作で凍り付ける。俺に必要なのは、非情な選択肢だ。


 そしていつも通り迎えた放課後。また俺が放課後の校内の見回りをすることになっている。最初や嫌だった役回りだが、今日という日にはうってつけだ。


(とりあえず、教室に留まっていても仕方がないな)


 俺は教室を出て階段を降り、一年生のフロアに足を踏み入れる。ホームルームからまださほど時間が経っていないため一年生たちがたむろしていた。掃除をしている生徒もいれば、一緒に集まってスマホを片手に談笑している人たちもいる。


 それは普通の日常に見えて、とても反社会勢力に与する人間の子供が通っているとは思えない。多分、本人もそんなことを望んでいないんだと思うが。


(……いた)


 俺は一つ一つ教室内を眺め、目的の人物たちを探し出した。あいつら……リクとカイ。どうやら帰るわけでもなく二人きりでスマホを眺め時間が経つのを待っているようだった。そして小さい紙切れを二人して眺めている。やはり、気が付いてくれたか。


 あいつらに対して、間違いなく俺の仕掛けが正常に発動している。そしてニヤニヤしている表情を見て取るに、今日行動を起こすつもりだろう。うまくいけば今日のうちにすべて片付くが、結局のところあいつらの行動次第だ。


「新海桜……お前は悲劇のヒロインではなく、誰かを助けるヒーローになることを選んだ。さあ、その覚悟とやらを改めて見せてもらおうか」


 俺の予想が正しければ、きっとその結末は……


 そして俺は今回に舞台となる場所へ足を運び、最終準備を整えるのだった。

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