第125話 雪のちハンドシェイク
俺たちは揃って屋上を後にした。とうに下校時刻は過ぎており正面玄関にも鍵がかけられ、ひっそりと職員用の玄関から三人揃って出ていく。担当の職員には桜が遅れた理由を生徒会関連の作業ということで誤魔化してくれた。もし彼女がいなければ普通に怒られていただろう。
「えっと、元はと言えば私のせいですよね。色々と迷惑かけてすみません」
さらに言ってしまえばその根源となる元凶的存在は俺なのだが、俺たちはあえてそれを口にして深掘りはしない。もうとっくに終わったことだし、これ以上追及してしまえばせっかく和解したはずの俺たちに再び亀裂が入りかねないデリケートな問題だからだ。
「……違う。私が、二人を巻き込んだ」
「いえ、雪花さんには感謝しています。あなたのおかげで、長年のしがらみに決着をつけることができましたので」
「……でも、生徒会の仕事とか」
「そんなの、気にしなくても大丈夫ですよ。あんなのすぐ終わりますので」
桜は責任感を感じさせないようにと雪花のことをフォローする。だが俺は俺で桜の言葉に一つ疑問を覚えた。
「生徒会の仕事というのはそんなに簡単なタスクなのか?」
「いえ、効率的にやっていれば文化部の生徒よりも早く帰れますよ?」
だが、つい先日まで生徒会長を務めていた人間、というか姉を間近で見ていた俺からしてみれば……
「……どこぞの前生徒会長は、朝早くから夜遅くまで作業していたと記憶しているが」
「あっ……えっとその、遥先輩は一つ一つ丁寧な作業を心掛けていましたので」
「つまり、能がなかったと」
「そこまでは言ってないじゃないですか!」
まあ姉さんは頑張った素人という表現がしっくりくる。特別な才能を持っていたわけじゃないし、毎日研鑽を積み重ねようやくちょっと精進するタイプの人だ。そんな人間でも桜に尊敬の念を抱かせる当たり、些細なことでもどれだけ努力をしていたかということが感じられる。
「というか彼方こそ、あんな凄い人を家族に持ったことを誇るべきです」
「さてな」
俺はそう言って惚けておく。そんなこと言われなくても、あの人のことは俺だってそこそこ評価しているし尊敬しているのだ。持たざる人間でも、何かを成すことができるとその身をもって証明したのだから。
「……姉のことは、無条件で敬うべき」
俺たちの会話を黙って聞いていた雪花がこちらに目もくれずそうぶっきらぼうに呟いた。そういえばこいつも姉という立場だったな。
「敬ってもらうためにも、もう少し姉としてあるべき姿を見せるべきだな」
「……何を言ってる?」
「あんな部屋の主のことを、姉として自慢げに紹介できると思うか?」
「ぐはっ!?」
雪花がむせた。まあ事実だと思うので特に遠慮せず言ってのけた。積み上げられたゲームや本の山に、まだ未完成の大量のプラモデルたち。見る人が見れば宝の山なのだろうが、そうでない人からしてみれば盛大に散らかって部屋である。
「それはそうと、お前棚を布かなんかで覆っていただろ」
「……それが、なに?」
「ちらっと見えたんだけど、結構露出度の高い女の子が映ったパッケージがあったな。あれってもしかして18き……」
「やめろぉ!!」
顔を真っ赤にして叫びだす雪花。どうやらあれはあまり触れてほしいものではないらしい。確実に通販で買ったものだろうが、然るべきところに露呈すると色々と面倒なことになりそうだからな。
「……そうだ、いろいろあって忘れてた」
「ん?」
「ふんっ!!」
「うおっ!?」
そう言った途端、いきなり雪花が俺の鳩尾目掛けて渾身の左ストレートを炸裂させる。避けようと思ったが、なぜか後ろから桜に肩を掴まれそのままもろに一発食らってしまった。そこまで痛いわけではないが、独特の不快感が内臓を伝って脳に伝達される。
「……どういうつもりだよお前ら?」
そう言って二人のことを見るも、雪花はどこか憤った表情で
「……女子の部屋に無断で立ち入った代償」
「彼方。それに関しては私もちょっと擁護できかねます」
そういえば俺は雪花に桜の連絡先を届ける際に、こいつの部屋に犯罪紛いの行為を大量に使い無断で侵入したのだった。一応電話で聞かれた時も認めてしまっているし、俺としても今更誤魔化すことはできない。
それにしても、まともに攻撃を食らったのはいつ以来だ? 幼少期に父親にしごかれてからはまともにダメージを受けるようなことはしたことがないので、もしかしたら幼少期以来初めてかもしれない。
「それで手を打ってやる。ありがたく思え」
どうやら雪花は今の一撃で雪花家及び部屋への無断侵入を許してくれるようだ。これをありがたく思うべきなのかは複雑だが、どうせならあの時ネタバラシのようなことをせず最後までぼかしておくべきだったと今更ながらに後悔する。
そうして再び気まずい時間が訪れた。この中で一番コミュニケーション力に秀でているであろう桜も、俺の前では何をどうはすべきかいまだに戸惑っているようだ。だが意を決したのか、再び口を開いてくる。
「彼方、一ついいですか?」
「なんだ?」
先ほどとは打って変わり、真剣かつ重い口調で俺にそう尋ねて来た桜。
「信也くんのこと、彼方はどうするつもりなのですか?」
「どうするって?」
「復讐、するつもりなんでしょう?」
俺は桜にそう聞かれ何と答えるべきか迷ってしまう。彼女にとって俺は昔救い出したヒーローのような存在のはずだった。今でこそ当時の面影は微塵もないが、俺はまた一歩当時と違う道に堕ちようとしている。
だが彼女を巻き込んでしまった以上、俺にも話す責任がある。そう判断し俺は正直に桜に打ち明けた。
「そうだな。とりあえず、やられたことを倍以上にして返すつもりだ」
「……そう、ですか」
「止めるか?」
「いえ、私は……」
言葉を濁した彼女がなんとなく何を言いたいのか察したので俺は桜を手で制する。彼女が俺に加担してしまった場合、彼女にも危険性が及んでしまう。それだけ俺は綱渡りのようなことをしていくつもりなのだ。
「これは俺が一人でやるべき清算だ。誰にも立ち入って欲しくはない」
これだけは俺も曲げるつもりはない。信也たちへの復讐は俺一人で完結させるつもりだ。その果てに何が待っているのかは俺にもわからないし、そんな無鉄砲な計画にようやく前を向いた桜を関わらせたくはない。
だから、違う方向で彼女にはお願いをする。
「だからお前は、雪花のことを助けてやってくれ」
「雪花さんを、ですか?」
「ああ。俺は雪花の面倒ごとをお前なら解決できるだろうと見込んで、雪花に連絡先を提供した。それに、後輩が停学処分を食らったんだろ? それも一緒に解決してやれ」
俺は復讐のために動くが、桜は今できた友達と生徒会の後輩のために動く。きっと彼女は俺がここで遠ざけても無理やり協力をしようと画策してくる。だから俺はあえて違う方向からのアプローチを提案する。目的が違うだけでもそれぞれが負うことになるリスクは違ってくるのだ。
「彼方……」
「今のお前なら、救う側の人間の立ち振る舞いができる」
「……はい」
そうしてこの話を打ち切ろうとした。だが俺たちの話を聞いていた雪花が不快そうな表情で横槍を入れる。
「……私は、助けられる側?」
「どう見てもそうだろ。現にお前は、こいつに助けを求めたんだろうが」
「そうだけど、なんか納得できない」
一方的に助けられることにまだ納得がいっていない雪花。だが今のこいつにできることは正直言ってなにもない。強いて言えばそれこそ桜に全面的に協力し情報の共有を行うことくらいだ。
「……私も、口だけの人間になるのはやだ」
「ん?」
「……私も、あの男に痛い目見せたい」
どうやら雪花は俺の復讐という目的の方に意識が傾いているようだ。しかしこいつにはそういう役回りは向いていない。それにこれ以上俺と関わることはこいつにとって毒となりかねないのだ。
「やめとけ。これ以上俺に関わると碌なことに……」
「……友達としては?」
「は?」
「友達として、関わる」
俺も桜もその言葉に呆気に取られてしまった。まさか先程の言葉をそういう風に利用してくるとは思わなかったからだ。本人も柄ではないのか「……納得はしないけど」と小声で溢していた。
「友達として、カナタの復讐に加担する」
「いや、お前なぁ……」
「するから」
雪花のことをどう論破してやろうかと考えていたが、先ほど体を激しく動かしていたせいかあまり頭が回らない。というかさっきまでは友達以下と言っていた奴が堂々と友達と言い切ってくることに衝撃を受けているのだ。
「彼方、お願いします」
様子を見ていた桜も先ほどとは打って変わって笑顔でそう言って来た。そして雪花は早く首を縦に触れと先ほどから俺のことを睨みつけてくる。
そうして、俺が出した答えは……
「……邪魔だけはするなよ」
そういう遠回しな了承だった。
俺がそう言うと桜はほっとしたように息をついて笑い、雪花もどこか自信気になっていた。どうやら俺の復讐劇には少し修正が入りそうだ。
そして空気が弛緩した時、桜がそれとはまた別で気になっていたであろうことを俺に聞いてきた。
「それにしても彼方、よく私の電話番号を知っていましたね。遥先輩にも教えてないのに」
「ああ、三浦元副会長に教えてもらった。ちょっとした取引を兼ねてな」
「え……」
そう言った途端、桜が少し目を泳がせ何かを考え始める。そして……
「私、三浦先輩に電話番号を教えたことなんてありませんよ?」
「……へぇ」
二人は何やら難しい顔をして私にはわからないことを話し始めていた。きっと私には関係ないことだろうとドライな態度を取りつつ、今日のことについて改めて振り返ってみた。
(……友達、できたんだ)
一日で、二人も友達ができた。今までの私の人生からしてみれば驚くべき偉業と言っても過言ではない。なにせずっとボッチだったし、仲良くなりたそうに近づいてきた人も自ら遠ざけていたのだ。新海さんとだって以前に会った時とは友達と言っていいのかわからない中途半端な関係性だったのだ。それが今、改めて友達になることができた。
(……お母さん、聞いたら喜んでくれるかな)
今までは適当にはぐらかしていた友達の話を、今度は自慢げにすることが出来そうだ。2名中1名はちょっと性格的にあれだが、それでも友達以下の関係性なのだしまあ別に話してみてもいいだろう。なぜか母さんもカナタのことを気に入っていたし。
それはともかく、ようやくお母さんのことを安心させることが出来そうだ。
「……」
私はふと自分の右手を見つめる。先ほど彼に無理やり立ち上げられさせたときに強引に掴まれた自分の手。あの時新海さんはあれを握手にしようと言っていたが、とてもそんな類のものではなかった。
というか何気に、家族以外の男に触れられるのはじめてだし。ちなみに組員などの下っ端は僅かでも私に触れたら殺すと父さんに言われているらしい。
「それでは、私も色々と聞いてみます。ではまた」
「ああ。連絡先は雪花に聞いておいてくれ」
どうやら新海さんは別方向らしい。彼は相変わらずぶっきらぼうで新海さんと長い間疎遠になっていたとは思えないような立ち振る舞いだったが、私はなんとなく手を振って彼女のことを見送った。今の私、友達みたいなことできているかな?
そして私はしばらく無言でカナタと一緒に歩き、立ち止まる。理由は単純明白で彼の家とは別方向の分かれ道に差し掛かったからである。
「じゃあな」
「……うん」
私はそう言って別れる。別に新海さんみたいに丁寧に手を振ったりしないし、家族のように丁寧なお見送りもない。だが、ちょっと引っ掛かっていることがある。私は立ち止まって振り返り、近所迷惑にならないくらいの声で彼のことを呼び留める。
「……ちょっと待て」
「なんだ?」
言い忘れたことでもあるのかとカナタは怪訝そうな表情でこちらを見て立ち止まった。そうして私はずかずかと彼の方へと歩み寄っていく。ますます不思議そうな表情をするカナタだが、私としても意地があるのだ。さっきのあれを、握手だなんて認めたくない。
「ちょっと、右手見せて」
「右手?」
「そう、右手」
意味が分からないと言った顔をするカナタだったが、特に危害がないと判断したのか思ったよりも素直に右手を差し出した。そして無造作に差し出された手を私は乱暴に握った。そしてぶんぶんと少し雑に上下に振ってみる。
「お、おい、なにすんだよ」
「……知るか、ばーか」
「はぁ?」
そう言って私はカナタの手を離し、そのまま何も告げずに彼に背を向け帰路に就いた。きっとカナタは私の背中を意味不明だといった表情で見つめている事だろう。そのまま一生理解するなという念を送りながら、私は少し清々しい気分に浸っていた。
「……クスッ」
ここ最近私は笑えていなかったが、ようやく少しだけ顔の筋肉が緩んだ気がする。気のせいかどこか足取りもいつもより軽い。なんだか今にでも駆け出したい気分だ。この瞬間だけは今抱えている問題事の数々を忘れていた。それほど、私にとって“友達”という存在が……
そして、わずかに残る右手の熱を大切にするようにギュッと握り締めた。
「……明日から、がんばろ」
私は意味もなく駆けだした。
天才的だけど不器用な男と、ようやく素直になれた少女。
馴れ初めは最悪だったが、これからようやく変わっていける。
雪のように冷たい私の人生が、ようやく熱を持って動き出した気がする。
あの言葉と握手が、その決意の証となるように……
特に特別なことはない明日がなぜか楽しみで仕方ないのだった。
——あとがき——
これにて第5章完結です!
ちょっと長くなっちゃいましたけどようやく思い描いていた通りの展開になりました。過去との決別に桜との和解や雪花と友達になったりと、細かいことからまどろっこしい事まで盛りに盛った章になっちゃいましたね。なんやかんやで主人公含めみんな成長させられてよかったです。
ここまででお気に入りのヒロインとかがいれば是非コメントで教えてほしいです。(番外編とかあるかも?)
さて、次回は不器用な姉こと遥の番外編を挟んでようやく最終章に入ります。できるだけ早く更新できるようにするのであしからず。
もう少し続きますが、どうか暖かい目で見守っていただければ。
それではまた!
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