番外編 椎名遥の憂鬱


 このエピソードとは本編ストーリーの少し先の未来を描いたものです。ネタバレは一切ありませんので安心してお読みください。ちなみにいつもよりだいぶ長めです。


   ※※※



 ここ最近、私……椎名遥は困惑していた。それは目の前に広がる、少し前までは信じられない光景を目の当たりにしてのことだ。この奇怪な光景について説明するには少し前のことについて振り返らなければならないだろう。



 私には弟がいる。名前は椎名彼方、現在は高校二年生で私と同じ高校に通っている。私が高校一年生の時に父親の再婚によって椎名家に迎えられた義母の連れ子だ。出会った頃は本人がトラウマを抱えていたこともありどうコミュニケーションを取ればいいのかわからなかったが、少し前から本当の姉弟のように接することができるようになった私たち。彼方がいてくれたから私も昔以上に頑張ってみようと思う気持ちになれたし、私が用具室で怪我をした時も颯爽と助けてくれた。普通の家族とはちょっと違うかもしれないけど、私たちならではの絆というものを築き上げて来た。


 だからこそ、お互いのことを多少は理解できてきたと思っていたのだが……




「……負けました」


「もう俺の67連勝だけど、100連敗するまで続ける気か?」


「もう一回です! 次っ……次は絶対に勝てるもん!」




(……なにこれ)



 休日の昼下がり。私の目の前では、これまで絆を積み上げてきた可愛い弟が、私がつい先日まで一緒に生徒会室で短くない時間を共に過ごしてきた少女を無慈悲にもゲームで蹂躙をする光景が繰り広げられていた。彼らが行っているのは某人気ゲームであるテト〇スで、もはや目にもとまらぬ指使いでコントローラーを操っている。そしてその少女……桜は画面に食い入るような勢いでゲームにのめり込んでいる。



「あっ、姉さんお帰り」


「遥先輩、お邪魔してます。少々リビングのテレビをお借りして……あっ!?」


「はい、勝ち」



 そしてちょうど私が声を掛けたタイミングで彼方の68回目の勝利が決まった。私の帰宅によって集中力が切れたのか、二人は同時にコントローラーを手放して一息つく。どれだけ長い時間やっていたのかは知らないが、彼方は首の関節をポキポキ鳴らし桜はぐっと伸びをする。



「あっ、遥先輩。こちら今朝焼いてきたカヌレです。お口に合うかどうかはわかりませんが……」


「えっ、そんな作るのが難しいお菓子を……じゃなくて、何度もありがとうね桜」


「いえ、遥先輩に私のお菓子を食べてもらえてむしろ光栄です」



 この前はミルフィーユ、そしてその前はマカロンを手作りして持ってきてくれた。スイーツに目がない私としては垂涎ものだが、明らかに手作りの難易度がおかしいものばかりを選んで作って来るので思わず身震いしてしまう。何せ私も作ろうとしたことがあるがことごとく失敗しているのだ。


 いや、今はそんなことどうでもいい。



(本当、なんでこんなことになってるんだっけ?)



 つい先日、彼方が友達を連れてくるという前代未聞のイベントが発生した。姉である私としては涙が出るほど嬉しいものだったし、これを機に彼方のちょっと内気な性格が治ればいいのではないかと期待してしまった。そしてやってきたのが……



『あっ、遥先輩こんにちは~』


『( ゚д゚)?』



 まさかの女の子であり私が生徒会長を務めていた間ずっとそばで支えてくれていた桜だった。この二人にこのような交流があるとは知らなかった私は呆然とし、揺すられるまでずっと頭が真っ白になっていた。


 それからというもの、桜は定期的にうちに来て彼方とゲームに興じている。傍から見れば高校生の青春と解釈できなくもないが、その本質は彼方による桜への一方的な蹂躙ショーである。私が見ていて桜が彼方に勝てたことは今まで一度もなかった。私の弟、ゲーム強すぎでは?



「……鬼畜」


「えっ……きゃあぁ!?」



 明後日の方向から二人以外の声が聞こえて来たので思わず身をすくめ、反射的に振り返ったら人がいたので驚きつつ声を出してしまった。二人がゲームに集中している中、こちらにも一人でソファーにちょこんと座りながら携帯型ゲームで遊んでいる少女がいた。



「ゆ、雪花さんもいたのね」


「……今の声、もう一回出して。録音してアラームにするから」


「人の声をニワトリ扱いしないで」



 桜が遊びに来てしばらくしたころ、何と今度は桜が雪花さんを連れてくるというイベントが発生した。最初は彼方と無理やり連れてこられたらしい雪花さんも嫌そうな顔をしていたけど時間が経つにつれて自然な立ち振る舞いをするようになっていた。



「雪花さんは彼方とゲームしないの?」


「……もうやらない」


「ああ……なんかごめんなさい」



 どうやら既に蹂躙され尽くした後だったらしい。雪花さんは不貞腐れたのか一人でRPGのようなゲームをやっていた。ちょうどいまボス戦に差し掛かったところらしく、私でも怖いと思ってしまうくらいに目つきが怖くなる。可愛い顔が台無しだ。



「あんたたち、目が悪くなる前に休憩しなさいよ」



 そうして三者三様の返事が返ってきたのを聞き届け、私は一人で二階の自室へと戻る。扉を閉めてしばらく立ち尽くした後、ベッドに腰を下ろしふぅーっと息を吐いて……



「……あれ、もしかしてあの二人、私より彼方と仲良くなってない?」



 私が彼方と打ち解けるのにかなりの時間を要したというのに、あの二人はそれよりも短い時間で彼方に近い場所に居座ることができるようになっていた。下手をしたら、私より仲が良いかもしれない。学年が同じだということもあるだろうが、それにしても傍から見ていて仲が良い。



「いや、どちらかと言えば良い事なんでしょうけど……」



 それはそれで、自分がこの約2年近くいったい何をしていたんだろうという謎の敗北感に打ちひしがれてしまう。まあ私は受験のために勉強時間を確保しなければいけないし必然的に彼方と接することができる時間は以前より減ったのだが、それでも日に日に本当の姉弟のようになれているという達成感があった。だがそれが、根底から覆されようとしている。


 そういえば以前、それとなく雪花さんに弟と仲良くするコツを聞いたことがある。彼女には私たちと違い正真正銘血の繋がった実の弟がいるし、歴が違う。そして彼女から返ってきた言葉は……



『……別に、意識してることは何もない。むしろコキ使ってる』



 という何の参考にもならない答えをもらってしまった。もちろんそのアドバイスが何の役にも立つわけもなく、むしろ会話する時間が減ったことで以前のような距離感からは遠のいてしまっている。せっかく打ち解けて会話ができるようになったのに、これでは本末転倒だ。せめてもう少し……



「って、何このブラコンみたいな考え方」



 断じて自分はブラコンではないと思っている。今でも彼方のことは少しだらしないと思っているし、改善してほしいところがごまんとある。むしろ不満の方が多すぎて普段から呆れているくらいだ。


 階下からは桜の悲鳴のような声が聞こえてくるが、わいわいと楽しそうだった。私はベッドにそのまま沈むように倒れ込む。そうして無造作に額に手の甲を当て天井を仰いだ。



「私、彼方とどんな姉弟になりたいんだろ」



 血の繋がった姉弟でない以上、きっと雪花さんたちのような姉弟にはなれないと思う。けどどうせ家族になったからには『仲睦まじい姉弟』くらいにはなってみたいと思う。元々は一人っ子だからこそ兄弟姉妹に憧れていたのだ。その信念は貫いてみたい。


 私はスマホのカレンダーアプリを起動した。



「来週の土曜は……まだ何も予定は埋まってないわね」



 こんなことを言うのは何だが、たぶん彼方の予定も何も埋まっていないはずだ。こうなったら、自分からアプローチしてみるしかないか。私はそう思い階下から聞こえてくる楽し気な声をBGMにしながらそのまま目を瞑るのだった。





   ※※※






 そして一週間後。


「それで、どうして一緒に買い物に?」


「荷物持ちよ」


「ふーん」



 私たちは以前スイーツバイキングで訪れたショッピングモールにやって来ていた。休日ということもあり人が多いが、仲を深めるには絶好の場所と言えるだろう。前々から行ってみたいと思っていたお店も何件かあるし一石二鳥だ。



「ちなみに、あのスイーツの店潰れたらしいよ?」


「えっ、ガチ!?」


「いや、そんな絶望そうな顔をしなくても……」



 私はハッとし今回の目的は別にあるのだということを再確認する。私の趣味はついでで、一番の目的は彼方と仲を深めることなのだ。あくまで時間があったら行きたいな~と思っていた程度なので、そこまで悔いてはいない、うん。


 とりあえず、気持ちを入れ替えるためにも一度落ち着こう。



「あ、ごめん。少しお花を摘んでくるからちょっと待ってて」


「ああ、トイレね」


「……あんたには、今度つきっきりでデリカシーってものを教えないといけないようね」



 そうして私は彼方から離れてトイレに入る……ふりをして彼方から見て死角になる通路に入ると同時にスマホを取り出し立ち止まってスワイプする。この一週間で勉強の片手間どうすれば家族として仲を深められるかネットの海にダイブし情報を漁りまくった。見るページ全てが恋愛系に行きついてしまうのでそのたびに違うと憤慨し結局睡眠時間を削ってしまう羽目になった。


 だがその結果、私はとあるブログに行きついた。その投稿主は家族に関する話題をテーマにブログを書いており、ある日突然義理の兄ができたことなどに関して様々なことを書き連ねていた。ちなみに投稿主は現役大学生の女性だとか。


 そのブログには義理の兄と打ち解けるまでどのようなことをしたのかなどを日記のように書いていた。最終的には本当の兄妹のように仲が良くなったということなので私としては参考にしない手がないくらい親近感のあるブログだった。しかもPVが高く多くの人が閲覧していることで多少の信頼感が湧く。



「えっと、新しいお兄ちゃんはとってもイケメ……この辺はこの前読み飛ばしたところか」



 このページじゃなかったと私は戻りもう一度ブログ内を確認する。そして目的のページを見つけ出し改めて確認した。



『まず一緒にお洋服を買いに行きました。同じ屋根の下にいるわけだし、相手のお気に入りの服を見つけて普段着としてそれを着ていればお互いの好感度が上がると思ったからで……』



 好感度というワードが気になるが、それ以前の文章には一理あると思った。思えば私が持っている服なんて店先のマネキンが着ている服を参考にしていることが多い。だがもし彼方が好みの服を普段着として着ていれば一気にこの微妙な距離感が縮まるかもしれない。


 私は「よしっ!」と意気込んで彼方の元へと戻った。彼方は自販機で買ったジュースを飲んで待っており、既に退屈そうにしていた。とりあえず休日に付き合わせていることは普通に申し訳ないのでやるべきことはどんどんやってしまおう。



「彼方、最初に行くところだけど……」



 そうして適当な雑談を交えながら私たちはショッピングモールで衣服が充実しているエリアを歩き回る。そして男女揃って服が充実してそうな店を見繕い中に入ってみた。もしかして嫌がるかもしれないと思っていたが、以外にも彼方は目を丸くした後に興味深そうに一緒についてきてくれた。



「姉さん、服に興味あったの?」


「……デリカシーと一緒に、マナーも叩き込んだ方が良さそうね」


「いやだって、姉さんっていつも時間がなかったからマネキンが着てる服を何も考えずチョイスしてるイメージだったから」



 どうやら彼方にはお見通しだったらしい。だが受験生とはいえ生徒会長を降りた今としては作ろうと思えばいくらでも時間が作れる。それにあのブログとは別で多少はおしゃれの勉強もしていたのだ。私はその成果を発揮すべく色々と服を見て回る。



「あっ、これとか可愛いかも」



 白のトップスで、いわゆるシフォントップスという肩がむき出しになったやつだ。お堅いイメージを持たれがちな私だが、こういうのが嫌いという訳ではないしむしろ興味を持っていたくらいだ。彼方の掴みを確認すべく、横を向いてみると……



「いや、もうすぐ秋だしその服はキツいんじゃない?」


「……あっ、こっちのピンクと白のカーディガン風のやつとか温かそうだし可愛い」


「ああ、この前七瀬が部屋で着てたやつだ」


「……こ、こっちの白くてシンプルな長袖のは……」


「裏側見た? 『天上天下唯我独尊』って刺繍が入ってるけど」



 店を出た。



「……二度と行かない、あの店」


「いや、他にいい感じの服はあったけど?」


「私のセンスと合わない」



 どうやら一緒に服を選ぶというのはまだ難易度が高かったようだ。それとも私のセンスが壊滅的に悪いのだけだろうか。最近はトレンドの移り変わりも早いと聞いたことがあるし。



「というか、七瀬さんとプライベートで会ったの?」


「ちょっとあいつの家に……いや、なんでもない」



 少し気になる単語が出てきたが、こういうところで深掘りすると距離感が開いてしまうとあのブログにも書いてあった気がするのでぐっと堪える。とりあえず服を通した作戦は失敗に終わったので次のプランに移行しなければ。



(たしか次は……)



 彼方が見ていないことを確認し私はこっそりスマホを見て用意していたページを開く。



『今日は前々から約束してたホラー映画を公開初日に一緒に見に来ちゃいました! ホントは原作の小説を読んでるから展開を全部知ってたけど、お兄ちゃんのびっくりした顔が見れちゃいました。私も隙をついて一回お兄ちゃんの手を……』



(よし、次は映画ね)



 確かこのショッピングモールには映画館があり、それこそホラー映画だって上映しているはずだ。このブログに倣い、私たちも映画を見ることにしよう。


 私は横を歩き物珍し気に雑貨屋を覗く彼方にそう提案してみた。



「映画?」


「そう。ちょうど新しい映画が始まったみたいだし前々から興味があったから、来たついでに見ていこうかと思って。どう?」


「姉さんが見たいなら別にいいけど」



 とりあえず第一関門はクリアした。そして私たちはフロアの端っこに併設されている映画館へと向かった。館内は思ったより人が少なく、チケットの券売機もすぐに順番が回ってきた。とりあえずこの時間帯のラインナップを見てみる。そして自然な会話でホラー映画を見る流れに誘導してみよう。



「そうね、やっぱりここは定番のホラー映画とか……」


「……姉さん。この時間はプリキ〇アオールスターズしかやってないみたいだけど」


「……」


「ホラー映画の上映は……あっ、4時間後だって」



 詰んだ。



「どうする? その時間まで待つ?」


「……今日のところは改めて、また別の日に一緒に来ましょう」



 とりあえずまた一緒に出掛ける口実ができただけでも良しとしよう。いや、全然良しではない。さっきからずっとやることが空回っている。このままでは『おっちょこちょいな姉』というレッテルを貼られかねない。


 今度こそはと、私はスマホに目を落とし次の記事を見た。



『映画を見た後は、甘いものを食べたくなったということで一緒に喫茶店に入りました。私はチーズケーキを頼んで、お兄ちゃんはアイスクリームを飲み物と一緒に注文。お店の雰囲気もよかったし、とっても美味しかったのでお勧めです! 途中から私たちの雰囲気も良くなってきて、お互いに食べさせ合いっこしちゃったり……』



(喫茶店でスイーツ! あっ、でもあのお店潰れたんだった……)



 とうとうこのブログにも見放されてきたような気がする。というか、ちょいちょい変な記述が混ざっていることに違和感を持ち始める。このブログ主、もしかして義理の兄に色仕掛けをしているのではなかろうか。



「それで、他に行くところはあるの?」


「あっ、ちょっと待ってね。えーっと……」



 いったんブログを閉じ私はこのショッピングモールにどのようなお店があったかを思い出す。だが今回の目的に役に立ちそうなお店はあまり浮かんでこない。飲食店もあるにはあるが、出来ればもう少し時間が経ってからにしたい。



「……そうだ、さっき服を選んでたけどさ」


「うん」


「あんた、自分の服はどうしてるの?」


「え、ネットで適当に買ってるけど」



 見つけた。この方向で仕掛けてみるか。



「じゃあさ、私があんたの服を選んであげる」


「……え“」


「なに、その顔と声?」


「姉さん、熱でもあるの?」


「デリカシーとマナーと……あとは姉への敬いね」



 そんなことを言いつつ、なんやかんや彼方はついてきてくれた。とりあえず先ほどの店とは別の無難そうな店にやってきた。種類も色々とあるし、結構いろんな組み合わせを試せそうだ。



「彼方にはこういうカジュアル系の服が……いや、でもこっちのストリート系の服もいいわね。いえ、ここはいっそロック系のものもあり?」


「えっと、姉さん?」


「彼方、これとこれ。あとこれも。あっ、あっちに試着室があるわね。ちょっと試着してみましょう」



 そうして私は彼方の背を押しかごに入れた服と共に試着室へと押し込んだ。そしてここからは私が選んだ服をひたすらに着替え続けるという彼方のプチファッションショーが始まった。



(……彼方って、前髪のせいで台無しだけど普通に顔は整ってるのよね)



 今度説得して前髪を切ってもらうのもアリかもしれない。本人が嫌がったら無理強いはしないが、顔をあらわにすれば一気に人気者になれるだろうに。そうしたらあの陰気な性格も少しは改善されるかもしれない。



「ね、姉さん。とりあえず終わったけど?」


「あっ、そうね。じゃあ、次はこれとこれ」


「いや、まだ着るの!?」


「……あんた、何でも着こなしすぎて逆に選ぶのが難しいのよ」



 そうして彼方は少し疲れ気味にカーテンを閉めて着替え始める。その様子を見守りつつ、私は気付く。弟の服を選ぶの、有り体に言ってちょー楽しい。あのブログ主の気持ちが少しだけわかってきた気がする。


 そして思ったより時間が流れ、特に似合ってると思った2着を購入した。我ながら良い買い物をしたと思う。すべてが終わった時彼方は珍しくぐったりしていたが、とりあえず服は私の奢りなので許してほしい。



「……で、もう帰るの?」


「いや、お願いだからそんな嫌そうな顔をしないで。悪かったから」


「それにしては楽しそうに服を選んで長々と批評していた気がするけど。主に俺の髪について」


「……なかったことにして」



 そして私たちはお腹が空いたので何か食べようということになりフードコートへとやってきた。私はアイスクリームの専門店があったのでそこでアイスクリームを買ってきた。ちなみにストロベリーとチョコレートのダブルだ。


 一方彼方はハンバーガーショップでポテトを購入していた。あの子がああいうジャンキーなものを選ぶのは珍しいなと思いつつ、新たな一面を知れてどこか嬉しい自分が居た。



(……ハッ! そういえばあのブログではここで食べさせ合いっこをしたとか)



 彼方は美味しそうにポテトを一本ずつ食べている。ポテトが欲しいという訳ではないが、一気に仲を深めるチャンスかもしれない。私は勇気を出してストロベリーのアイスクリームをプラスチック製のスプーンですくい、そのまま彼方の方へとゆっくりと近づけ……



「は、はい彼方。あーん」


「なっ!……げほっ、げほっ!」



 私の行動を見て彼方は思いっきり咽ていた。同じ屋根の下でずっと暮らしているがこんな彼方を見るのは初めてなので戸惑うと同時に私は席を立って彼方の背中をさすって飲み物を飲むように促す。



「……姉さん、今日どうしたの? いつにも増して変だけど」



 飲み物を飲んで落ち着いたのであろう彼方は怪訝な表情で私にそんなことを尋ねて来た。どう答えたものかと目を泳がせる私に彼方は……



「これ以上変なことを続けるなら、しばらく家で口を利かないけど」


「ごめん! 話す、話すから!」



 そうして私は正直にどうしてこんなことをしたのかを彼方に話した。家族として仲良くなりたいとか話しているときは恥ずかしくて死にそうだったが、彼方は表情を変えず私の言葉に耳を傾けていた。そうしてすべてを話し終えるころには買ってきたアイスクリームは半分ほど溶けていた。



「つまり、俺が雪花や桜と仲良くしているから寂しくなったってこと?」


「いや、それはさすがに違……」


「ん?」


「違……っく、ない、です」



 今まで見たことがないくらいの笑顔でそう言われてしまい、思わず認めてしまった。今までの人生でいろんなことがあったが、こんなに恥をかいたのは生まれて初めてかもしれない。それも毎日顔を合わせる身内に対してだ。


 私が顔を伏せ落ち込んでいると、目の前に黄金色の細長い物体が映り込む。



「……彼方?」


「はい」


「え?」


「だから、あーん」



 一瞬だけ思考が止まるも、私は言われるがままにそのポテトを口にした。しょっぱくて美味しいけど……え?



「えっと、こんな感じ?」


「いや、こんな感じって?」


「俺、いまだに人との距離とかよくわかんないんだよね。だから言われた通りやってみたけど、距離は縮まった?」


「……縮まった、と思う」



 じゃあよかった、と言いながら再び無表情でポテトを齧りだす彼方。今の一幕で何が起きたのかをようやく理解した私はもう一度顔を伏せた。先ほどと違うのは、顔が赤らんでいる原因が異なることだろう。



(でも……そっか。彼方にも、よくわからないんだ)



 その後惰性で彼方にアイスクリームを食べさせてあげたけど、彼方の言う通り私もよくわからかった。いや、ますます私たちがいったいどんな関係性なのかわからなくなってしまう。


 けど一つ分かったことがある。遠のいてしまったと思っていた彼方との距離感は、別に遠のいたわけでも縮まったわけでもなかったのだと。お互いに、相手の考えていることが分からなかったからこそ溝が生じてしまったのだ。そんな当たり前かつ単純なことに気づくまでに随分遠回りをしてしまった。


 桜の前で私とは違う顔をしているから、なんだか悔しくなってしまった。けど、私の前でする顔は私の前だけ。私たちには、私たち姉弟という関係がある。



(……あんなブログ、頼ることもなかったんだ)



 冷静になった私は、溶けかけのアイスクリームを口に入れながら思う。一番大切なのは自分の気持ちを素直に相手に伝えること。私は恥ずかしいという理由で突拍子もない事ばかりをしてしまっていた。


 なんとなくすっきりしたのと同時に結局あのブログ主は義理の兄とどうなったのかを確かめるため再びブログを開くと……



『は~い、お兄ちゃんと腕を組みながらホテル街にやってきました☆。元カレと前に来たことがあったから私は慣れてたけど、お兄ちゃんはドキドキしちゃってめっちゃ可愛い! でも私が疲れちゃったって言ったらいろんなことを察してくれたみたいで、そのままホテルで休憩を……』



 あっ、これあんまり参考にしちゃいけないやつだった。


 私はすぐさまそのページを閉じてあのブログを見なかったことにする。PVの数が多いからと言って信頼度に直結するわけではないと身をもって学んだ。寝不足だからといって変なページを参考にしてしまったことに我ながら情けなく思ってしまう。それと同時に、ここ最近で一番の疲労感がどっと私の肩にのしかかってきた。



 そして私たちは軽食を済ませた後お互いに疲れたためそのまま帰宅することにした。私の予定では夕方くらいまでショッピングモールで過ごす予定だったが、これはこれでよかったのかもしれない。別にショッピングモールじゃなくても、毎日のように同じ空間で同じ日々を過ごしているのだから。



「今日の夕飯は何がいい?」


「ジャンキーなものを食べたから、和食系がいい」


「わかった。あっそうだ、たまにはあんたも手伝いなさい。私より料理が上手いっていつだったか言ってたのまだ忘れてないんだから」


「俺はいいけど本当にいいの? 多分姉さんの自信を奪っちゃうことになるけど」


「……言ったわね。せいぜい楽しみにしておくから」



 そうして私たちは和気あいあいと(?)ショッピングモールで食材を買ってから帰宅した。当初言っていた荷物持ちという役目を遂行してもらったが、彼方は不満そうにしつつ呆れていた。


 結局今日は彼方にとっては無駄な一日になってしまったかもしれない。だが、私にとっては特別な一日になった。別に他の家庭のような姉弟になる必要はない。私たちは、私たちで唯一無二の関係性になればいいのだ。


 きっと迷ってしまうこともあるだろう。姉として頼って欲しいと思ってしまうこともあるだろう。けど、これからは素直に彼方に相談できる気がする。きっとそういった積み重ねが嘘偽りのない絆へと変わっていくのだと思う。大切なのは遥か先のことではない、今という瞬間しか紡げない貴重な1ページだ。



「気分が良いし1袋持ったげる」


「……なら最初からそうしてほしかった」


「は? 何か言った?」


「いえ、なんでも」



 気が向いたら、桜みたいに彼方と一緒にゲームでもしてみようか。きっとその時は、新しい絆が芽生えるだろう。弟の新しい一面をこれからもっと探してみよう。 


 私たちはもう、かけがえのない家族なのだから。










——あとがき——


遥視点の番外編でした!


さて次回からはとうとう最終章です。これまでの全てをひっくるめたストーリーにできるように今から頑張ります。更新時期はまだ未定ですが、出来るだけ頑張ります。

どうかお楽しみに!

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