最終章 すべての因縁に決着を

第126話 微かな手がかり


 嫉妬や憎悪という感情は卑しいものだというイメージが世間には蔓延していると思う。全く努力をしなかった者が成功した誰かを妬んだり、ちょっと努力するだけで他社の追随を許さない才能を発揮する者を見て羨んだり。人の心というのは案外簡単に傾いてしまう。


 けど、それが同時に人間という生き物の美しさでもある。憎しみの炎に焼かれた人物がどのような物語を作っていくのか。追い詰められた人物がどのように絶望しその後はどうするのか。悪事に手を染める父親の背中を見て育った俺はそんな下卑な考えを幼い頃から自分の価値観として根付かせていたのだ。


 それを悪いことだと思ったことは一度だってない。弱者と強者には超えることができない壁があるだけで、地震や台風と同じ自然現象だ。そして俺はその自然現象をただ観察して楽しんでいるだけ。


 友人などを使って立場が弱い人間をいじめたこともあった。だがすぐに絶望を受け入れてしまいその後に紡がれる物語なんて退屈以外の何者でもなかった。それに周りの友人は一度いじめの味を覚えたことに酔ったのか、その後も集中してその人のことをいじめる。自分でけしかけておいてなんだが、弱者に群がる大衆というものも得てして俗悪なものだ。



 そんなとき俺は出会ってしまった。たまたま同じ学校になった同級生の彼を。彼の名前は橘彼方。中学生にしてはどこか達観した印象を持つ人間だった。だがそれ以上に、彼は人間として完成されていたのだ。


 彼の周りには多くの友人が集い彼のことを慕っていた。それは彼が数えることが馬鹿らしくなるような超人的な才能を持っていたことが影響しているだろう。テストが満点は当たり前で、出来ないことを見つけるのが難しいと発言するくらいには何でもできてしまう人だった。



 そんな彼を見て俺は思った——なんて気持ち悪い人間なのかと


 そして同時に見てみたいと思ったのだ。神の寵愛を受けたかのような人間がもし堕ちるところまで堕ちたら、そこからどのような物語が紡がれていくのかと。それはきっと、見ていて不快なものになるに違いない。だがそれを見てみたい。それを見て、自分が悦に浸っていたい。



 それが俺、獅子山信也という人間だ。









   ※








 桜と本心をぶつけあい、雪花と友達(仮)になった。高校生になってからできる限り地味な生活を送っていた俺にとってはここ数年で一番濃い瞬間になったことは否定しようがない。少なくとも桜と和解することは俺が叶えば良いと思っていたことの一つだったので、顔には出せないが俺はとても嬉しかったのだ。自分自身と向き合って、ようやく前に進むことができた。だからこそ、これから起こることに逃げずに向き合うことができる。



「……えーっと」



 そんな、雪花と別れたあとに帰宅した俺はというと……リビングのテーブルで姉さんと正面から向かい合っていた。



「あのさ、高校生でしょ? 遅れるなら遅れるって連絡してくれないわけ?」


「突発性の用事が発生することだってたまにはあるけど?」


「あんたに関してはそういう用事がどうせ舞い込まないだろうから言ってるの。私だって、生徒会の仕事で遅れるときはきちんと連絡してたじゃない」



 何気に酷いことを言われている気がするがいったんそこは流しておこう。


 さて、どうして俺が姉さんにグチグチ文句を言われているのかというと、桜たちと屋上であれこれしている内にどうやら俺が思っていたよりも時間が経過していたらしくすっかり帰宅するのが遅くなってしまったせいだ。俺としてもここまで遅い時間帯に帰宅するのは高校生になってからは初なので、姉さんが心配してしまったのだ。


 だが心配されたのも束の間、ケロッとした俺の顔を見てネチネチと腹から思っていたことをどんどん放出しているのだ。もしかしたら受験勉強のストレスなのかもしれない。



「食事だって冷めちゃうし、そういうの考えられないわけ?」


「……はい」



 屁理屈でも言って対抗しようかとも思ったが冷静にどう考えても俺が悪いという結論に行きついてしまうため俺は素直に頭を下げつつ嵐が収まるのを待つ。



 それから食事になるも姉さんのお説教は続いた。最後の方には「怒っちゃってごめん」みたいなことを言われた気がするが、話半分に聞いてしまったためにあまり覚えていない。こういう風に怒られるのも俺たちが家族だからだろうか。そう考えると決して嫌という訳ではないのだ。



「そういえばもうすぐ期末テストだけど、また手抜きするわけ?」


「頑張るよ。五十位にギリギリ入れないくらいに」


「……はぁ」



 聞くことすら呆れたのか、姉さんは肩を落とすように息をつく。よくよく思い返してみれば、テストがあるたびに姉さんにそんなことを言われている。姉さんは俺が実力を隠していることを知っている数少ない人間のため、そういった事情を良くは思っていないようだ。



「もし成績の貼り出しとかがなかったら、あんた本気出してる?」


「あー、それはあるかもね」


「……やっぱり私が生徒会長の内に打診するべきだったわ」



 俺の高校ではテストの成績が上位50人に限って廊下に貼り出される。過去にこういった文化は個人情報の開示になってしまい決して良くないのではないかと物議を醸したこともあったそうだが、生徒のやる気に直結するという理由から残ってしまっているのだ。



「姉さんこそ、テストの方は大丈夫?」


「少なくとも、あんたに心配されないくらいにはね」



 そんな会話を最後に、俺たちは食事を終える。皿洗いや後片付けは遅れて帰ってきた俺にすべて押し付けられたがこれくらいで済んだので良しとしよう。姉さんは自室でさらに勉強をして今日はもう寝るらしい。ここ最近はずっとそんな感じだ。



「……さて、と」



 俺も後片付けを終え部屋へと戻る。今日含めここ最近で様々なことが起こりすぎてしまった。とりあえず目的を明確にするためにも一度整理してみるか。



「まず、あの親子を揃って破滅させる。うん、俺のゴールはとりあえずそこだ」



 そこから先は何も考えていないが、まずはこれを達成することを考えよう。それに信也はともかく父親である理事長に関しては未だにどんな人物なのかを測りかねているのだ。昔ちょっとだけ話したことがあるが所詮はそれだけだ。


 だが、今日桜と和解したことによりできることが以前よりも増えた。



「信也と雪花の婚約云々は桜が何とかしてくれることになった」



 雪花と信也のしがらみについては桜が対処するという話になった。こちらの目的はあくまでも復讐などではなく婚約破棄に持ち込むだけ。多くの駆け引きが必要になると思うが、今の二人ならしばらくは任せておいても大丈夫そうだ。


 そして問題は理事長の方。こちらに関してはまず情報から集める必要がある。そしてそのカギを握っているであろう人物は今のところ二人。



「まず、停学処分を受けたという女子生徒」



 橋本道子という1年の女子生徒で、なんと生徒会に所属する生徒らしい。桜から色々と話を聞いたところ、少なくとも問題を起こすような人物ではないようだ。ちなみに彼女の所属するクラスは1年2組で翡翠や七瀬と同じクラスだ。


 彼女とどうにかコンタクトを取って話をしてみるのが良いかもしれない。あれからしばらくたって本人の精神状態がどうなっているかはわからないが、先延ばしにすればするほど話は聞きにくくなる。



 ——そして彼女とは別にもう一人



 三浦春斗……前生徒会副会長で体育祭などを始めとし俺に色々と情報を吹き込んだ人物だ。



 彼について同じ生徒会に所属していた桜に話を聞いた。



『三浦先輩ですか? とても真面目な方だったと思います。他の人が気付かない些細なところにいち早く気が付いたり、洞察力にも優れた人物です。文武両道というイメージでは、恐らく三浦先輩が校内でトップかと』



 聞くところによると、三浦は3年生の中でも成績は上位に食い込んでいるそうだ。さらには生徒会と兼任してサッカー部に所属しレギュラーとして活躍しているとか。確かに桜の言うように文武両道が板についたハイスペックな人間だ。



「そもそもあいつについて、俺は正確な情報をまだ知らない」



 改めて三浦の情報を脳内で洗い出す。


 姉さんと揃って三年生の二大巨頭と目されており、前副会長兼サッカー部。同級生はもちろん後輩からも信頼を寄せられており気さくで責任感のある人物。妹がおり、彼の妹も信也に酷い目に遭わされたと本人が証言。


 だが、これだけではまだ足りない。俺はさらに脳内の記憶を遡り三浦春斗についての話を探り出す。直接的なものでなくてもいい。誰かが噂話をしていたとかそういった会話がなかったかを思い出す。


 そして……引っ掛かった。確かあれは体育祭で開会式が始まる前。更衣室でジャージに着替えて来た時の会話だ。確か同じクラスの葉山とサッカー部員たちが三浦に関することを話していた。



 ※※※


『おい葉山! さっき聞いたんだけど三浦さんが選手宣誓をやるらしいぜ』


『マジか! やっぱすげーなあの人』


『ああ。そしてこれは噂だけど……この体育祭が終わったら三浦さん、誰かに告白するらしいぜ!』


『え!? あの人って一年生の頃からモテモテだったのに、ずっと女子の告白を断り続けてたんだろ!?』


『ああ。けど、確かな情報らしいぜ』



 ※※※



「……告白?」



 確か葉山たちはそんなことを言っていたような気がする。一体三浦はあの日、誰に告白をするつもりだったのだろうか。それともその情報自体がブラフ?


 だが不特定多数の人間が噂をしている以上、何かしらの理由があるはずだ。



「……まあ、俺でもそれ以上はわからないんだけどな」



 予想することはできるが、それを真実と仮定して動くのは少しリスクが高い。三浦が本当に味方なのかどうか、その点も含めて情報収集が必要だ。一番彼のことを知っていそうな姉さんがすぐ隣の部屋にいるが、姉さんに聞いてもあまり参考にはならなそうだし俺がそんなことを聞く理由を尋ねられても正直答えようがない。



「いや、ちょっと待てよ?」



 なんなら、三浦に関する問題も丸投げしてみようか。もしかしたら案外、そっちの方が上手くいくかもしれないし。










——あとがき——

とうとう始まりました最終章!

ちょっぴり長くなるかもしれないけど、イメージも明確にまとまったので隙を見て更新していきます。どうかお楽しみに!

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