第127話 疑心暗鬼


 私、新海桜は心の奥底で理不尽な現状に嘆いていた。


 生徒会長や学級委員長など様々な役職を持っているがゆえに多忙な私。しかも生徒会長の仕事はずっと遥先輩の姿を見ていたとはいえまだ慣れていないのだ。そんな中、さらにタスクを増やすような出来事が続々と舞い込んできた。今も生徒会室の机に座り各部の予算案などに目を通している最中だ。



「……ただでさえ橋本さんが欠けているというのに」



 学校から一方的に停学処分を受けている一年生の少女、橋本道子。彼女とコンタクトを取りたいと思って何度かメッセージを飛ばしているが、一向に返事が返ってこない。信頼を置きいくつかの作業を任せていた分、そこに穴が開くと生徒会全体が多忙になってしまう。



「そしてそんな中、私にまだ仕事を押し付けて……」



 先日、拗れに拗れてしまった関係を何とか修復することができた青年、橘……いや、今は椎名彼方か。つい先日、雪花さんを通して私に連絡が来た。



『三浦のことを調べろ』



 正直その言葉を聞いただけで頭が痛くなりそうだった。



 三浦先輩は元副生徒会長であり私も何度かお世話になった相手だ。だからこそ彼を疑うようなことをしたくはないし、もともと彼のことは彼方が調べることになっていたはずだ。だが気が変わったのか、それを私に任せると言ってきたのだ。



「会長、どうかしたんですか?」


「!? いえ、なんでも」



 どうやら独り言が漏れていたようだ。ぶつぶつと呟く私のことを新生徒会のメンバーが怪訝な目で見ていた。彼らも私ほどではないが今日中に行わなければならない業務がいくつかあるので集中したいようだ。



(……まぁ、彼方の意見はある意味合理的ですけど)



 聞くところによると、どうやら彼方は三浦先輩といくつかのやり取りをしていたらしい。私も初耳だったので三浦先輩にそんな一面があったとは驚いたが、それと同時にたくさんの疑問も降って湧いた。きっとそれは彼方も同じだっただろう。



 三浦春斗とは何者なのか?



 サッカー部のエースに元生徒会長と多くの肩書を持っており、三年生では遥先輩と双璧を成す人物だと聞いたことがある。実際に文武両道を絵にかいたような人だと思うし、男女問わず多くの生徒の信頼を獲得している。


 そんな人物に近づくにあたり、同じ生徒会として働いていた私は確かにうってつけだ。中途半端に関係を持っている彼方よりはずっと情報を引き出しやすい。何せ向こうは私のことを只の女子生徒だとしか認識していないはずなのだから。



(……けど私には、三浦先輩が悪い人だとはどうしても思えない)



 一年ほど同じ生徒会室で過ごしてきたが、彼に悪い印象を持ったことはない。率先して生徒会の仕事をしていたし、それと並行してサッカー部の練習などにも日々励んでいたのだ。あんなにまじめな人が邪な心を持っているだなんて想像したくもない。



(こういう時こそ、遥先輩に直接聞ければいいのに)



 同じ学年で前生徒会長の遥先輩なら彼のことについて私なんかよりも詳しく知っているだろう。だが彼方が、遥先輩のことをこれ以上巻き込みたくないと言っていたのだ。だからこそ、私たちのみで三浦先輩についての情報を調べなければならない。



「今日はこれくらいで終わりにしましょうか。まだ報告書が出ていない部もいくつかありますし」



 そう言って私は生徒会を切り上げた。私自身、三浦先輩のことが気になって作業効率が落ちていた。このまま悶々とした気持ちで作業を進めてもきっと捗らないだろう。それならいっそ、優先順位を変えてしまった方がいい。



 そうして生徒会のメンバーが続々と生徒会室を後にするなか、私は最後まで残り机に頬をついて一人呟く。



「……こういう時こそ、彼方の方が適任のはずなのに」



 人との心理的な距離感を絶妙な位置に保つ。それは彼方が最も得意とする分野であり、私が最も苦手とする技術だ。私だって昔よりはできることが増えたし明るくなったとは思うが性根は人見知りの根暗なのだ。こういったことにはどうしても乗り気になれない。



「そもそも、私が忙しいことを知っているはずなのにこんなに多くのことを私に任せるなんて……あんまりです」



 仲直りができたはずなのに、なぜこんな風に顎で使われているのだろう。何せ雪花さんのことだって未だに解決できていないのだ。いや、そもそもそれ以前に私は橋本さんのことを……



「アアァァァ! やることが多すぎる!」



 唸りながら叫ぶという人に見られれば間違いなく引かれてしまうであろう醜態を自ら晒しながら、私は自分が抱え込んでしまった仕事量を嘆いていた。



「……まずは手っ取り早く、三浦先輩のこと調べよ」



 もしかしたら生徒会室に何かしら手掛かりが残っているかもしれない。三浦先輩が作成した資料や私が生徒会に入る前にどんな業務をしていたのかなど、調べることは山積みだ。みんなを早く帰らせたことがここに来て功を奏した。



「これが終わったら、彼方と雪花さんに何かたかろ」



 雪花さんのことを巻き込みつつ、私は私で自分にしかできないことを行うのだった。




 ※※※




 そして、桜に仕事を押し付けた俺はというと、彼女とは全く別の行動を起こそうとしていた。放課後になった瞬間、俺は教室を後にして人目につかない場所へと足を運んだ。



「桜の性格上、多分最初に調べるのは三浦のことだろうからな」



 三浦が何者なのか、その謎の解明は完全に桜に任せようと思う。俺は俺で、別の角度から切り込んでみようと思う。そう、最終的な目的は信也たちを破滅に追い込むことだ。



「とりあえず最初に接触するのは、停学になった女子だよな」



 名前は橋本道子。一年生の女子で生徒会に所属しているということ以外は何も情報がない。だからこそ俺は彼女がなぜ退学になったのか、その経緯を知るべきだと考えたのだ。



「連絡先を桜に聞こうかと思ったけど、あんまりよくないしな」



 桜なら橋本道子の連絡先を教えてくそうな気がするが、個人情報の観点からリスクを優先し教えてくれない可能性がある。それに万一、情報がどこから流出したのかを問われた際に桜が危うい立場に追い込まれてしまうかもしれない。そうなったらイモヅル式に俺もアウトだ。



「だから俺は、俺のやり方で彼女とコンタクトを取るしかない」



 桜に頼らずともことを進める手段はいくらでもある。むしろ彼女には三浦のことについて集中してもらわねば。俺はもう三浦と歪な形で関わってしまったがゆえに、本人の情報や心情を引き出すのが少し難しいのだ。


 そうして俺は誰も見ていないことを確認し用具室へと足を踏み入れた。よく昼食の際にオアシス的存在として使用しているが、密会的なことをする際にも重宝している。少し埃っぽいのが玉に瑕だがそれは些細なことだ。



「さて、もうそろそろかな……」



 俺はスマホで時間を確認し、待ち合わせの時間が迫っていることを確認する。思えば俺がこうして誰かを呼び出すのは高校に入ってから初めてかもしれない。今までは良くも悪くも巻き込まれていたからな。


 そうして俺が入室してから一分もいないうちに、再び用具室の扉が開かれた。そして入ってきたのは、この場に似合わない金髪をなびかせた少女。



「あっ、お待たせしましたセンパイ!」



 久しぶりに対面する七瀬だった。










——あとがき——


更新遅れてすいません、学校が始まったりしてめちゃくちゃ忙しくなってました。(特に指導塾のアルバイトが朝から夜まで忙ちぃ(涙))

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