第128話 救いの手


 薄い光が差し込む用具室で、俺は七瀬と向かい合うように対面していた。俺からの呼び出しということで身構えているのか、七瀬の表情はいつもより若干固い。



「悪いな、呼び出して」


「いえ、それは全然構わないっスけど……」



 七瀬はどこか浮ついた様子だ。部屋の中をきょろきょろ見渡し、あまり俺と目を合わせようとしない。それと無理やり笑みを浮かべようとしているのかちょっと気持ち悪い顔をしている。



「何か予定でもあったか?」


「い、いや、特に何もなかったっス」


「? そうか」



 その割にはどこか落ち着かない様子の七瀬。元気がないという訳ではなさそうだが、いつもの溌剌さが若干欠けている。だが心を除かなければわかりもしないことをいちいち気にしていても仕方がないのでさっさと本題に入ってしまおう。



「さて、今日呼び出した件だが……」


「は、はい。自分はドーンと身構えてるっスよ!」


「……?」



 なんだろう、七瀬は堂々と俺の前に立ち俺が口を開くのを待っているのだがいつもと熱量が違う気がする。いや、熱量というよりも心持ちだろうか。時間もあるし流石に気になったので七瀬に少し聞いてみることにした。



「なぁ七瀬。お前は俺が一体何の話をすると思ってるんだ?」


「えっ、えぇぇぇっ!? そこで自分に振るんスか?」



 それとなく聞いてみたつもりだったが、七瀬はなぜか顔を赤らめていた。それと心なしか若干照れているように見えなくもない。



「そ、そりゃぁ、男子と女子が放課後に人目のつかないところにいて、しかも一方的に呼び出されたとなると……」


「わかった。もういい七瀬」



 どうやら七瀬は勘違いをしているようだ。情報の洩れを避けるために何も伝えず呼び出してしまったゆえに、色々と勘繰らせてしまったようだ。というか原因はほぼ俺にあるので早めに釈明しておこう。



「安心しろ七瀬。お前が思っているようなラブコメみたいな展開はない」


「……えっ、違かったんスか?」


「ああ。全く関係ない」


「……あ、焦った~」



 そう言いながら地面にへたり込む七瀬。どうやら七瀬は俺が告白をするためにこんな人目のつかないところに呼び出したと思っているようだ。確かに振り返ってみればそう受け取られてもおかしくはないし、色々と気を使わせてしまった。


 むしろ七瀬のことだ。今までこのように呼び出されて告白されるなんてことが何度かあったはずだ。そういう意味では余計なプレッシャーを与えてしまった。



「まぁ、何も言わずに呼び出したのは俺だ。すまない」


「い、いえ。自分こそ勝手に勘違いして……」


「こういうの、多いのか?」


「えっと……まあそれなりに」



 どうやら俺の予想通りだったらしい。とはいえ本題に入る前に本人のことをもう少し落ち着けた方が良さそうだ。俺は七瀬の方へと歩み寄り手を差し出す。



「お前は少年漫画を好んで読むと言っていた気がするが、とうとう少女漫画にも手を出したのか?」


「えっと、最近はその、いわゆる青年漫画を読むことが増えたっスね」


「ああ、一気にグロとエロが追加されるやつか」


「その認識は全作家を敵に回しかねないのでやめた方がいいかと」



 俺自身あまり漫画を読んだことがないのでそこを言及する資格はないか。七瀬は俺の手を掴み「よっこらしょ」と少しオッサンみたいなことを言いながら立ち上がる。少しは緊張がほぐれてくれたみたいだ。



「むぅ、こんどセンパイにも自分のおすすめの漫画を布教するっス」


「まあ、そのうちな」



 後に、この適当に言った返事が思いもよらない厄介な出来事を巻き起こしてしまうのだが、そのことを俺はまだしらない。



「じゃあ、センパイの用事って結局なんスカ?」



 ようやく七瀬も意識を切り替えてくれたのだろう、少し真剣みの増した声で俺喋り出すのを待っていた。俺は改めて教室の外に人の気配がないことを確認し、今日呼び出した用件を七瀬に伝える。



「お前のクラスに、橋本道子って子がいるよな。その子についての話だ」


「橋本さんスか?」



 俺がその名前を出した時、七瀬が僅かに顔をしかめた。どうやら七瀬にとってもあまりしたい話ではないようだ。だが、彼女から情報を引き出せなければ俺もやれることが無くなってしまう。



「えっと、センパイはどうして橋本さんのことを知りたいんスか?」


「あー……」



 信也たちを地獄に堕とすため……なんて邪な理由を後輩に言えるわけもなく、何も言えなくなってしまう俺。かといって、人助けをしているなんて意識は微塵もない。適当に理由を考えてみるがどれもこれも俺のキャラじゃなくてすぐに脳内会議で否決される。そして、辿り着いた答えが……



「その女子が停学になった理由に少し心当たりがあるから、それについて調べるためだ」



 あえて真実を話す、というものだった。



「……え」



 俺がそう言うと、案の定七瀬は呆気にとられた顔をして俺のことを見返す。突拍子もない俺の発言に、何を言えばいいのかわからなかったのだろう。そうしてしばしの間訪れる静寂。だがそれも束の間、次の瞬間には大気を大きく震わせるような声量で



「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」



 女子とは思えないほどの声量に驚きつつ、近距離での叫びに耳の鼓膜が少し痛くなって顔をしかめてしまう。だがそんなアピールも空しく、七瀬は俺の肩を掴んで思いっきり前後に揺すってきた。



「どっ、どどど、どういうことっスか、センパイ!」


「お、落ち着け、俺も知ったのはつい最近で……」


「で、でも……もがぁ!?」



 俺は落ち着きのなくなった七瀬を黙らせるため無理やり左手で口を塞ぐ。これ以上騒がれたら誰か人が様子を見に来てもおかしくはないし、せっかく人目のない場所を選んで呼び出した理由が無くなってしまう。この場所はあまり出入りが推奨されている場所ではないのだから。



「もう一度言うが、落ち着け」


「ふぁ、ふぁい」



 無理矢理口を塞がれたことに驚きつつも、かろうじて冷静さは取り戻したようだ。人から見られれば俺が無理やり七瀬のことを連れ込んで好き勝手しようとしている構図に見えなくもないが、誰もいないしセーフだろ。



「とりあえず、俺が知ってることを話すぞ」



 そう言って俺は七瀬の口から左手を離し、出来る限り俺の過去や余計な事情を避けて事の経緯を話した。もちろん、桜や雪花たちのことも秘密だ。



 つい最近やってきた転校生が関係している可能性があることや、学校の教師ですら詳しい事情を知らないということなど。いくつか予測的なことも伝えてしまったが、七瀬は終始俺の話を真剣に聞いてくれた。



「なるほど、概ねの事は理解できたと思うっス……たぶん」


「余計な一言を付け加えなくてもいいぞ」


「いえ、理解したっス! はい」



 とはいいつつ自信のなさげな七瀬。まあ俺としては七瀬がそのまま真実を理解せず、信也という生徒がすべての黒幕だと思ってくれればいいと思っている。



「それで、橋本さんから事情を聞きたい。本人であれば、さすがに自分の身に何が起きているのかわかるはずだ」


「そう思って自分らも何度か橋本さんに連絡入れたんスけど、一向に返事が返ってこないんスよね」



 こちらからメッセージを送ることはできるが、向こうから返信が返ってこないということか。向こうがスマホなどの電子機器を使える状況にないのか、それとも他のことに要因があるのか。考えれば考えるだけ深読みしてしまう。



「それなら、橋本さんの家に行った人は?」


「何人かいるみたいっスよ。でも、親御さんに追い返されちゃったみたいっス。本人が今は話せる状況じゃないって言って」


「そうか」



 まるで古事記にある天岩戸のようだ。いや、その中に入っている橋本を守る両親という存在がいるあたり、天岩戸よりも質が悪い。だが、その話を聞いて彼女と接触できる確率が0%ではないことが分かった。それだけでもかなり大きな収穫だろう。



「俺も一度、橋本さんの家を訪ねてみたいな」


「センパイ、なんだかいつもよりアクティブっスね。なんかあったんスか?」


「さてな」



 強いて言えば、かつてのしがらみをたった一つだけ解決できたことだろうか。だがそのたった一つが俺に大きな自信を与えていることも事実だ。



「で、ほぼ初対面の俺が橋本さんの家を訪ねても門前払いは確定だ。というか、そもそも彼女の家を知らない。案内人兼、親との交渉の際にクッションになってくれる奴を募集してる」


「じ、自分にそんな大役が務まりますかね? いや、橋本さんの家には一回遊びに行ったことがあるんで場所は分かるんスけど……」


「お前以外に、適任はいない」



 というかそもそも、七瀬以外に頼れる人物がいない。桜はもちろん、あまり余計な人物をこの件に関わらせたくないのだ。だからこそ、抑えがある程度効く七瀬を抜擢した。



「それじゃ、善は急げだ。早速行くぞ」


「はいっス!」



 そう言って、用具室を出る俺たち。七瀬の表情は少し重苦しい印象を受けるが、ここに来た時よりも晴れ晴れしていた。どうやら橋本のことで心が燻ぶっていたのは桜だけではないようだ。



「そういえば、センパイ」


「なんだ?」


「いえ、なんでもないっス」



 そして俺たちは揃って学校を出る。俺の隣を歩く七瀬は、俺のことをチラチラ見てきてなぜか時折嬉しそうな顔をしていた。その理由が、今の俺ではよくわからなかった。


かつては目立ちたくないという理由で学校内を一緒に歩くのを避けていた二人だが、今は同じ目的のために隣に立って足並みをそろえていた。










——あとがき——

お久しぶりです。あまりにも忙しすぎて投稿が全然できませんでした。しばらくは自分のペースで執筆をしますが、今の生活に慣れたら定期的に更新できるようにしたいです。体調を崩さないように、学業含め頑張っていく所存です。誤字脱字もあるかもしれませんが、温かい目で見守っていただければ……

コメントいつもありがとうございます。疲れた時に見ると凄く励みになってます!!!!!


PS:日曜日に朝8出勤~夜21退勤という社会人みたいなバイト生活をして臨む大学月曜1限の絶望感(なお残業代はでる)

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