第129話 気のせい


 俺は七瀬と共に橋本の家へと向かっていた。彼女の家は電車で二駅ほどの距離にあり、道中七瀬のことをチラチラとみてくる輩が何人かいた。それと同時に彼女の隣を歩く俺の姿を見て様々な反応を示すから面白い。

 嫉妬のような眼差しを向けてくる者や興味を失い途端に視線を外す者。前は不快でしかなかったが、今は何とか受け入れて楽しむ余裕を作り出すことができていた。



(まっ、うちの学校の生徒じゃないってことが大きいんだろうけど)



 幸いなことに、俺と七瀬が隣り合って歩く姿は同じ学校の生徒にあまり見られなかった。中途半端な時間に帰宅したのが功を奏したのか、明日噂話になることは避けられそうだ。


「センパイ、そういえばお姉さんはお元気っスか? 同じ高校なのに、学年が違うと滅多に会わないので」


「元気があり余ってるくらいだ。勉強しながら俺にグチグチ言えるくらいには」


「あはは、相変わらず仲の良いご姉弟で」



 そんな他愛もない話をしながら、俺たちは目的の駅で降り改札を抜ける。そして再び七瀬の案内の元、俺たちは橋本の家へと向かう。どうやらこの駅からそう遠くない場所に住んでいるらしい。



「ところでセンパイ、もし門前払いされたらどうするんスか? ほら、ご両親が会わせてくれないみたいな話も聞きましたし」


「まあ、やりようはいくつかある」


「おおっ、さすがっスねセンパイ。例えばどんな方法が?」


「その辺で適当にスーツを買うか借りるかして、心理カウンセラーを名乗るとか」


「ただの詐欺師じゃないっスか!?」



 流石にそれは最終手段だが、実際それくらい強引な手段を取ることも視野に入れるべきだろう。時間帯的に両親が家にいるかはわからないが、想定は多ければ多いほど行動の幅がぐんと広がる。そして何より、できる限り早いうちに会って話を聞きたいのだ。



「センパイ、本当に大丈夫っスかね?」


「これから悩みを聞きに行くやつが、そんな悩んだ顔をするな」


「それはそうっスけど」



 俺の話を真に受けた七瀬は何処か心配そうな面持ちだ。やはり友達だからか彼女の心の負担を心配しているようだ。だがそんな顔で相手の玄関に立たれては逆に心配をされてしまう。



「いいか、そもそも俺たちは何のためにこんなことをしてるんだ?」


「えっと、橋本さんを助けるためっス」


「半分正解だ。だが、究極的な目標はそこじゃない」



 もう一つの目的は橋本を追い込んだであろう信也を潰すことだが、そんなことを言って彼女を菰原がらせてしまっても仕方がない。だが、それとは別にもう一つ避けては通れない未知がある。



「仮に橋本が自分が抱えている問題を解決できたとして、いざ登校しようってなるか?」


「えっと、違うんスか?」


「当たり前だ。変わったのは橋本だけで、その周りは何も変わっていない」


「あ……」



 七瀬も思い立ったようだ。仮に橋本が立ち直ったとしても、復帰した彼女のことを周りは何と思うだろうか。確か彼女はみだらな行為をして停学処分を受けたということになっている。そんな辱めを受けて、復学しようだなんて前向きに思えるだろうか。



「仮にお前らクラスメイトが温かく迎え入れたとしても、その他はどうだ? いや、彼女にとって身近であるはずのクラスメイトの中にも、心の中にしこりを残す者が現れるかもしれない」


「それは、確かにそうっス」


「そして何より、橋本は生徒会の生徒だ。いくら生徒会長が庇ったところで、他の生徒会役員たちからは懐疑的に思われるだろうな。本当に何も悪いことはしていないのかと」


「それじゃ、橋本さんの居場所が……」



 七瀬は橋本がこれから平穏な学校生活を送るにはどうすればいいのか考え始めるが、俺は既に結論を出している。



 ——橋本が今までのような学校生活を送るのは既に不可能だ



 彼女が今受けている仕打ちはもしかしたらかつての俺よりもひどいものかもしれない。居場所を奪われただけでなく名誉も貶され、社会に踏み出すことに恐怖心を抱いても何ら不思議はない。



(どうしても、周りの目が気になるからな)



 俺自身、高校生活を始めてから今に至るまで周りの目がどうしても気になってしまう。逆にそのおかげで常日頃から警戒心を怠らずにいられるのだが、彼女にそんなものは必要ない。



「センパイ、自分にはいったい何ができるんでしょう?」


「そうだな……」



 俺は適当に七瀬の話に合わせようとするが、正直七瀬にできることは何もない。いや、誰であろうと結果的に橋本のことを傷つけることは避けられない。だからこそ、両親も様子を見に来た友人たちにお引き取り頂いているのだろう。



「とりあえず、会ってから考えてもいいんじゃないか?」



 俺は七瀬に嘘をつく。どうしようもない状況に淡い希望を抱いてもらわなければ、七瀬はついてきてくれない。



「……そうっスね。確かにそうっス。まずは元気かどうかちゃんと確認しないと」



 そうして俺は七瀬から目を逸らし、どうやって橋本に接触するかを改めて考え始める。



・正面からっ友人だと言って乗り込む

・学校の職員のふりをする

・宅配業者を装う

・それとも詐欺師紛いのことをする



 浮かんでは消え、そしてどんどんアイデアが出なくなってくる。困ったな、あくまで工程とはいえ人を助けようとする行動があまりにも久しぶりすぎて子供じみた方法しか思いつかなくなっている。いや、昔の俺が子供じみた奴だったか。



 そして俺が、34個目のアイデアを思い付いた時だった。



「あのー、ちょっといいかな?」


「えっ……」



 背後から唐突に声を掛けられてしまったので思わず立ち止まってしまった。七瀬もハッと驚きつつ俺と一緒に振り返る。するとそこには優しげな笑顔を浮かべる男がいた。



「ちょっと道を聞きたいんだけど、駅はこっちであってるかい?」


「いえ、そっちは逆方向っス。駅に行くにはこちらの道を真っすぐ……」



 どうやら駅までの道を聞きたかったらしく、すぐに察した七瀬が丁寧に道案内を始めた。するとその男も真剣に七瀬の話を聞き入っていた。



(なんだ、あの男?)



 この距離になるまで接近に気が付かなかった。体も痩せこけて不健康そうで、今にも倒れてしまうのではないかと錯覚してしまう。それでいて小綺麗なスーツと笑顔が、どこか不気味な雰囲気を纏っている。



「そうかそうか、ありがとう。おかげで迷わずに済みそうだよ」


「いえっス」



 どうやら道の説明が終わったらしく、七瀬がこちらへ戻って来る。すると男は今度は七瀬から俺へと視線を移してきた。



「いやぁごめんね、時間を取らせてしまったよ。デート中だったかな?」


「い、いえ! 自分とセンパイはそういう仲では……」


「あはは、そうかそうか。それは悪いことを言ってしまったね」



 そう言って冗談めかしく手で頭を掻く男。なぜだろう、この男から俺は目を離せない。



「ん、どうしたんだい?」


「あっ、いえ。なんでも」



 そう言って俺は目を閉じ首を振って何でもないとアピールする。いや、実際特に何もないのだが、なぜか露骨になってもそうアピールしておきたかった。



「ふむ、僕とどこかで会ったことがあったかな?」


「いえ、特に記憶にないです」


「そうか、君の記憶にないならきっと気のせいだろうね」


「? はい、そうでしょうね」



 よくわからないやり取りを終えた後、男は翻ってこちらへ手を振りつつ「それじゃ、ありがとね」と言ってこの場を去った。



「不思議な人でしたね」


「ああ、そうだな。だが目的を見失うな」


「は、はいっス」



 予想外の足止めを食らったが、俺たちは少し急ぎ足で橋本の家へと足を向かわせるのだった。だが俺の心は、形容できない不快感とざわつきがつっかえて離れないのであった。

























「またね、彼方くん」



 その言葉は、風と共に消えた。










 ——あとがき——


 デスマーチを乗り越えました。お久しぶりです。

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