第3話 変わりゆく日常
委員長の強烈な挨拶で時間を食ってしまったせいで、俺を含むみんなが自己紹介をする時間が取れなかった。本来なら残念がるところかもしれないが俺としてはありがたいし、周りの面々も緊張していたのかどこか気が抜けた様子だった。
だが息をつく暇もなく、俺は新しいクラスメイト達と一緒に体育館に移動することになった。ちなみにみんなの前に立って先導しているのは委員長になったばかりの如月だ。
今日は二年生初の登校日。つまり全校生が集まる始業式があるのだ。授業が潰れるというのはうれしい限りだが、人混みがすっかり苦手になった俺にとっては早く終わってほしいイベントの一つだ。
「……」
こういう時は決まって何かしらのイベントが起きるのが漫画とかの定番だが、特に問題が起きることもなく始業式は進んでいく。先ほどまで意気込んでいた如月も、今は静かに集会に集中している。
「えー、であるからして、学生の本分とは……」
校長先生が壇上に立ち、長々とテンプレートのような挨拶を言っていた。どうやら今年は例年より素行の悪い生徒が多いらしい。おそらく、先ほどわけのわからない演説をした如月などがその例に当てはまるのだろう。
如月は同じ生徒たちにとっては英雄になり得る存在だが、俺や教師人にとっては爆弾を抱えるのと同じだ。きっと七宮先生は扱いに苦労するだろう。
「えー、では最後に、生徒会長から挨拶を」
長々とした校長先生の話が終わり、学生代表である生徒会長が校長先生と入れ替わるように壇上へと立った。
(……そういえば、今まで一度もおめでとうって言ってなかったな)
俺は壇上に立った生徒会長を見ながらそんなことを思っていた。だがそんな思いなど知る由もなく、壇上に立った生徒会長は如月以上に堂々とした立ち姿で俺たち全校生徒の前に立つ。
「只今ご紹介にあずかりました、
壇上に立った生徒会長、遥
成績は優秀で容姿も抜群。髪だって適当な俺とは違い手入れを怠らないロングヘア。完全無欠とはあの人のことを言うのだろうと何度思わされたことか。義姉さんが生徒会長の地位を得たのは去年の秋頃で、選挙活動や学校への奉仕活動など俺は義姉さんの活躍や努力をいつも近くで見ていた。
完璧美少女で努力家の義娘と、根暗で無気力になってしまった痛い子な息子。母や義父がどちらに愛情を注ぐかなど一目瞭然だろう。というか、そもそも俺が新しい家庭に馴染めていない。
「この学校では生徒の主体的な行動が求められています。一年生だからと、行動を後回しにするのは論外。つまり、この時期から努力を怠らないその姿勢が……」
(義姉さん、完全に俺への当てつけだよなぁ)
そう、俺と義姉さんの関係はあまりうまくいってない。
俺は最低限の努力で自分だけが報われていればそれでいい。だが彼女は努力や道筋を重んじて妥協を許さないタイプ。つまり今の俺の性格とは正反対なのだ。
完全に嫌われているというわけではないが、会話をすれば嫌味ばかり言ってくる。
『あんた、また成績下がったんでしょ! だからあれほど勉強しろと……』
『いい加減に部活に入ったら? 私だって忙しい中、一生懸命弓道を……』
『ちょっと! 今日は始業式なんだから髪を切れってあれほど……』
何なら今日家を出るときにも言われたな。まあ、遠回しに俺のことを心配してくれているのかもしれないので特に言い返さなかったが。そんなこんなで、冷え切ってはいないものの俺たちは本当の意味で姉弟になることができず早一年。
とうとう最近は私の邪魔だけはしないでと放任されてしまった。だが時折話しかけてくれているし、義姉さんとしても俺と完全に縁を切るつもりはないのだろう。そんなことをすれば新しくできた母親に嫌われるとわかっているし。
母さんも遥義姉さんのことを可愛がっているから、俺としても無粋な真似はしないようにしている。そうするのは、独り立ちできるようになる高校卒業後だ。
「では、私からは以上です。ああ、でも最後にお時間を。新学期になって生徒会のメンバーに一部変更があったのでこの全校生が集まっている場をお借りしてご紹介したいと思います」
(変更? ああ、スカウト制度か)
この学校の生徒会には特殊な制度が存在する。それは生徒会長によるスカウト制度だ。
生徒会長になった者はこの学校の生徒を一人指名して副生徒会長に任命することができる。しかし、様々な条件を満たさなければいけない上にあの義姉さんの目にかなわなければいけないのだ。そんなこともあって去年は使われることのなかった制度だ。
つまりこの学校には、選挙によって選ばれる副生徒会長と現生徒会長の指名によって選ばれる副生徒会長の二名が存在するのだ。
(しかし、遥義姉さんが直々に指名するほどの人か)
きっと、俺とは違い努力家で優秀な人なのだろう。そんなことを考えていると壇上の端から新しい副生徒会長が歩いてきた。本来なら無視してもいいようなどうでもいい細事。だが俺は何気なくその方向へと目を向ける。つい向けてしまった。
「っ!?」
その人物を見た時、あまりの動揺に俺は叫びそうになる。だが必死に堪え何とか冷静を取り戻す。ここが全校集会という集まりなのが最悪だ。可能ならば、今すぐにでも立ち去りたい。
「新海さん。こちらの壇上に」
「はい。ありがとうございます、会長」
義姉さんにそう促され壇上に立つ彼女はニコニコしながら俺たちのことを見下ろした。だがわずかに緊張しているのか、少しだけ表情筋がこわばっているのが誰の目から見ても明らかだった。
義姉さんに負けないほどの美貌。長い髪を手でずらしながら彼女は喋りだす。
「今学期より、生徒会長に指名されこの学校の副生徒会長を務めさせていただくことになりました
彼女が挨拶を終えると同時に、周りの連中や教師陣も拍手をして彼女を歓迎する。俺も目立たぬように適当なリズムで壇上に立つ彼女に拍手を送る。
きっと彼らには、彼女が女神のように見えているのかもしれない。
(クソ、なんでアイツがここに……)
一年間この学校で過ごしてきたが、彼女の名前は一切聞かなかった。彼女がなりを潜めていたのか、俺の巡りあわせが悪いかのどちらかだ。俺は表情を変えないことに努めながらあの女のことを思い出せる範囲で思い出す。
新海桜。
俺と同じ中学校で一年生の時は同じクラスだった人物だ。そして俺があのクラスの中で誰よりも信頼した人物でもある。だがまさかこの学校にいるとは思いもしなかった。
(あいつの学力じゃ……いや、人間なら成長するか)
俺の記憶の中にある彼女はいつもオドオドしていて学力も決して高くなかった。だが今の姿からは彼女のかつての面影を感じられない。きっと彼女なりに相当努力を重ね、偏差値も倍率の高いこの高校に合格したのだろう。
(どちらにしろ、厄介だな)
あの時の顔見知りがいるかもしれないというのは想定していたことだが、そのうちの一人である彼女があんな成長を遂げ俺の前に現れるなど完全に予想外だ。
俺の……いや、僕の後ろに隠れて楽しむように歩いていた彼女の姿はどこにもない。目の前にいるのは、完全に独り立ちしてしまった一人の不穏分子だ。
(これは、去年のようにはいかないかもな……)
何とか冷静を取り戻した俺は、落ち着いて彼女のことを遠くから眺める。彼女はあの時とは違いだいぶ自分に自信が持てるようになったようだ。
そう、彼女も如月と同じでかつての俺が助けた人間の一人だ。中学生時代は一番仲良くしていたかもしれない元友人。
そして……彼女は僕と一緒に人助けをしていた仲間でもある。
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