第82話 閉会式


『これにて体育祭を終了します』



 係りの生徒たちは椅子やイベント用のテントを片付け、教師たちは彼らに指示を出す。たった今、体育祭が終わったところだ。



「……」



 考えていなかったわけではないが期待をしていなかったわけでもない。要するに、案の定の結果に落ち着いたというわけだ。

 俺は先程の閉会式を振り返る。あのアナウンスの後、告げられた優勝クラスは……



『優勝は、1年2組です! 見事な下克上を果たしました!』



 この体育祭で優勝したのは雪花翡翠や七瀬ナツメ率いる1年2組だった。俺が手を貸した3年1組は準優勝。結論から言うと、俺たちは理事長の計画を食い止めるのを失敗した。大人たちのダービーも円滑に進み、きっと今頃そこそこの金が動いているのだろう。だがこちらは俺たち生徒に直接関わってくるわけではないので正直な所失敗してもいいと思っていた。



(まっ、それでもいくつかの収穫があったけどな)



 この体育祭においていくつか分かったことがある。まず、理事長が雪花家を贔屓にしているという点だ。なにせ、体育祭終了間際に行われるMVPの選出で、そのいくつかに理事長が関わっていたのだ。


 そして理事長が選ぶ生徒はほとんどが1年2組の生徒たち。競技の点数では3年1組が上回っていたのだが、追加点で大きく差を話され逆転されてしまった。ちなみに3年1組には義姉さんなど生徒会として体育祭の運営に携わっていた人たちがいたにもかかわらずMVPは選出されなかったそうだ。



(それに二つ目の方は、どうやら上手くやってくれたみたいだしな)



 このグラウンドで俺たちのことを撮影していたカメラマンの姿はすでになかった。だが、消える直前までの姿を俺はこの目でとらえていた。なんなら声だって聞こえてた。



『おいてめぇ、ちょっとこっち来いや』


『だっ、誰だい君は?』


『来ねぇんなら、出すとこ突き出すぞ。オレが優しいうちに選べ』



 そう言って雪花翡翠がカメラマンとして暗躍していた人物をどこかへと連れて行った。そして校舎裏から出てきたと思えば彼は顔面が腫れており、腕を抑えボロボロのカメラを肩にかけながら学校の外へと出ていった。



(人任せになっちゃったけど、これくらいはいいだろ。適材適所ってことで)



 俺はリレーが始まる直前に雪花翡翠に簡単なメモ書きを渡した。内容としてはこうだ。



『七瀬ナツメやお前の姉を盗撮している奴が近くにいる』



 俺が目線を合わせずに紙を渡した際に怪訝そうな顔をしていたが、紙に書かれた内容を見てさらに顔をしかめていた。そしてリレーが始まる直前に二言くらい声をかけられ圧をかけられたのだが、無視を貫くことで真実をぼかした。


 加えて俺は最初のリレーが終わると同時に姿を消した。さらに奴を圧倒する走りを見せつけることで俺のことを印象付ける。そうすれば、俺を含めあのメモ書きの内容が頭から離れなくなるだろう。そうしてこの内容が事実か確認するために雪花翡翠が直接動いた。いや、動くように仕向けたというところだ。


 七瀬の名前を入れたのは保険だ。雪花の名前を入れれば奴は十中八九動くと思っていたのだが、できるだけ真実味を持たせるためにこの体育祭で一番目立ち、奴と少なかれ交友関係がありそうな人物。そういう観点から七瀬ナツメは今回メモ書きで名前を記載するのにうってつけだった。



(一つ目は失敗に終わったけど、二つ目は人任せとはいえ成功。ま、今の俺には十分か)



 三浦はあれから俺の前に姿を現していない。なぜなら体育祭の後片付けとこの後に行われるイベントでてんやんやだ。まあ連絡先は交換したので後程連絡があるかもしれない。その時はその時で切り替えて話してみよう。



「……」



 俺はふと、三浦の隣で指示を出す義姉さんが目に入る。多分あの中で唯一義姉さんに正体がバレてる。なんならリレーの最中に名前を呼ばれたしな。そっちはそっちで言い訳を考えておこう。果たして最適な言い訳があるのかは不明だが。



 と、ここまで外部を観察していた俺だがもう少し身の回りの方に意識を集中する。具体的にはクラスの連中だ。



「はぁ……1年に負けちまったのかよ~」


「ま、来年がんばろって」


「いや、あれ勝てるのかぁ?」



 と、割と多くの人が落ち込んでいた。うちのクラスは運動部の人が多いためその分体育祭にも熱を入れていた。実際シチュエーション次第では一つくらい競技で優勝していてもおかしくはない質だったのだ。今回はとことん運がなかったようだが。



「ほら皆、いつまでも落ち込んでないで荷物をもって教室に戻るわよ。この後は後夜祭があるんだから」



 そう言って如月の指示に従い教室へと戻る俺たち。そう、この後は後夜祭が控えているのだ。

 普通後夜祭は文化祭とかそっち系のイベントの後に控えているものだと思っていたのだが、この学校では体育祭の後に後夜祭を行う伝統があるらしい。しかも割と本格的なキャンプファイヤーが行われる。今はその準備のため一時的にすべてのクラスが教室へと戻るのだ。ちなみに服装は制服と体操着のどちらでもよいらしくそのまま帰ってよいそうだ。



(ま、制服に着替える奴なんていないだろうけど)



 そうして俺もグラウンドを後にし教室へと戻る。そうして遅れて担任の七宮先生がやってきて簡単にホームルームが開かれた。そしてわずかな待機時間へと突入する。



「……」



 ふと隣を見ると雪花がスマホをいじって誰かと連絡を取り合っているように見えた。この後行われる後夜祭での待ち合わせだろうか。それともそんなイベントほっぽっといて帰るという相談だろうか。まあどちらにしろ後夜祭は強制参加なので計画するだけ無駄だとは思うが。



(相手は弟……うん?)



 俺が隣人についての考察をしていたところで自身のスマホが振動する。誰かから連絡が来るのは珍しいので訝し気にスマホの画面を見る。一瞬三浦からの連絡かと思ったが、送り主は義姉さんだった。



『後夜祭のとき、グラウンドの端っこの花壇のとこ。そこで待ってる』



 メッセージはその一文だけ。確か花壇があるところはちょうど体育館の角が影になっていてキャンプファイヤーの時見えないようになっている。おそらく二人きりで話したいのだろう。



(珍しいな、義姉さんがこんなの送って俺を誘うなんて)



 今まで義姉さんから来る連絡といえば買い物とかそういうお使い系だった。少なくともこういう風に待ち合わせをするのは初めてなのである。それも、向こうから誘うだなんて。



(まぁ、それもそうだよな)



 義姉として、また生徒会長として今回の事の顛末は知っておきたいのだろう。ぶっちゃけ義姉さんにならいろいろと話してもいいのだが、これ以上余計なことをして場を乱したくない。何せここからは俺の学校生活に色々と変化がありそうなのだから。



(とりあえず、さすがに行かないとマズイか)



 どちらにしろ義姉さんとは家で顔を合わせるのだ。爆弾は早いうちに処理しておくに限る。俺はその爆弾ができる限り小規模なものだと祈るばかりだ。今回に関していえば俺ができることは本当の意味で限られているのだから。



「ふふっ……」



 対する雪花は気持ちが沈む俺とは対照的に笑顔でスマホを眺めていた。どうやら今回の体育祭で撮影した写真を眺めているようだ。その写真の被写体が何なのかは想像に難しくはない。

 俺なんて写真に写りたくないからカメラマンやスマホを携えている生徒を常に観察し写真に写らないよう徹底していた。できる限り俺がいるという記録を残したくなかったのだ。もっとも、最後のリレーは別だったが。


 今回雪花翡翠を動かしてしまったので、もしかしたらこいつにも何か影響が及ぶかもしれないが、その時はその時で考えることにする。



『それでは全校生の皆さん、準備が整いましたので身支度を整えてグラウンドへお越しください!』



 そして、俺は後夜祭に向かう生徒たちと一緒に義姉さんの下へと向かう。










——あとがき——


次話でいったんこの章を区切ります。このギクシャクした姉弟の行き着く先を見届けてください。ついでに次章のタイトル名の考察でも?


追伸:最近不眠症気味でちょっと怖くなってきた在原です。

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