第83話 遥か彼方へ


 後夜祭。


 グラウンドでは有志で募られた生徒たちが何か催しをして騒いでいる。今はバンドなのかわからないがギターを持った生徒たちが野外ライブのようなことをしている。背後にあるキャンプファイヤーの火も相まってとんでもない映えスポットと化しており、スマホで激写する生徒がたくさんいた。


 そして俺はそんな人混みから離れて約束の場所へと向かう。どうやらこの時間を仕切っているのは生徒会ではなく教師陣のようで、もうこの日の仕事は終わっているようだ。まあ明日は休日返上でこの後夜祭と体育祭の後片付けが行われるらしいが、俺は参加しないので今から気が楽だ。



(……今回の事、迂闊に手を出してしまったが本当によかったのだろうか?)



 この体育祭にはもともと消極的で深くかかわるつもりは一切なかったのだが、イレギュラーがあったとはいえ実力の片鱗を見せてしまった。今は体育祭の余韻で誤魔化せているが、明日からは俺の噂が学校で話題となるだろう。


 謎の兎面が三年生の助っ人として他を圧倒する走りを見せた。



 話題や刺激を求める高校生にとって今回のことは相当印象に残っただろう。特に陸上部である如月なんて、『あの人を探して陸上部にスカウトする!』なんてことを言っていたしな。


 それに正体を隠していたとはいえむざむざ理事長の前に姿を現してしまった。もしかしたら俺の正体に気づいているかもしれない。今まで奴からの接触がないことから誤魔化せていると確信していたのだが、この学校の名簿を調べれば俺がいることは一瞬で露呈してしまう。今後はその可能性も視野に入れて慎重な行動が求められるだろう。


 あと1年半。俺はこの学校へ通わなければいけないのだから。



(ま、退学になったらそこまでってことだな)



 そうなったら高卒認定試験でも受験しよう。さすがにあの理事長もその試験に介入することなんてできないだろうし。とりあえず高校卒業という肩書くらいはさすがに持っておきたい。あるのとないのとでは活動の幅が大きく違うからな。




 そうして徐々にキャンプファイヤーの明かりも薄れ、暗くなってきた。すれ違う人も疎らになってきて、とうとう周りは俺一人になってしまう。静まり返る空間の中、俺は壁に背を持たれて目を瞑る義姉さんの姿を見た。



「……」


「……」



 俺の足音を聞いた義姉さんが目を開いて俺と目が合う。俺はそれに構わず義姉さんの方へと近づいていくが……やっぱり気まずい。ま、あのリレーの時から俺の暗躍がバレているみたいだしな。当然と言えば当然だ。



「遅い」


「義姉さんは早い気がするけど?」


「う、うるさい」



 どうやら後夜祭が始まってすぐにこの場所へとやってきたようだ。普通は一目でもキャンプファイヤーを見てからこちらに来る気がするが、どうやら本人はそういうことに割と興味がないらしい。それとも、早く俺と話したくて仕方がなかったとか? まぁ、それはさすがにないか。



「……随分と、とんでもないことをやってくれたわね」


「……すごかったなぁ、兎の人」


「バレてんのよ!」



 そう言って俺のことを怒鳴ってくる義姉さん。やっぱ案の定バレてたらしい。義姉さんは腕を組んで溜息を吐き、物凄く呆れかえっていた。



「まぁ、色々聞きたいことはあるけど、今はいいわ」


「あ、いいんだ」


「帰ってからコッテリ絞ればいいだけだし」



 どうやら見逃してもらえそうにないな。だが今すぐに問いただす気はないらしく義姉さんからはどことなく肩の力が抜けていた。いや、肩から荷が下りたような佇まいだ。



 するとこちらに歩いて俺の隣に立ち、向こうで派手に騒いでいる生徒の群衆を眺めはじめる。俺もそれに倣うように、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している炎を見つめた。



「体育祭、どうだった?」


「どうって?」


「楽しかったか、ってことよ」


「……」


「どうやら、楽しくはなかったらしいわね」


「まあ、そうだけど」


「あんた、最後以外は全然積極的じゃなかったもんね」



 どうやら義姉さんにはいろいろとお見通しなようだ。俺がこの体育祭で最後こそ本気は出したが、終わってしまうその瞬間まで楽しいと思った場面はなかった。本気を出せた爽快感はあったが、所詮は刹那的なもの。あんなの楽しんだとは言えない。



「そうだ、せっかくだし写真でも撮りましょ」


「は?」


「ほら、キャンプファイヤーをバックにして」



 次の瞬間義姉さんは俺の肩を掴んで体を180度回転。そうしてそのまま俺の身体を抱き寄せてスマホの内カメラを向ける。



 パシャリ!



 乾いたスマホのシャッター音が静かな暗闇の中に木霊した。というかいきなりすぎたのでさすがの俺も変な顔で映ってしまった。できれば削除か撮り直しを要求したいが、それはそれで面倒なことになりかねないので黙っておくことにする。



「そういえば、あんたに言わなきゃいけないことがあったんだけど」


「いろいろ?」


「そっ、いろいろ。けどあんたの顔見てるとなんだか馬鹿馬鹿しくなってきちゃったから、ギュッと凝縮して一言にまとめる」



 ついに先ほどの件について怒られるかと身構えたが、どうやらそんなつもりはないらしく俺に言いたいことがあるらしい。どうやら一言でまとまってしまうくらいの内容らしいが、なんだろうか?



「……がと」


「ん?」


「あ・り・が・と・う!」



 何かお礼を叫ばれた。



「えっと……何に対して?」


「……自分で考えなさい」



 つまり、自分で都合よく解釈しろということか。そういえばいろいろって言ってたな。つまり、そういうことなのだろう。


 俺は義姉さんと出会った時のことを、俺を気にかけ何度も話しかけてくれた時のことを、病気で弱っていた時のことを、覚悟を決めて生徒会長になった時のことを……ぐるぐるぐるぐる、思い出と呼べる記憶の欠片を垣間見る。



(俺たち、どっちも不器用だったよな)



 大事な何かを失ってしまった俺たち。家族愛に飢えていた俺たち。自分の世界に閉じこもっていた俺たち。そして、自分の感情を伝えるということがとにかく苦手だった俺たち。



 そういえば、いつか七瀬が言ってたな。俺と義姉さんがそっくりだって。あれは、そういう意味だったのかもしれない。

 外見とかしぐさとか口癖とかではない。心の根底が、互いに抱く感情が、俺と義姉さんはどこかそっくりだったのだ。



「そういえば、体育祭だけど」


「?」


「つまらなくは、なかったかな」


「……そう」



 俺がそう言うと、義姉さんはスマホをしまって安心したように目を瞑った。いつかの自分が俺に言った言葉。きっと義姉さんも覚えているのだろう。だからこそ、言葉と気持ちに詰まってしまっている。本当に、とことん不器用な人だ。


 俺も少しは前に進まなければいけないのだろう。



「それで、はこれからどうするの?」


「どうするもなにも、先生の指示に従ってそのまま今日は帰るわよ」


「そう」


「……一緒に帰る?」


「……たまには、いいんじゃない?」


「もっと素直になりなさいよ」


「そっちこそ」



 俺たちはそんな姉弟みたいなことを言い合って、同じ方向を見つめていた。ちょうどキャンプファイヤーの元では、バンドの演奏がサビに入ったところだ。これまで以上の歓声と拍手が上がっており、正直音楽が良く聞こえない。だが、俺の身体はどこか熱に浮かされたようにふわふわしている。



(家族……姉弟、か)



 雪花を見た時に初めて抱いた嫌悪感と警戒心。あの時は雪花という人間を警戒していたというのもあったし、姉属性を持っているからこそあいつが苦手なのだと思い込んでいた。だが、その本質はもしかしたら違ったのかもしれない。



 もしかしたら、俺は雪花たち姉弟に嫉妬……



(いや、ないか)



 俺は自分の考えたことに心の中で首を横に振る。そんなことあり得ない。俺に限って、俺みたいな、家族愛とは程遠い家庭から来た奴がそんなことを思うなんて、あってはならない。

 けど……今は、いいか。



「そうだ、姉さん」


「何?」


「ごちそうさま」


「……お粗末様」



 姉さんからもらっていたお弁当。時間が経つことや栄養バランスなど、多くのことが考えられた素晴らしいものだった。そして、とてもおいしかった。きっとかなりの時間を使って考えてくれていたはずだ。そして自分の身を削る思いで作ってくれた。その想いに対して、素直な敬意と感謝を。


 ついでということで、俺はここぞとばかりに色々と姉さんに伝えておく。まるで今までまともに出来ていなかった姉弟の会話をするように。



「それと、生徒会長お疲れ様」


「……ありがと」


「あと……生徒会長就任おめでとう」


「ありが……って、今更過ぎるわね!? というか、確かに何で今まで言ってくれなかったのよ!」


「忘れてた」


「なんか、今更ながらにムカついてきたわ」


「怒らないで、今日は俺が夕飯を作ってあげるから」


「……ほどほどに期待する」



 そうして、後夜祭は過ぎていく。俺と姉さんのクラスはともに優勝に至らなかった。本来なら二人そろって悔しがるところだろう。少なくとも俺のクラスの連中はそうだった。


 だが俺たち二人は、悔しがるどころかどこか温かい時間を過ごす。ずっとすれ違っていた姉弟として。新しい、家族として。


 きっとこれからできるであろう新しい思い出の数々に思いを馳せ、俺はどこか頬が緩むのだった。















 





 しかし、現実とはそう簡単ではなかった。少なくとも俺の行動のせいで各方面に動きが起きているのは確かだった。




 例えば、同じクラスの委員長


「あの人、一度話してみたいわ。そして陸上部にスカウトするのよ!」



 仲間に引き込もうと躍起になって、早速休み明けから動こうとする。まずは情報収集からだ。三年生であまり時間がないのは承知の上だが、まだ三年生の引退まで時間があることに違いない。だからこそ、チームの一員になって一緒に走って欲しい。そんな思いが、彼女の中に芽生えていた。



「なんか、他の部活も目をつけてるみたいだし……」



 争奪戦。そんな言葉が彼女の脳裏によぎっていた。早いうちに行動を開始しなければいけない。そんな焦燥感に、彼女は駆られていた。




 例えば、かつて相棒だった少女


「あんな大逆転する綺麗な走り方をする人なんて、一人しか知らない。けど、まさか……」


 彼女は驚き、戸惑っていた。だが自分の感情と記憶、そのすべてがパズルのピースのように集まり、一つの場所へとはまっていく。そして、否定しようのない一つの事実へと行きつく。



「どういうことですかっ。いや、どういうことだっ……橘彼方ァ!」



 そして彼女は確信し、本格的に動き出す。新生徒会長になるために。そして、かつての師であり相棒だった人物を見つけ出すために。




 例えば、人懐っこい後輩


「楽しかったなー体育祭」



 体育祭の熱に浮かされており、クラスの友達と一緒に炎のもとで談笑していた。だが、彼女の胸中には色々な思考が挟まっている。



「翡翠も悔しがってたっスからねぇ。ほんと、大人げないなぁ……センパイは」



 ここに、また正体を確信しているものが一人。彼女はこれから尊敬するセンパイがどうなっていくのか、素直に楽しみでしかたなかった。

 しかし彼女には決めていることがある。自分はセンパイの味方になろうと。願わくば、翡翠と一緒に。






 そして一方……もう一つの姉弟は



「……」


「悔しいの? ねぇ悔しいの翡翠?」


「ニヤニヤしながら話しかけんな姉貴ぃ! ちっ、ひっさしぶりにあんな綺麗に負けたなぁ! ちくしょー……ってかそれより、勝手に帰ってよかったのか?」


「大丈夫。去年も点呼とかはせずに、先生が時間になったら『もう帰れ』って指示を出すだけだったから」



 二人は後夜祭に混じる気は端からなく二人で勝手に帰宅する。二人きりの時間を大切にするように。



「それより、は?」


「親父なら今日は帰ってこねーだろ。あの親バカ、最近部下と飲み歩いてるらしいからな」


「そういう人だしね」


「体育祭に来るなって言っといて正解だったな。あんなのが来たら体育祭どころじゃねぇよ」



 仮にも反社会的組織の組長が体育祭という学校イベントに顔を出せばどんな事態になるか、それが分からない二人ではなかった。だからこそ二人は昨夜自身の父親を必死に説得し、悲劇を阻止したのだった。



「それより姉貴のクラスに、椎名って奴いる?」


「!? な、なんで翡翠が知ってるの?」


「……別に」


「お、教えて! あのふざけた男に、何かされた!?」


「まだ何もされてねーよ。まだ……な」



 翡翠は少し早計だったかと何とか話題を逸らしてなんとか誤魔化す。少なくともあの先輩が味方かどうかはいまだに確信ができていないため、気軽に接触できない状況というのが現実だ。



(バカナツにもう少し聞いとくか。じゃねーと、オレらはオレらでこれから大変なことになりそうだしな)



 そう覚悟した翡翠は姉に話題を振り掛ける。



「それよりも、どう断る?」


「……考え中」


「安心しろ。いざとなったらオレが乱入して勘違いバカ親父ごとぶっ飛ばすから」


「……ありがと」


「ふん。いっそのことこっちから乗り込むか? 向こうもオレみたいな奴がいると分かれば、姉貴のことを考え直すだろ」


「……それは、さすがにやりすぎ」



 表情に曇りが掛かった姉を見て、翡翠は心が締め付けられる。彼ら雪花姉弟もまた、どうしようもなく酷い問題を抱えているのだった。













 暗闇から離れた私はキャンプファイヤーに近づき自身のクラスメイトと合流した。今からクラスメイト達と談笑をする予定だ。そしてその後に彼方と合流する約束である。


 私はずっと後悔していた。無駄な時間を過ごしてしまったことを。弟に寄り添えず失敗続きだった自分を。

 けど、それはきっと無駄ではなかったのだと思う。だって、今になってあの子の顔にどこか光が灯ったのだから。



(……ふふっ)



 私は人混みからいったん離れて自分のスマホに保存されている写真のギャラリーを眺める。私の写真アプリにはいくつもの写真があるのだが、見たいものを迷わないようにきちんと整理している。



 『クラス』とか『生徒会』とか『弓道部』とか。様々な名前のアルバムがあるが私はそれをスクロールして一番下にまで行く。


 そこにあるアルバムの名前は……『家族』


 私はそこをタップし先ほど撮影した写真を追加する。そして新たな写真が加わったアルバムを指でスワイプし眺め始めた。



「ほんと、似てるのかどうかよくわからないわね、私たち」



 血が繋がっていないと言われればそれまでだが、それでもどこかで繋がりは求めたいもの。そんなことを思いながらアルバムのギャラリーを眺める。



「あの子、デザートを食べているときは可愛げがあるのに。なんでいつも素直じゃないのかしら?」



 写真にはこの前スイーツバイキングに行ったときにこっそり撮影した彼方の写真。彼がイチゴのケーキに舌鼓を打っているところである。頬にちょっとだけクリームが付いているところが私はお気に入りだ。



「というかイチゴ系列のスイーツばっかり。ほんとイチゴが好きなんだから」



 私は気が付いていた。彼方は普段好き嫌いとかしないし好物とかもこれといって特定のものは分からなかった。しかし、あの子はよくイチゴ系のデザートを買って食べていた。きっとイチゴが好物なのだろう。この前のレストランでも美味しそうに食べていたのでつい盗撮してしまったが、その時の写真もお気に入りだ。というか、何気に彼方はイチゴに関連するスイーツしか食べていなかったが。



「けど、もっといい写真を撮ることができたわね」



 私は先ほどとったツーショットをスマホのホーム画面に設定する。そうしてその画像をみて微笑んでいた。ようやく、弟と仲良くなることができたと。写真の中の彼方はいきなりすぎる行動に置いて行かれ表情が硬直しているが、その顔をほぐす努力はこれからすればいい。



「ありがとうお母さん、私はもう大丈夫」



 ずっと亡くなった母と傷ついた弟に縛られていた私だが、ようやく前に歩くことができそうだ。これからどんな思い出を作っていくか。私の頭はそのことでいっぱいだ。受験勉強とか考えたくない問題も山積みだが、今ならもっと頑張れそうな気がする。



「そろそろ時間だし、彼方のところに行くか」



 そうして私は歩き始める。私のことを待ってくれている弟の元へ。

 どんな話をしようか。どんな顔をしようか。今からそのことで胸がいっぱいだ。とりあえず、素直になるところから努力してみよう。きっとあの子も、そんな感じのことを考えているはずだから。



 とにかく、いけるところまで行ってみよう。そう、遥か彼方に届くまで。




第4章 姉弟の絆 完










——あとがき——


ようやく第4章終了です。ここにきて色々な伏線を回収したりバラまいたりと、忙しくてすみません。

本気を出したり遥と接近したり、急な展開が多かったかもしれませんが、一種のエンターテインメントということでお許しを(╹ڡ╹ )

とりあえず今回は幕間とかまどろっこしい話は挟まないですぐに次章に突入する予定です。次にフォーカスを当てるヒロインは……さて、どこの誰でしょう?


それでは第5章『雪のちハンドシェイク』お楽しみに!


……タイトルださい? あとガチで当たった人いたら是非コメントを。



追伸:最近更新が滞ったりテストがあったりと忙しかった在原ですが、初めて短編小説に挑戦してみました!

ちょっと不穏なタイトルですが、在原が初めて書いた短編小説なのでぜひ読んで感想をお聞きしたいです。よろしくお願いします!!!!!



【依存少女は堕ちてゆく~俺は平穏を望み君は破滅へと誘う~】

https://kakuyomu.jp/works/16817139555447093082

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