第5章 雪のちハンドシェイク

第84話 新しい日常


 唐突だが、私は家族を愛している。


 一緒に育ち私のことを誰よりも理解してくれる弟。よくやること成すことが空回るけど私たちに愛情を注ぎ愛の大切さを教えてくれたお父さん。体が弱いのに私や弟のことを一番に考えてくれるお母さん。


 その他にも父さんの部下として小さい頃から身の回りの世話をしてくれたたくさんの男の人たち。最初は怖かったけどお互いに気心が知れてくると彼らも大切な家族の一員として認識するようになっていた。



 普段は無口で無表情でボッチ私だけど、意外と人間関係は広い。私というより雪花組に関わっている人がこの街では多いため、様々なところで顔が利く。そんな人たちからお姫様とかお嬢様扱いされることもあって小さい頃は純粋に嬉しかったが、最近になって恥ずかしくなってきたのはここ最近の秘密。というかさすがにこの歳でああいうのはやめてほしい。まあ、私が何も言わないせいで調子にノリ続ける人が多発してしまったのだが。



『……』



 一見幸せで仲睦まじそうに見える私の家庭だが、家柄が家柄なので世間からは疎まれることがよくあった。その結果同年代のことは上手くなじめず、結果的に家族に甘えるしかできなかったのだ。そしてそれは私だけではなく弟も同じだっただろう。あの頃の弟は今とは比較にならないくらい気が弱く、いじめられっ子の気質を持っていたし。


 ともあれ、これが私たちの日常。誰も私たちを脅かすことはできないし、家族の絆は永遠に不滅だと思っていた。



 しかし、そんな私たち家族が今分断の危機にある。主に、先走ってしまった親バカお父さんのせいで。あの人が余計なお世話を私にしてくれたのだ。お母さんはこのことを知らないし、弟はお父さんのことをぶん殴りかけた。



 だがお父さんは『』について引き下がるつもりはないらしい。本人によると、私の幸せを考えた結果だとかなんとか。うん、本当に余計なお世話だ……ふざけやがって、ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって……


 まあこういうことはよくあることと言えなくもないのだが、今回に関してはどこか不信で不安な点が多かった。



『……私は』



 もちろんこんなバカバカしい話を簡単に受け入れる私ではない。最後の最後まで抵抗して見せる。弟も協力してくれるようだし場合によってはお母さんにも話を聞いてもらう予定だ。


 だが、それでもダメだったときは誰かに頼らざるを得ないだろうか? だが私に手を貸してくれる人間などいるとは思えない。というか、この件を部外者にあまり話したくないのだ。馴れ馴れしくもしたくないし。しかし、諦めたくないのだ。認めたくもない。



 どちらにしろ、もう時間との勝負だ。がこの場所に入り込んできてしまうまで……








   ※










『それでは新生徒会長の挨拶です。新海桜さん、お願いします』


「はい!」



 体育祭が終わり一週間後。多くの生徒が蒸し暑い体育館の中で見守る中、新しい生徒会長が壇上へと上がっていった。新生徒会の発足である。もともと選挙活動自体は体育祭と同時期に行われており、今になって信任が決まったというわけだ。



「この度生徒会長に就任しました新海桜です。前任の椎名遥会長を見習い、学校全体に目を向け一人一人が過ごしやすい環境を……」



 新生徒会長として堂々とした佇まいで演説をする新海。ふと三年生の列に目を向けると、その光景を愛おしそうに見守る姉さんの姿があった。後輩が晴れ舞台に立てた姿が誇らしいのだろう。



(俺が言うのもなんだけど、今の二学年であいつ以上に生徒会長に適任な奴はいないしな)



 彼女のスペックは折り紙付きだし、姉さんと違って突発的な問題に正しく対処する能力がある。さらに成績も学年一位で教師からの信頼も厚い。少なくとも彼女の生徒会長就任に文句を言える奴はこの学年にいないのだ。


 副会長には一年生の女子と二年生の男子。彼らは確か以前生徒会員として裏方からサポートしていた人物たちだ。今回の選挙で晴れて役職を得て再就任したらしい。さらに今回の体育祭を通して生徒会に興味を持った生徒がいたらしく、新たなメンバーも増えたようだ。


 そうして新海率いる生徒会はかなり良い滑り出しで軌道に乗り出したというわけだ。




「新海さん凄かったねー」


「カリスマ性があるというかなんというかさ!」


「うんうん、さすが桜ね!」



 そうして生徒会長挨拶が終わり体育館から帰る際に、思い思いの意見が同学年の生徒たちから聞こえて来た。とくに新海のクラスである2年2組の連中の方はかなり盛り上がっていた。そしてそこに如月が加わり先生に注意されるくらいに騒がしくなったのだが、俺はできるだけ関わらないように静かに一人で教室へと向かう。



(体育祭も終わったし、しばらくやることはないな)



 体育祭終了後、三浦と連絡先を交換した俺は密かに連絡を取り合っていた。そして話し合った結果、しばらく行動を自粛しようということに落ち着いたのだ。どうやら俺の予想通り雪花翡翠が理事長の計画を潰したらしいのだが、そのせいで理事長が警戒態勢に入ってしまったとか。だから今動いても無駄骨で終わりそうな気配がするということで、お互い他人のふりをして学校生活を過ごすことにした。


 だが、もちろんあの体育祭で派手に行動した弊害はあった。




『それじゃ、何でリレーに乱入してきたのか……キリキリ吐いてもらうわよ』


『……出るクラスを間違えた』


『そんなわけあるかぁぁぁーーーー!!!』



 体育祭が終了し帰宅した後、案の定姉さんにいろいろ問い詰められた俺。だが俺は本当のことを喋らずにあの時の真実を誤魔化した。いくら壁がなくなったとはいえ、全てを話して巻き込むわけにはいかない。姉さんには終始不機嫌な思いをさせてしまったが、仕方ないことなのだと思うことにした。


 そしてそれに加えてあの時の兎面(俺)をスカウトしようと各部活動が動き出しているらしい。あの走りの速さを見込んで是非運動部で活躍してほしいのだとか。姉さんや三浦が黙っているおかげで何とか誤魔化せてはいるらしいが、いつバレるかわからない。こちらもこちらで警戒しなくては。


 これがここ最近の俺の近況。ひとまず気を付けていれば何とかやり過ごせそうだ。教師も今のところ動く様子はないし、時間が解決してくれるだろう。俺はそれまで待てばいい。



『それでは、三年生から順番に教室に……』



 そうして新生徒会長のあいさつは終わる。ちなみにだが、本来は姉さんも壇上に立ち演説をする予定だったのだ。だが卒業式でも似たようなことを任されているらしく、今回は大人の事情で見送られたらしい。まああの暑さで演説の時間が伸びたら熱中症になる人もいたかもしれないので賢明な判断だったと言えるだろう。


 そうして面倒な集会から解放された俺たちは教室の中へと入る。私立校ということもあってクーラーは当然設置済み。というかこの学校がリース契約を嫌っているため大抵のものはレンタルではなくこの学校が所有している備品である。昔はあまりなかったらしいので近年の教育事情に素直に感謝だ。



「……はぁ」



 俺が席に座ると既に先に席に座っていた隣人が溜息を吐くのを耳にした。こいつ……雪花は普段無表情でこういった落ち込むようなそぶりを見せることはない。いや、落ち込んでいるというより疲れているようにも見える。彼女の身の回りで何かあったのだろうか? 

 まぁ、今の俺には関係ない。というか変な事情に首を突っ込むほど俺は……



『あれ、助けないんだ?』


(……ちっ)



 また耳鳴りが響いてきた。最近は落ち着いていたんだけどな。


 だが俺が貫く態度は変わらない。こちらにもこちらで抱えている問題事があるのだ。機を逃さないためにもここでむやみに動くわけにはいかない。今は待つべき時だ。

 下手に動いてしまえば俺は一生に一度のチャンスを逃してしまうかもしれないのだ。これからは今まで以上に目立たないように生活をしなければ。俺は改めてそんな覚悟を決める。


 結局俺は何か悩みを抱えているであろう雪花に声を掛けることはなかった。










——あとがき——


新章開始です!

この章は(?)いろいろと非現実的なことがあるかもしれませんが「まぁ、彼方だから仕方ないか」みたいに青い海と晴れた空ぐらい澄み切った心で軽く流しておいてください。


もしよろしければレビューやコメントなどをよろしくお願いいたします!

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