第85話 嵐の前触れ


 そうして新生徒会長の就任を見届けた俺だが、この前の体育祭の影響が俺の身の回りでも起こっていた。具体的には、委員長としてクラスを取り仕切る如月だ。



「むぅー、なかなか情報が出てこないわね」



 どうやら兎面(俺)のことを探すのに躍起になっているらしく、様々な生徒から情報を募っていた。実は俺も聞かれたのだがそれとなく濁すことですぐに会話を終了させた。あいつと会話してもいいことはなさそうだし、変なところで疑われても困るからな。



「やっぱり3年生のクラスを総当たりするしかないか。先輩なのは間違いないだろうし、もうすぐ大会も終わっちゃう。それまでに何とかスカウトしなくちゃ!」



 この時期に3年生に入部してもらうなど時期的に意味がないかとも思ってしまうが、多くの部活はまだ何かしらの大会を控えており3年生が引退しているところはほとんどない。姉さんだって生徒会をやめてから弓道部の活動に活発に参加しているらしく、今度の大会にも出場予定だそうだ。そこで勝てば全国出場だとかなんとか。



(そういえばこの高校、割と部活動強かったんだよな)



 運動部を中心に、この学校の部活動は全国レベルで何かしらの成果を残している。さすがに全国優勝している部活はなかったと思うが、そこに進むことができるレベルの部活動もいくつか存在する。この学校で今注目されているのは確かサッカー部と女子バレー部だったか。噂によると全国大会出場どころか優勝も見えているらしい。

 どちらにしろ結果的に動きづらくなってしまったのはこういう事情も関わってたりする。三浦もこうなってしまうとは予想していなかったようだ。話によると姉さんも俺のことについて誤魔化しているらしいし、実は結構危ない立場である。



(にしても部活か。やったことないな)



 今まで部活動とかクラブ活動には参加することがなかった俺。どうせ部活動から学べるものがないということと、単純に組織に縛られるということが嫌いだったから部活動は考えるまでもなく帰宅部一択だった。当然だが、卒業まで度の部活動にも所属する気はないし何か行動を起こすつもりもない。



「ねぇ瑠璃ちゃん、一緒にあの兎の人を探しに……」


「……」



 ふと隣で如月が雪花に人探しの協力を申し出ていたが雪花は相手にすることなくどこかへと消えてしまう。放課後だしこのまま帰るのだろう。俺も今日はやることを済ませたらこの後すぐに帰る予定だ。



(……そろそろいいか)



 俺は時計を見てタイミングを見計らい教室を出てそのまま図書室へと向かう。以前生徒間での問題事があり使用禁止になっていたが最近になって図書室の開館が再開した。そういえばあの新海に関する一件ももう噂すら聞かなくなってしまった。やはり理事長など上層部が絡んでいるとみて間違いないだろう。



「……」



 俺はそのまま図書室へと入室し本を探す素振りをしながら本棚を行き来する。そうしてしばらくするとガラガラと図書室の扉が再び開かれる音がした。そうして俺が見つめていた本がある向かい側の位置に誰かがやってくる。本棚を通じて向かい合っている形だ。



「人気者で大変だな」


「やかましい。さっさと本題に入れ」


「はいはい」



 俺に話しかけてきたのは先日の体育祭で初めてコンタクトを受けた三浦だ。メッセージのやり取りはスマホのチャットを使ってしていたのだが、急に会いたいと言われて図書室に呼び出された。三浦の話によるとこの時間は司書の人や図書委員がいないとのことだったが、その情報通り図書室には俺と三浦。そして勉強に集中している生徒しかいない。秘密の話をするにはもってこいというわけだ。声も向こうまでは届かないしな。



「いろいろ注目を集めたこの前の体育祭だが、あの後に理事長の方には何の動きも見られなかった。いつも通り仕事をしているそうだ」


「その情報源について色々聞きたいが、わざわざ直接会って話す内容がそれか?」


「まさか。本題はこの後だとも」



 本を手に取り読むふりをしながらそう言い放つ三浦。こいつが持ってくる情報はどこから、そして誰から得た情報なのか明かされていないのですべてを信用しているわけではない。むしろ不信の方が勝っているくらいだ。俺がこいつに協力しているように、こいつに協力している人物がいるようだが一向にそいつは尻尾を掴ませない。恐らく俺たちの決着が着くまで姿は現さないだろう。少なくとも俺はそう結論付けている。



「理事長に動きはない。けど、雪花組と信也の方に動きがあったらしい」


「……その二つに関わりはないはずだが?」


「ああ、俺もそう思う。偶然なのかは分からない。だが、近いうちに雪花組に大きな動き、もしくは発表があるんだとさ」



 そういえば教室で雪花の態度がいつにもましてクールだった。いや、あれはどちらかというとクールぶっていると言い換えた方がいい。これから強敵に挑む人物がする表情だった。


 だが、一度そのことを置いておいてもう一つの話題に耳を傾ける。



「それで、信也の方の動きっていうのは?」


「ああ、俺がギリギリまで生徒会で仕事をしていたから知ることができた。どういう風の吹き回しか、あいつこの学校に転入してくるらしい」


「……」


「やはり、驚くか?」


「まぁ、な」



 正直なところ、いつかは来ると思っていた。これは後から聞いた話だが中学校で俺が不登校になったすぐあと、信也はどこか別の学校へ転校してしまったらしい。新海やクラスメイト、果てには部活の仲間に別れを告げることもなく唐突に。


 これは俺の予測だが、向こうでも何か予想だにしないことが発生したのだろう。そうして逃げるように自身の場所を移した。理由は分からないがそのせいで俺はあいつの消息を絶たれ何もできない状況に陥っていたのだ。そして数年越しにあいつが自身のテリトリーに戻ってくる。親が理事長を務める、この一之瀬高校に。



「転入先のクラスは2年2組。弟くんのクラスじゃないから安心していい」


「なるほど」



 隣のクラス……つまり新海桜のクラスか。生徒会が知っているということは、当然新海も信也がこの学校に来るということは把握しているだろう。あいつにとって信也は、普通に旧友みたいな感覚だろうからな。果たしてどういう化学反応が生じるか。それは俺にも全く予想できない。



「あいつは弟くんがいることを、たぶんだけど知らない。名前が違うんだろ?」


「ああ。苗字が橘から椎名に代わっている」


「それなら目立とうとしない限り大丈夫だ。あと言うまでもないが、顔を見られるなよ。君は髪を長くし、どうやっているのか知らないがあえて顔色を悪くすることで正体を悟らせないようにしているらしいが、それにも限界があるはず。桜ちゃんを騙せているのは奇跡だと思った方がいい」


「ふん、言われるまでもない」



 体調のコントロール。睡眠時間の調整や食事である程度はそれが可能になっている。俺は今までそこら辺の調整や前髪を伸ばすことで今まで誤魔化してきた。さらには成長期による声の変化や身長の変化もそれに拍車をかけた。

 自分で言うのも何だが以前の俺とは別人と言っていいほど印象が違う。つまり深い付き合いがあった奴ほど見抜きにくいというわけだ。だが、信也相手にそれが通じる保証はない。かなり縛られてしまうが、今まで以上に慎重に行かなければいけないだろう。間違っても体育祭のような目立つ行動をしてはいけない。



「その確認がしたかったから今日は弟くんと直接会うことにした。理解してくれるかな?」


「顔色を窺いたいという意味では、納得しておく」


「そうか、よかった」


「あと、弟くんと呼ぶのはやめろ。気色悪い」


「君、日に日に遠慮が無くなってきたよね? 一応俺先輩なんだけど? 元生徒会副会長なんだけど?」



 そんなことを言いながら三浦は図書室を出ていった。なんというか、体に重りが加わった気分だ。怠くて怠くて仕方がない。



「三浦の話によると、信也が来るのは来週から」



 まだ数日の余裕はある。その間にやるべきこと、やってはいけないことをまとめ上げねば。あと余裕があれば、雪花のことも少しだけ探ってやろう。

 あいつの話を真だと仮定するならば、やはり理事長の獅市山家と雪花組にはなにか繋がりがある。そしてそれに、娘と息子である雪花瑠璃と雪花翡翠が関わっているのかどうか。その辺についても入念に調べなければいけない。



(仮に雪花が信也側の人間だった場合、あいつも敵になる)



 隣人だからこそ教室内で俺と一番距離が近い存在。席替えもまだ話が上がっていないので雪花はまだ俺の隣の席に居続けるだろう。そんな彼女がもし信也と通じてしまっているとしたら?


 要警戒どころか一番警戒するべき人物へと問答無用でピックアップされる。



「問題は山積みだな」



 だが、俺はどこか心が楽になる感覚に陥っている。長い長いこの釣りに、ようやく得物が掛かってくれたのだ。何故なら俺はあいつを叩きのめすために高校進学を決意し、わざわざこの学校にやって来たのだから……





















 一方その頃生徒会室にて



「遥先輩、本当に教えてくれないのですか?」


「ええ。教えるも何も、私は何も知らないもの」


「そう、ですか」



 遥は生徒会業務を引き継ぎが期日内に終わらなかったため部活の時間を削って生徒会室に訪れていた。すっかり生徒会長の役職が見についた桜は堂々と生徒会長の椅子に座っている。先ほどまで生徒会としての仕事の話をしていたのだが、その業務中に以前の体育祭について桜が遥にあの兎面の人物のことを聞き出そうとしているのだ。



「あのふざけたお面の人に随分こだわっているみたいだけど、何かあるの?」


「もしかしたら、自分の中学時代の知り合いかもしれないんです」


「ふ、ふーん。そうなんだ」



 当然だが、遥は自分の弟と桜の繋がりを知らない。姉弟の壁が幾分か薄くなったとはいえ、そこまでのことは話していないのだ。だから当然、自分の弟と一番信頼している後輩が同中だったと知る由もない。



(え、やっぱり彼方、桜と知り合いなの?)



 以前風紀委員会の一件で桜と彼方の様子を見ていた時、彼方の様子がいつもと少し違うことに唯一気づいていた。緊張しているのかとも思ったが、今の会話から推測するにそういうことでもないと気づき始める。だが



(さすがに、本人に無断で名前を出すのはマズイかな?)



 遥の機転により、自信が知らないところで身バレを防いでいた彼方。これも先日の体育祭で姉弟の距離が縮まった恩恵だろう。だが、遥のほうでいらぬ憶測が立ってしまうのは仕方のないことだ。



(一体どういう関係なのかしら? さすがに付き合っていたとかはないと思うけど……うーん?)



 結局彼女は彼女で答えに至るための鍵を持ち合わせていない。だからこそこの話はなあなあで終わってしまうのだった。



「ところで、来週に転校生が来るんだったかしら?」


「はい。よくご存じですね?」


「ギリギリまで生徒会長だったのよ? そのくらいの話は前から聞き及んでいたわ」



 こちらはこちらで転校生の存在を知っていた。しかも理事長の息子ということもあり遥の脳裏にはバッチリと焼き付いていたのだ。



「不思議よね。理事長の息子がこの時期に他校に転校するなんて」


「ええ。けど、個人的には少しうれしいかもしれません。この方、私の中学時代の知り合いなんですよ」


「へぇ、そうなんだ」


「ええ。しかも、私のクラスに転入してくるんです。知り合いが増えるというのは、やはり嬉しいことですよ」



 そうして話を切り上げ今日の業務を終える二人。引継ぎも終わったということもあり、遥が生徒会室に入ることは今後の学校生活において二度と訪れない。数日前に別れを告げたばかりの生徒会室に、遥はもう一度振り返って一礼する。そしてその様子を少し悲しげに見守る桜。だが、感謝や別れの言葉は依然告げたので今回は何も言わない。



「先輩、せっかくなのでこの後一緒にウィンドウショッピングでもどうでしょうか?」


「あら、桜がデートのお誘いなんて珍しいわね。いいわよ、ちょうど家族からも帰りが遅れるって連絡があったし」


「そうですか。なら先輩になにかお礼の品でも購入しないとですね」


「もう、そんな気を遣わなくていいのに。というか、それじゃウィンドウショッピングじゃないでしょ」



 そう言って笑い合う二人。この二人はこの二人でよい関係を築いている。生徒会長と副会長という関係から、良い先輩と後輩という関係に。



 そうして遥は二人で洋服巡りなどをする。いつも一人で見に来るときより心が弾んでいた理由は本人にもわからなかった。










——あとがき——


本作品のフォロワー1万人&PV200万達成、ありがとうございます!

これからも続きが気になるような物語を書き続けていきますのでよろしくお願いします。加えて先日初めてギフトをいただきました。応援してくださる方を裏切らないように邁進してまいりますので是非ご期待を!!!!!


追伸:最近何時に寝ても朝5時に起きる習慣がついてしまっているので強制的に不眠症が再来しつつある在原です(3時間未満の睡眠がザラにある涙)

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