第86話 相談


 目立つ行動はしばらく起こさずに大人しく過ごす。そういう方針を取っていた俺だったのだが……



「ちょっと待ってくださいっス!!」



 帰りがけに嫌でも目立つ奴に声を掛けられた場合は顔をしかめることも許されるだろうか? 玄関で靴を履き替えていた時に金髪の後輩にばったり遭遇し、さすがにここで話すわけにはいかないとずかずか歩いていたらついてこられた。



「もう、逃げないで欲しいっス!」


「いや、お前目立つんだよ」


「え、そ、そんなことないっスよ~」



 嫌味のつもりで言ったのだがどこか照れて頭をわしゃわしゃ掻く七瀬。先日の体育祭から特に接点もなく、お互いに干渉しない日々が続いていたのだが今日はこいつに声を掛けられた。以前よりも馴れ馴れしくなったのはお互いに距離感が縮まったからだろうか。だとしたら不本意極まりない。



「それで、何の用だよ?」


「あれ、用がなきゃ話しかけちゃダメなんスか?」


「逆に用がないのにここまでついてきたのか」



 ずかずか歩いていたら割と学校から離れた場所に辿り着いていた。まさかここまで一緒に来られるとは思っていなかったし、周囲に同じ学校の生徒もいなくなったので気まぐれに足を止めこいつと少し話してやろうかと思ったのだが、特に要件はなかったようだ。



「だって、自分とセンパイの仲じゃないっスか」


「どんな仲だ?」


「えっと……センパイとこーはい」


「そのままかよ」



 かく言う俺もこいつとの関係性がいまだによくわかっていない。確か風紀委員の一環でこいつのことを助けてやったんだったか? 後輩だということには間違いないのだが、初めて話した時から妙に馴れ馴れしい。



「まあ、ぶっちゃけ仕事セーブしてから、暇なんスよね自分」


「じゃあ仕事しろよ」


「したらしたで、歯止めが利かなくなりそうなんスよね。一応勉学のためっていうメーモクで休んでるんで」



 そう言えばそんな話を聞いていたが、あんまり興味がないので頭の片隅に追いやっていた。しかし俺はどんな些細な出来事でも必ず記憶するように癖づいているため忘れたくても忘れることができないのだ。


 嫌なものだよな。忘れたいことが忘れられないということも。中学の頃はもちろん、幼い頃の嫌な記憶さえ覚えてしまっているのだから。



「センパイ、どうしたんスかボーっとして?」


「なんでもない」


「そっスか。そういうわけで少し自分に構ってくださいよ。お話ししましょう」


「何がそういうわけでだよ」



 どうやら仕事を休止してからというもの七瀬ナツメはすっかり暇人になってしまったらしい。それ自体は関係ないのだが、こういう風に話しかけられるとかなり困る。信也のこと抜きにしてもできる限り目立ちたくないのだ。



「せっかくですし、自分の友達の話でも聞いてくださいよ」


「友達の友達を友達だと思っているのなら、今のうちに認識を改めておいた方がいいぞ。所詮は他人だ」


「冷たいっスね。いや、でもここは押しきるっス!」



 何が何でもその友達の話をしたいらしい七瀬。というか友達がいるならそいつと一緒に遊んでおけばいいのにと思うのだが。

 そうして結局七瀬に押し切られた俺は歩きながら彼女の話を聞くことにした。どうせ逃げても追いかけられるし周りから人目がなくなった今こいつを振りほどく理由もないしな。



「最近、自分の友達が困ってるみたいなんスよね。家庭の事情だか何だか」


「それで、力になってやりたいと?」


「さすがにそこまで差し出がましいことはしないっスよ。けどま、頼られたら、力を貸してやらないこともないかなっていうのも無きにしも非ず気味かなって感じっス」


「日本語もっと勉強しとけ」



 どうやら七瀬は俺に友達の家庭事情を相談したいらしい。けどなんで俺なんだ? そう言うのはそれこそうちの姉にお願いしてもらいたいのだが……



「それで、遥センパイに相談したんスよ」


「いやしてたのかよ」


「ちょうどギリギリ生徒会長の時期だったっスからねぇ。そしてら、遥センパイが自分に一言」




『え、なんで私?』




「そう言われてお互いに気まずくなったので、ここはもう一人頼りになるセンパイに話を聞いてもらおうかなって」


「……あの人らしいな」



 うちの姉、実は何気にコミュ障なのである。少なくとも七瀬はまだ親しい部類ではなく一後輩という目線で見ているのだろう。もしくは忙しさゆえにやんわりと断ったのかもしれないが、どちらにしろ酷い。さすが我が姉だ。



「なら今度は俺がその言葉を使ってやるよ。え、なんで俺?」


「意地悪っスねぇ。せめて聞くだけ聞いてくださいよぉ」



 そう言って七瀬が俺の肩を揺さぶってきたので溜息を吐きつつ話してみろと催促する俺。今日はさっさと家に帰ってゆっくり過ごしたいのだ。というかこれからしばらくは毎日そうするつもりだというのに。



「じゃ、話すっス」



 すっかり機嫌が戻り急にハキハキと喋りだす七瀬。まぁ、演技だというのは分かってがな。そうして七瀬はここ最近の友達について話し始めた。



「改めて言うっスけど、友達が何か家庭問題を抱えたみたいなんスよ。なんでも身内がをやらされそうだとかなんとか?」


「その望んでもいないことについての言及は?」


「すいません、その時は自分もどうでもよかったんで全く聞いてないっス」



 薄情だな。ほんとにそいつは友達か? 今はそんなことどうでもいいのでとりあえず続きを話せと再び目で促す。



「それで最近なんですけど、その友達が急に殺伐とした雰囲気になったんスよ。しかも自分の事を遠ざけるような素振りまでするんで、気になって気になってしょうがなくて」


「お前が気にしすぎなだけなんじゃないのか?」


「それも考えたんスけど、あいつが殺伐になるときって毎回危ないことに首を突っ込んでる時なんスよ。しかも今回はその反応が顕著すぎて。さすがの自分も大丈夫なのか心配で」


「あいつ……ねぇ」



 友達のことを『あいつ』という風に呼ぶのはよほど仲が良いか憎まれ口を叩き合ってる仲の奴らだけ。七瀬が友達のことをそう呼ぶということで、なんとなくその人物が誰なのか予想がついてしまう。



「雪花……翡翠」


「あれ、センパイ知ってるんスか?」


「いいや、全く知らない。名前を聞いたことがあるだけだ」



 先日の体育祭で雪花翡翠の名は学校中に知れ渡っていた。注目度的には俺の方が上だったのだが、それでも棒倒しなどの快挙は全生徒の印象に強く残っていたらしい。現に如月も雪花に教室で翡翠のことを問いただしていた。



『ねぇ瑠璃ちゃん。もしかしてあの棒倒しの時に暴れまわってた男の子って……』


『弟』


『瑠璃ちゃん弟居たの!?』



 あの時は教室中が騒いでいた。どうして今まで黙っていたとかそりゃもう盛り上がっていた。如月なんて雪花とセットで今からでも運動部に入ったらと勧誘してたくらいだしな。

 普段はそういうことをウザがる雪花も弟のことで盛り上がっていたのかちょっぴり誇らしげだったのが印象に残っている。身内を褒められたのが純粋に嬉しかったのだろう。



(その雪花翡翠……いや、雪花家で問題事が生じていると)



 どうやら三浦が言っていた話は本当だったらしい。そして雪花家も一枚岩ではなく内部で分裂しているとみてよさそうだ。雪花は弟の味方をするだろうし、もしかしたら両親と喧嘩でもしているのだろうか?

 内容によっては心底どうでも良さそうだと割り切れるが、今回ばかりは違うかもしれない。



(あの男が、理事長が雪花家の問題に関わっているかもしれない)



 これで三浦の信頼も少しは上がった。しかしわからないのは理事長の狙いだ。次は一体何をしでかそうというのか。人から少し離れていたばかりに現状がよくわからない。どうやら積極的に探る必要がありそうだ。



(目立たないように行動は控えるって、決めたばかりのはずなんだけどな)



 どちらにしろ切羽詰まっているのは俺も向こうも同じだ。行動を起こさなければ悲劇を見るというのは既に教訓として俺の中に焼き付いている。だからこそ行動することを決めた。



「センパイ、真面目そうな顔してどうしたんスか?」


「いや、何でもない。とりあえず俺も聞いてみるよ。うちのクラスの雪花に」


「……やっぱりあの二人、姉弟だったんスか?」


「逆にお前は知らなかったのか?」


「自分、あいつにそこまで干渉してねーんで」



 友人には違いないらしいがどこかで線を引いているらしい。一体何がきっかけで別世界に住むようなこの二人が仲良くなったのだろうか。少し気になるが今は間違いなく関係なさそうなので捨て置く。



「話せてすっきりしたっス。それじゃセンパイ、不甲斐ない自分の代わりにちょっと聞いてみてくださいっス。何かわかったら教えてくださいね!」


「わかった」



 そうして七瀬は俺を置いてバス停の方へと歩いて行った。どうやらあいつバス通学らしい。しかし、何かわかったら教えてと言っていたがあいつの連絡先を知らない俺はどうすればいいのだろう。まぁ、別に無視しておけばいいか。



「さて、姉と弟。どっちからあたるかな」



 まぁそんなもの、決まり切っているようなものなのだが。そうして俺は今日くらいはゆっくりしようとまだ誰も帰っていない家に帰るのだった。

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