第87話 視線


「さすがに、昨日の今日ですぐに転校してくるというわけじゃないらしいな」



 次の日の朝。ちょうど朝のホームルームが終わったところで俺は自身の隣人に目を向ける。そこにはいつも通り窓辺で本を読んでいる雪花の姿。


 昨日図書室で三浦に情報をもらったので俺なりに調べてみたがまだ転校生が来たという情報もないし来るという噂もない。三浦の話では来週からという話だったが念には念をということで今の内から警戒をしておくことにしたのだ。情報のフェイクや三浦の裏切りなどを視野に入れ、少なくとも今週中から全方向に警戒態勢を強めるつもりだ。



(さてと、どう接触したもんかね)



 隣で優雅にラノベを読みふける雪花だが、思い返せば俺たちの間にあまり会話はない。興味本位で話しかけてくることもなければ共通の話題で盛り上がることもない。ただ近くにいるだけの他人。友達ですらない。それが俺とこいつの現時点での関係性だ。



(表情から読み取れる情報は……あまりないしな)



 無表情とはいえ多少の心理状態や感情を読み取るくらいはできる。だが今それをしたところで大して意味はない。少なくとも何かきっかけが必要だ。



(誰かを巻き込むべきか。それなら、誰を巻き込む?)



 如月をはじめとするこの教室の連中は正直に言って論外。別の問題を起こされそうだし、いちいち誤魔化すのに手間がかかる。なにより、俺も雪花もクラスの連中と大して仲良くない。ここにきてお互いにほぼボッチなところが壁になってしまった。気まずいという人並みの感情は俺はないし向こうもないと思うが、少しやりにくい。


 結局のところ、孤軍奮闘するしかないようだ。どちらにしろ分かり切っていたことだし問題はない。



(とりあえず、放課後にでも話しかけてみるか)



 今日一日中観察して、何かおかしな挙動が感じられなければ直接尋ねてみようと決めた。どちらにしろ早めに状況を把握しなければいけないことに変わりはないのだ。まず探るべきは理事長サイドの動きではなく雪花サイドの問題事とやらだ。そちらを知ることができなければ理事長たちの今後の動きを予測することもできない。何より雪花家で起こっている問題事には確実に理事長が関わっている。



(もしかして、俺が想定しているよりも大きな何かが裏で動いているのかもな)



 少なくとも俺は現時点でそう思っている。何せ過去にはその可能性を信じ切れなかったせいで負けてしまったのだ。だからこそ今回は慎重に動き、最大の好機が舞い込んだタイミングで奴らを屠る。



「……」



 とりあえずあらゆる想定をしておこう……そう思っていた矢先に、隣から視線を感じたため俺は教科書を読んでいるふりをして誤魔化す。どうやら雪花が本から顔を上げ俺の方を見ているらしい。

 ここにきて他人の視線を感じることができるという負の産物を活かすことができた。もしあのままマジマジと雪花のことを見続けていたら完全に怪しまれていただろう。そうなってしまえば動きづらさは倍増だ。



「席につけ。授業だぞー」



 そうして一限目のチャイムと共に担当の教員が入室してくるのを合図に俺は一度意識を切り替えた。













 そうして放課後。



「……」



 相変わらず雪花はイヤホンで音楽を聴きながら本を読んでいる。すでに如月なども部活に行っており邪魔するもののいない教室は雪花にとって天国だろう。だが俺は少し違和感を覚える。



(確か今までの雪花は、チャイムが鳴って一目散に帰宅していたはず)



 これまでの雪花はこの教室に長居したくないようなスタンスでクラスメイトと絶妙に距離を置いていた。だがここ最近は俺より長く学校に残っている印象がある。少なくとも昨日図書室から荷物を取りに教室へ帰ってきたときに雪花はまだ本を読んでいた。そして今日もそれは同じ。


 こういう些細な変化も、前から何度も聞いている異変の影響なのだろうか? よく思い出してみれば、如月などをはじめとするクラスメイト達との交流も以前より明らかに減っている。やはり、雪花瑠璃の中で何かが変わっているのは事実のようだ。


 さて、久方ぶりに話しかけるか。



「本、そんなに読んでて楽しいか?」


「……別に」


「そうか、ラノベだし飽きないか」


「……忘れろって言った。殺すぞ」



 気まぐれを装って話しかけてみるもパッと見た感じ以前とは変わらない。若干ご機嫌斜めなのはおそらく久しぶりの話し相手が俺だからだろう。最近は如月が俺のことを探し回っている影響で話しかける奴が極端に減った。本人にとっては大変喜ばしい事態なのかもしれないが。


 無表情な顔から無愛想な顔に変化した雪花は本から一度目を離し俺の方を見つめてきた。俺からこいつに話しかける事なんて滅多にないので訝しんでいるのだろう。



「……ねぇ」


「なんだ?」


「……私の、弟と会ったの?」


「弟と会った?」



 予想外の方向へ話が飛躍したため思わず疑問が脳内で優ってしまったが、それを顔に出さないようにあくまで自然を装いながら雪花に疑問を返す。



「俺は後輩とはあまり交流がないぞ」


「……嘘つき」



 まぁ、七瀬と雪花の家に行ったことがあるからそれは別か。だが俺が雪花翡翠と話したのは体育祭のリレーで走る直前。それもあの時は仮面をかぶり正体を隠していた。いやそれ以前になぜ弟と会ったという質問に至る?



「……弟が、前にお前の名前を出した」


「俺は知らないな」



 誤魔化しているように聞こえてしまうかもしれないが、それに関しては本当に何も知らない。もしかして雪花翡翠は以前から俺のことを知っていた? だがあいつと会った覚えはないし、学年が違うから関わることもめったになかったはず。それなのに、なぜ俺の名前を知っている?


 どこかで接点でもあったか?



「……怪しさしかない」


「そう言われても、知らないことは知らないぞ」


「……あと、お前が私に話しかける理由もわからない」


「気まぐれだ」


「……そんな風には思えない」



 以前話した時よりも雪花がピリピリしている。まるでこの世全ての人間を信頼せず疑っているような姿勢だ。閉じこもっていた時の俺と同じ、一切他人を信頼しない敵意に満ちた目。今の雪花はそんな感じだ。



(これは、話を引き出すのも難しそうだな)



 長期的に会話を続けていれば一定の信頼関係を構築し情報を引き出すことは可能かもしれないが、時間の関係からその選択肢は除外されてしまう。この状態の雪花相手に家のことを突っ込むのは早計どころか愚かな選択肢だろう。


 つまり、正真正銘打てる手は尽きてしまった。



(つまり、何の情報もなしに来週の信也転校を迎えなければいけない)



 転校してくる情報が手に入ったのはよかったが、それ以上の情報が仕入れられないのでは意味がない。現時点で、俺は完全に後手に回ってしまっているのだ。これからやってくる奴を上回るには、とにかく情報を集めなければいけないのだ。



「……」



 一方の雪花は俺に興味をなくしたのか再び本の虫に戻っていた。どうやらもう俺と話す気がないらしい。これ以上雪花に無理に話しかけても心証を悪くするだけなので控えることにした……のだが、俺はふと思い出す。



「そうだ、忘れてた雪花」


「……何?」



 まだ話があるのかと嫌そうな顔をしながら目だけをこちらへ向ける雪花。いつもポーカーフェイスぶっているくせにもはやそれすら隠さず不機嫌そうな顔をする。どうやら俺もとことん嫌われているらしい。



「ちょっと頼みがある。俺と……」



 そうして俺は雪花にとある提案、もとい頼み事をする。それはクラスメイトとして、あるいは知り合いであるならばごくごく自然なもの。もちろんこれは忘れていたというわけではない。今咄嗟に考えたものだ。




 俺と雪花のことをを睨みつける、殺意に溢れた視線への対策として。



「……なんで私が」


「俺の言うことを素直に聞いておくことをお勧めする。もしかしたら、お前にとっても面白い話が聞けるかもしれないぞ」


「???」



 雪花はかなり訝しんでいたが俺の言動に何かを感じたのか素直に俺の提案に了承した。そして俺は雪花との会話を一度打ち切り、そのままスマホを弄りつつ教室を出て帰るような素振りを見せる。



「……」



 俺はごくごく自然に廊下に出てごくごく自然にその人物の前を通り過ぎる。まるでそいつの事なんか知らないと言わんばかりに。だが俺の読み通り、その人物は俺の後をつけてくる。おそらく人目につかないところで俺に話しかけてくる魂胆なのだろう。



(……なら、それに乗らない手はないな)



 情報を欲していた俺にとって、向こうからそれが舞い込んできたようなものだ。もしかしたら七瀬が何かしらアクションを起こしたのかもしれない。例えば、昨日の話を張本人に言ってみたとか。そしてその時に俺のことを漏らしたか。あいつならあり得るだろう。



 そうして俺は人目が少なくなる場所へ向かい、廊下を無言で突き進んでいく。そうして一度立ち止まり掲示物を見るそぶりをして後ろからついてきた人物のことを待った。幸いこの周辺には生徒の姿もなく部活を行っている教室もない。


 そして……



「よぉ、体育祭では世話になったな、椎名先輩?」



 俺の横には、こちらを見つめる背の低い男子の後輩がいた。小ぶりな身体と整った顔にはには似合わない乱暴な口ぶりで、俺のことを逃がさんとばかりに食い入るように見つめてくる。



(……来るとは思っていたさ)



 そうして俺はその人物、雪花翡翠と目を合わせた。



 彼の表情はどこか不敵で、俺のことを見下しているようにも見える。だが一切油断をせず即座に反応できるようにしているのは流石というべきか。だが高圧的な態度には変わらず俺にプレッシャーを与え続けてくる。俺を試そうとしているのか、それとも……



「オイ、ちょっくら付き合えや」



 雪花翡翠は屋上へと続く階段を親指で指し、俺にそう言った。










——あとがき——


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