第72話 すれ違う期待


「ちょっと、なんで閉めるんスかぁ!?」



 俺が扉を閉めてから間髪入れずに再び扉が開かれる。中から出て来たのは金髪系後輩、七瀬ナツメ。そういえば、こいつがこの前この場所で一人昼食をとっていたのを見たことがある。もしかしてこいつも一緒にご飯を食べる友達がいないのだろうか。



「センパイ、もしかしてセンパイもボッチ飯ですか?」


「さあな」


「いや絶対そうじゃないスか!」



 音速のような勢いで仲間扱いされてしまう俺。七瀬は七瀬でどこか瞳をキラキラさせている。というかこいつ、友達いないのか。俺が言えた義理ではないというのは分かっているが、それでも少し意外だ。見てくれは悪くないので、普通にたくさんの友人がいると思っていた。



「お前、友達いないのか?」


「そりゃ手で数えきれないくらいにはいるっスけど、自分っていろいろと注目されるじゃないっスか? こんな大勢の人が集まる体育祭でそんなことになったら申し訳ないんで、ちょっとした自主隔離中なんスよ」


「そ、そうか」



 相変わらずよくわからん奴だ。だがしかし、七瀬が注目されているというのは紛れもない事実だ。最近になって多少は落ち着いてきたがこの学校にも少なからずファンがいる。きっとこの体育祭でもそういう奴らが七瀬のことを追っかけているのだろう。



「あ、センパイ良かったらご一緒に……」


「食べな……」



 なんとなく雰囲気でこうなるかもしれないとは察していたが、俺は懇切丁寧に七瀬の提案を断ろうとする。だが、ふと先ほどの雪花弟のことを思い出す。彼は七瀬の同じクラスだ。少なからず七瀬はあの男子のことを知っている。もしかしたら、流れでその辺の話が聞けるかもしれない。



「……いわけでもなくもない」


「??? どっちなんスか?」


「食べるよ食べる」


「おお、そうっスか! ではではお隣にどうぞ」



 そう言って七瀬は跳び箱の一番上の段をどこからか引きずって自分が座っていた台の近くに寄せた。ここで何か言ってもあれなので、俺は黙って七瀬が用意してくれた跳び箱を椅子代わりにし座る。


「センパイもお弁当なんスね」


「まあ、そうだな」


「なんスかその煮え切らない言い方は?」



 ふと七瀬の手元を見ると俺のものより一回り小さい弁当箱が膝の上に置かれていた。そこには色とりどりの野菜や総菜がぎっしりと詰め込まれており、見栄えだけではなく栄養バランスまで考え尽くされたお弁当があった。あれを作ったのは七瀬の親だろうか? だとしたら俺以上の腕前だ。炭水化物をおにぎりのみにして、その他を箱に詰め込んでいるところが特にいい。



「自分の弁当を見られてもハズイんスけど……センパイのお弁当も見せてくださいよ」


「え、俺の?」


「ちょっと興味あるっス」



 俺は溜息を吐きながら袋から弁当箱を取り出す。箱は二段弁当となっており一段目からずっしりとした重さを感じることからこちらにご飯が入っているのだろう。俺は一段目の方が気になっているのでそちらを先に開けることにした。



「へぇ、凄くおいしそうですね!」


「……」


「どうしたんスか、センパイ?」



 俺は思わず少しだけ黙り込んでしまった。俺の弁当の中には今まで見たことがない、それこそ七瀬の弁当に引けを取らないクオリティの品々が詰め込まれていた。綺麗な卵焼きにひき肉をピーマンに詰めて焼いたもの。さらに数種類の野菜をハムで巻いたりホタテをバターで炒めたもの。さらには一口サイズのナポリタンや唐揚げまで。そしてそのすべてには共通点があった。



(義姉さん、何時に起きたんだよ)



 驚くべきことにこの中に冷凍食品が一つもないのだ。付け合わせのトマトやレタスはともかく、それ以外はすべて朝に作ったと思われる。わざわざ朝からパスタを茹でたり揚げ物をするなど、普通の主婦が聞いたら効率が悪すぎて呆れ果てること間違いなしだろう。



(今日の朝は生徒会の仕事があるから忙しいって言ってたけど、それに加えてこんなものまで?)



 効率があまりにも悪すぎる。もしかしたら今の義姉さんは極度の寝不足と疲労に襲われているのかもしれない。だが先ほど運営の席でちらっと見た義姉さんにそんな兆候は感じられなかった。うまく隠しているのか、俺の見えないところで休んでいるかのどちらかだ。



「センパイ、二段目の方は開けないんスか?」


「あ、ああ。今開ける」



 俺が固まっていたせいで七瀬が少し不審がっていたが、七瀬にどう思われようと構わないのでスルーする。そして俺は二段目の方を明けた。そこには俺の予想通り白米が詰め込まれていた。ただし、白一色というわけではない。疎らに海苔が散りばめられ文字が書かれていた。



 ——ガンバレ



 その一言が白米の上に描かれており、俺の目を点にさせた。それに気づいた七瀬も俺の弁当をのぞき込み、感心したように声を上げた。



「粋なことをするんスね、センパイのお母さん。それともお姉さんスか?」



 七瀬の疑問に俺は答えず黙り込む。まさか義姉さんがこんな演出をするとは思わなかった。こういうことするタイプじゃないだろうに。あと『ガンバレ』って、俺もうすでに負けて後半まるっきり出番がないんですが?



「センパイ? 大丈夫っすか、ずっと黙ってますけど?」


「……大丈夫だ。とりあえず食べるからお前もちゃんと食え。そして静かにしてろ」


「わかりま……何気に酷いっスね!?」



 何を言ってるんだ、今どきは黙食が主流だろうに。とりあえず俺は気合の入っている義姉さんお手製の弁当を食べ始めた。いつも食べてる朝食や夕食とは比較にならないほど丁寧に作られた弁当は、不思議と優しい味がした。




   ※




「それで、お前のクラスの調子はどうなんだ?」



 弁当を三分の二ほど食べ終わったタイミングで、俺は気になっていたことを探る。すると七瀬は満面の笑みで戦況を教えてくれた。



「ものすごく好調です。クラスの皆が頑張ってくれたおかげで、現在一位っス」


「お前はどうなんだ?」


「私が出るのは後半っスね。難所の棒倒しは馬鹿翡翠に全部押し付けて、後半に私が頑張るって感じっス」


「馬鹿翡翠?」


「ほら、棒倒しの時に一人で突っ込んだ馬鹿がいたじゃないっスか? あれが馬鹿翡翠っス」



 なるほど、ようやく下の名前を知ることができた。雪花瑠璃と雪花翡翠。おそらく姉弟なのだろうが、微妙に似てないな。言動の方向性は似ているが、その端々は全く違う。まあ俺と義姉さんは何もかもが似てないので俺が何か言えた義理ではないか。



「そういえばセンパイもあいつと棒倒しで戦ったんスよね。どうだったっスか?」


「俺はただ立ってただけで、何もできなかったよ」


「……なるほど。いろいろと思うことはあるっスけど、きっとあの場ではそれが正解っスよね。下手に動いてたらどんな目に遭ってたかわからないっスもん。危ない危ない」



 まああの場ではあれ以外の選択肢がなかった。俺は理事長や大衆の目がある手前変に目立てないし、勝ちたいという強い願望があるわけでもないのだ。とりあえずやり過ごせればそれでいい。その認識の違いがクラスメイト達と歩みを違えているのだろうが、俺はそんなの知ったこっちゃない。



「センパイはこの後何か競技に出るんスか?」


「いや、俺の出番はもう終わった。あとはクラスの応援をして祈るだけだ」


「へぇ、センパイの勇姿は見れない訳っスね。ガッカリっス」


「お前の中の俺はどんな勇敢な男なんだよ」



 深く聞くと面倒くさいことになりそうなのでこれ以上は聞かないが、どうも七瀬は俺という存在をどこか美化しているような気がする。別に特別な関係になったわけでもないし、助けてやったわけでもないのだが一体どういうことなのだろうか。考えても答えが出ないと分かり切っているため、余計に謎が深まるばかりだ。



「そういうことで、ぜひ自分の応援よろしくです。自分は障害物競走とリレーに出るんスけど、どっちかでは必ず一位を取るんで」


「おーがんばれー」


「なんか棒読みっスね。ま、期待しててください」



 期待しろも何も敵を応援してどうしろというのだ。その辺七瀬が分からないとも思わないのだが。


 まあ実際七瀬がこの学校でどれほどやれるのか見ることができるので少しだけ興味はある。なにせ障害物競走やリレーには如月や新海も出場するのだ。果たして誰が勝利をもぎ取るか見ものである。



(俺はゆっくり過ごすか)



 そうして俺は義姉さん特製のお弁当を完食する。『ガンバレ』という言葉に応えられなくて若干申し訳ないと思ってしまうが、さすがに仕方ないので勘弁してほしい。家に帰ったら、義姉さんのご機嫌取りでもしておくか。



 俺がそう決めたところで昼休み終了のチャイムが鳴る。そしてほぼ同時にグラウンドの方からアナウンスが聞こえた。どうやら体育祭を再開するらしい。次の種目は障害物競走だ。



「さあセンパイ、いよいよ次は自分の出番っス! 見逃さないでくださいね?」



 そうして七瀬は振り向き様にピースをして勇猛果敢に用具室を出ていった。その姿からは不安は全く感じられず、むしろ楽しみで仕方ないと言った佇まいだ。実際のところ七瀬は先ほどの雪花翡翠に引けず劣らずの身体能力を有している。だからこそ、普段の体育などでは力を持て余しているのだろう。この体育祭でどこまで力を見せてくれるのか見ものだ。



「……ごちそうさまでした」



 俺は用具室で一人そう口溢し、グラウンドへと戻るのだった。











——あとがき——

更新頻度低迷中ですみません。新生活がまだちょっと落ち着きそうにないので自分と相談しながらできるペースで執筆していきます。焦らしてしまって申し訳ありません。現在は数少ない休み時間に学校で人目を盗み執筆している状況です。

特例で授業を免除してもらったり、本来参加条件を満たしてない授業に無理やり参加させてもらったりしているのですが、その代わりに山のような課題と勉強したことがない科目と直面することになり毎日机と向き合ってます。

多分夏休みも返上しなきゃ追いつけないくらい差がついているのでぼちぼち頑張っていきます。体調などには気を付けますので、更新やツイートがないときは在原も頑張ってるんだと思っていただければ幸いです。皆様も、新生活頑張ってください!


追伸:新生活めちゃ楽しい!!!!!!!!!!!!!!(平日に夜2時まで学校の課題をし、朝5時に起きて家事をしてテストや資格の勉強をするといったショートスリーパー体質に変貌中)

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