第73話 障害物競走~前編~


「いよいよ私の出番ね!」



 そう言って奮起するのは俺のクラスの委員長、如月。午前中は出番がなかったためか練習のとき以上に気合が入っている。どうもこの体育祭は午前が男子、午後は女子を中心に活躍している気がする。そしてその双方が活躍するのが最後のリレーというわけか。



「みんな、準備体操はオーケー?」



 如月はそう言って一緒に障害物競走へ出場するクラスの女子たちに声を掛けた。このチームは比較的運動ができる女子によって構成されており、かなりの活躍が期待されている。その中でも如月は陸上部のエースということもあり責任重大だ。なにせあいつはこれから行われる三種目中二種目に参加するため、これからの勝敗があいつに掛かっているといっても過言ではないからな。実際のところうちのクラスは活躍次第で十分に逆転できる位置にいる。



「頼むぜ如月。俺たちはいいとこなしだったからよ」


「まかせて! 優勝をかっさらってくるわ!」



 葉山をはじめとする男子たちは女子を全力で応援する。葉山に関してはまだリレーが残っているが、出来ることはしておきたいのだろう。他の男子たちも同様か。



「……」



 同じく最後のリレーに出る予定の雪花は午後の部が始まってからずっと黙り込んでいた。午前中に玉入れを終えた後に姿を消していたので如月は心配していたのだが、彼女の追従を躱し何食わぬ顔でクラスの待機スペースに紛れていた。その顔はもう勝敗に興味がないと言った顔だ。別にこのクラスが勝とうが負けようがどうだっていいのだろう。それとも弟の活躍を一観客として見たいだけだろうか。



『皆さんお待たせしました。只今より体育祭を再開します。参加する生徒は待機場所に集合してください』



 如月たちが準備を終えた頃、会場全体にアナウンスが響き渡った。如月たちが出るのは確か……二試合目だったか。



 グラウンドには様々な障害物が置かれている。まずスタートをしてすぐの位置にハードル。そしてバランス台。そしてその先には地面に無造作に置かれた網。どうやらあの下を潜り抜けていくらしい。そしてその先にも様々な物が置かれており、かなりの規模になっている。俺がこの障害物競走を本気でゴールしようと思ったらおよそ一分……いや、その半分前後だろうか?



 俺が障害物競走の分析をしていると、再び会場全体にアナウンスが流れる。



『ここで障害物競走のルールについて確認です。ランダムに選ばれた六クラスごとに合計タイムを競い、最も短い合計タイムだったクラスの勝利。それぞれの試合で勝利した三クラスが決勝戦に進出できます。どのテーブルに出るのかは事前にお伝えしているので、間違わないようにしっかり確認して参加ください』



 この試合の面白いところは、どのクラスと当たるのかが事前に伝えられていないことだ。つまりグラウンドの待機スペースに行って初めて戦う相手がわかることになる。果たしてそのシステムがどう影響してくるだろうか。



『それでは第一試合を開始します!』



 俺が考えこんでいると、いきなり試合開始の合図が会場に響き渡った。いつの間にか出ていた女子たちが障害物を飛び越え、潜り抜けて走る。


 そうしてグラウンドに出て続々と走る女子たちを見るが、特に目を見張るようなところはない。如月や新海、七瀬たちの戦いは二試合目以降になるらしい。そしてこの中の誰か、もしかは全員が同じグラウンドで戦うことになるのが確定した。



(優勝するとしたら……そのあたりか?)



 さすがにあいつら以上に身体能力に優れた女子はこの学校にはもういないだろう。義姉さんも一般生徒の中ではそこそこ優れているらしいが、さすがにあの三人ほどではない。もちろん不確定要素や変則的なルールがなければ、だが。



(そういえば、義姉さんの運動神経がいい話とか聞いたことないな)



 今ちょっとだけ脳裏によぎったことで気が付いたのだが、俺は義姉さんがどれくらい運動できるのかを知らない。勉強や家事が人並み以上にできるのは知っているが、それだけだ。リレーに出ると言っていたが、義姉さんの本気が見られるのだろうか……



 そう思っていたところで、第一試合が終わっていた。どのクラスが勝ったかまでは見ていなかったが、そこそこ盛り上がる試合ではあったらしい。会場の中にいる応援の生徒たちも午前に負けないほどの盛り上がりを見せていた。



『続いて、第二試合を開始します。参加する生徒は待機場所へと……』



 そうして第二試合の開始を告げるアナウンスが告げられる。既に如月たちは移動しておりグラウンドの方へと姿を現していた。ここからは俺も真剣に試合を観戦しなければな。そして肝心の相手は……



「……桜」


「……遊」



 俺たちのクラスの相手は新海桜が率いるクラスだった。その他も様々な女子がいるが、相手になるのはそれくらいだ。つまり、新海を倒さなければこの先の決勝戦へは進めない。



「あの時の決着をつけるときが来ましたね」


「ええ。この前は引き分けたけど、今度こそ勝つんだから!」



 新海に勝てる見込みがある人物がいるとすれば、うちのクラスでは如月ただ一人だけ。もちろんこの競技は一人のタイムではなくチームの合計タイムで勝敗が分かれてしまうのだが、俺が見たところによると新海のクラスとうちのクラスの実力は拮抗している。果たしてこの試合がどう転ぶのか俺にも予想がつかない。


 ただ、見届けさせてもらおうか。











(いつからだっけ、桜と仲良くなったの)



 明確なきっかけは何も覚えていない。この性格ゆえに自分はいつも暴走気味だった。だがそんな自分と一年間仲良くしてくれた人物。それが今敵として目の前に立ちはだかっている。



(桜の凄さは私が一番よく知ってる)



 一年間傍で見ていたからこそ、目の前の親友がどれだけ凄い人物なのかを肌で感じることができていた。大抵のことは何でもできてしまうし、自分が陸上部で努力して身に着けた足の速さに余裕で追いついてくる。何度自分の存在意義を考えたかはわからない。だって、自分ができることをより効率的に、かつ大きく結果を残せる人物が隣に存在するのだ。



「如月さん、大丈夫?」


「っ!? ええ、大丈夫よ!」



 知らず知らずのうちに不安が顔に出ていたらしく、クラスの友達を心配させてしまう。一応この障害物競走のリーダーを担っているので、自分がそんな顔をしてしまってはダメだと思い直し気を引き締める。



(いつまでも気圧されてちゃダメ。今日は、勝つんだ!)



 テストの成績では負けっぱなしだったが、体育などでは何度か勝てたことがある。先日リレーの練習で一緒に走った時は緊張してスタートが若干遅れてしまった。逆説的に、あの時スタートが遅れていなければ間違いなく勝てていたのだ。今回は障害物があるが以前と大して変わらない。そんな中で、自分はどこまで行けるだろうか。



「如月さん、早く早く!」


「あ、ごめん。今行くわ!」



 自分の限界と対話していた時に、女子たちに呼びかけられる私。どうやらスタート位置に移動しなければいけないらしい。そしてその場所へ移動すると、何度も思い浮かべた人物が笑みを浮かべて私のことを待っていた。



「……」


「……」



 桜と目を合わせ相対しても会話は生じない。この場で余計なことを話す必要さえなければ、お互いのことを深く理解しているからだ。しかもどんな偶然か、桜とは同じトラックで走るらしい。走る順番は何通りもあるのに、どんな偶然なのだろうか。いや、きっと私たちがここで戦うのは必然なのだと今は思っておくことにする。



『それでは第二試合、スタート!』



 そして私たちが並び終えてしばらくすると、テンションが高いアナウンスと共に障害物競走がスタートする。これは障害物を潜り抜けグラウンドを一周するタイプの競技で、前の人がゴールしなければ自分がスタート出来ない。リレーのようなバトンはなく、前の走者がゴールラインを越えたらスタートできるというシステムだ。私がスタートする順番は、クラスの中で4番目だ。



「がんばれー!!!」



 その間の私はとにかくクラスメイトの応援に努めた。最初は良い滑り出しを見せていたのだが、2番目に走った子が途中で転んでしまい、気づけばうちのクラスは1位である桜のクラスから大きく離れた後方を走っていた。


 窮地に立ってしまい誰もがもう無理だと思ってしまうような状況の中、私はただ愚直に祈っていた。



「お願い……頑張って!!!」



 その祈りが届いたのか3番目にスタートした子が活躍し、何とか3位ほどの位置につくことができていた。そしてそのまま、スタート地点に向かって戻ってくる。クラスから歓声が上がるほどの大活躍だ。



「あっ」



 もしかしたらいけるかも。そう思った瞬間に、隣のレーンでは桜がスタートしていた。彼女のクラスの三番目の走者はすでにゴールしていたらしい。あの練習の時とは比較にならないほどの、大きな差がついてしまった。



(このままじゃ、負けっ……)



 一瞬だけ負けを確信したが、それでは先ほどまでの自分と同じだと気づきすぐさま不安を吹き飛ばす。障害物にかける時間次第では、まだ逆転が目指せるかもしれない。



「如月さんっ、お願いっ!!」



 前の走者の子がゴールラインを踏むのとほぼ同時に、私は駆けた。今まで溜めていた不安を走力に変え、周りから響いて来る怒号のような声を完全にシャットアウトする。今は、ただ前に進むことだけ考えるのだ!



「なっ!?」



 後ろで素っ頓狂な声を上げたのは、先ほどまで二位で私の前を走っていた他クラスの子だ。一位である桜の背中を捉えた。桜は今、バランス台の上を華麗に走り突破した。



(っ、バランスとか歩幅とかを考えてる余裕はないわ!)



 バランスを意識してしまうとどうしても減速して走らなければならない。だがそれをしてしまえば桜に追いつくのは絶望的になってしまう。だったらどうすればいいのか。そんなのは考えるまでもない。このまま走り抜けるだけだ!



「と、ぉ、りゃぁぁぁ!!!」



 私は思いっきり前に跳躍し、そのままバランス台を足で叩きつけるように台の上を駆け抜けた。およそ4mほどの長さだったが、かかった歩数およそ4歩。



「「「「「「「「「「おおおおぉぉっ!!!」」」」」」」」」」



 曲芸のような技に大きな歓声が上がる。桜も後ろを振り返り目を見開いて驚いていた。残る障害物もあとわずか。その間に追い抜く!



「……やりますね、遊」



 一方の桜はそう呟いてほふく前進で目の前の網を潜り抜ける。これは上半身の力を使うので、陸上部であり下半身を集中して鍛えている如月では……そう思っていたのだが。



(絶対に、勝つ!)



 その執念が、如月遊を突き動かす。もともと陸上部は上半身も下半身も関係なく常に全身を鍛えている。体幹や体力も彼女の想像以上に鍛えられており、瞬発力で劣るものの持久力では桜をやや上回っていた。



(っ、捉えた!!)



 網を潜り抜ける時点で完全に私は親友の一歩後ろを走っていた。だがこの先にはもう障害物はなく、ただひたすらに短距離走をするだけ。つまり、陸上部である私の十八番だ。



「くっ、負けませんっ!!」



 だがもちろん得意分野であるのは新海桜も同じこと。この短距離走に限っては体力や技術の勝負ではなく意地と意地のぶつかり合いになった。



「「はあぁぁぁぁぁっ!!!!!!」」



 ともに一陣の風となり白線の中を走った。何かを考えている余裕もなく、ただ必死に駆け抜ける。綺麗なフォームとか美しい走法とかは二の次で、ただ前へ進む。だが、お互いの感情は一致していた。




 自分は、全てを出し切ってこの大好きなライバルに勝ちたいだけ!



「っ、届けぇぇぇぇぇ!!!」



 私は叫び、大きく跳躍した。一定のスピードで走り続けていては勝てないと判断したため、全ての脚力を跳躍に回すという賭けに出たのだ。そして、その結果は……





「やりますね……遊」



 私に勝利の女神を微笑ませた。



「やっ、た」



 勝ちを嚙み締めた私はその場にへたり込んでしまう。ふとトラックのスタート地点を見ると次の走者の子が既に走り出していた。私が僅かとは言え先にゴールしたおかげで1位を颯爽と駆け抜けている。それを追従する2年2組だが、少しずつその差は開いていく。この調子なら2年2組に勝てるだろう。


 私と桜が意地の張り合いという真剣勝負をしていたおかげで2位と3位には大きな差が生まれていた。あれなら後方のクラスに追いつかれることはない。



「いくら何でも、普通あそこから追いつきますか?」


「えへへっ、頑張っちゃった」


「まったく遊は。いつも私が予想もつかないことを平然とやってのけますね」



 そのたびに自分が迷惑を被って……と、ぶつぶつ言い始めた桜を宥めつつ、自分が親友にそう思ってもらえていたことを少しだけ誇らしく思う。どうやら、私が桜と築き上げた一年間の絆は本物のようだ。だって、こんなにも親友に勝てたことが嬉しいのだから。



 そしてその後も順調に障害物競走は進んでいく。そして、第二試合が終わるころにはほとんどの観客が勝者であるクラスを確信していた。いや、私が3位から1位に上がるという好タイムを残していた時点で、それは確定だったのかもしれない。



『障害物競走第二試合、勝者は2年1組!!』



 そうして私たち2年1組は障害物競走の決勝戦へ歩を進めたのだった。










——あとがき——

更新遅れてすみません。まだもう少しこの頻度が続きそうなので本当に申し訳ないです。とりあえず1週間以上開けることはしたくないと思っているので、どうかきまぐれにお立ち寄りください。


追伸:最近の日常

A教授「それじゃこのプログラムを作成してファイル形式で提出してね」

在原「よしよしなるほ……え、10個も!? しかも最後のやつ、問題の意味事体がまったくわからんのだが!?」

B教授「それじゃ、やりたい研究の企画書を作ってきて来週提出してね」

在原「え、何でもいいの? じゃあ自作PCでも作って、部品の取り換えによるベンチマークテストの変化を比較するとか……まさかね?」←奇跡的に認められて予算出そう

C教授「在原君は成績がいいから授業は免除。テストのみとします」

在原「わーありがとうございまーす(だが一発勝負は怖い!)」

D教授「それではグループを作って……」

在原「編入生だから、友達が一人もいません!(涙)」

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