第74話 障害物競走~後編~
如月の大躍進はうちのクラスの士気を大きく高めた。士気を高めたところでこれから出場する人以外には関係ないので意味がないのだが、こういう雰囲気をいつまで維持できるかがこれからの勝利に大きく関わってくる。そして維持できるかどうかは、全て如月にかかっているというわけだ。あいつが決勝戦で誰とどのような勝負を見せるかで勝敗が分かれると言っても過言ではない。
「如月さん、凄かったよー!」
「いいえ、私だけじゃなくてチーム全員の力。ありがとね、みんな」
「ううぅ、私転んじゃった。ごめんね」
「いいのいいの。そのおかげで自分の殻を破れたし、なんか自信が付いた。今ならどんな奴にも負ける気がしないわ!」
「凄いぜ。これなら本当に勝てるかも!」
「ええ、勝つわよ!」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
クラスは大いに盛り上がっていた。冷めているのは俺と雪花をはじめとする一部の日陰者たちだけ。雪花はもう障害物競走などどうでもいいと言ったような表情をしている。俺の勘だが、恐らく自身の弟が出ない種目には端から興味がないのだろう。逆に弟が出る種目の時はクラスを離れ弟のことを応援すると。
(ま、ある意味クラスへの裏切り行為だもんな)
そう言う思惑もあってか、クラスを離れて応援するのは雪花なりにクラスの連中を気遣った結果なのだろう。もしくは、トラブルを防ぐためか。どちらにしろ面倒ごとが嫌いだということには変わりないスタンスか。
「それで、決勝への自信は?」
「もちろん百億パーセントよ。誰にも負けてたまりますか!」
そう言って続く三試合目を観戦する俺たち2年1組。つい先ほど始まった三試合目は、ほとんどのクラスの実力がが拮抗しており、大きく秀でた個はいないように見えた。最初は敵になりそうなクラスが存在せず歓喜していたらしいが、とある生徒の登場に少し空気が変わり始め、ザワザワとうるさくなる。
「あの金髪の子、めちゃ可愛くね?」
「ああ、あれがモデルとかしてるって噂の」
「へぇ、あとでナンパしてみ……って、はやっ!?」
「おいおい嘘だろ、一瞬で三人は抜いたぞ!」
「バ、バランス台のとこ、三歩くらいで渡り切ってなかった?」
「もしかして、如月より速いんじゃ……」
「お、おい、もうゴールしたぞ!」
金髪の少女は自慢の髪をなびかせながら他を圧倒し、満面の笑みでゴールインをする。しかも全く息を切らしておらず、次に走るクラスメイトへ『ガンバレーー!!』と応援し始める余裕っぷり。先ほど雪花の弟が大立ち回りした時と同じような雰囲気に会場全体が包まれていた。
その少女、七瀬ナツメは障害物競走で無双した。多くの生徒は度肝を抜かれたように口をポカンと開けており、隣で見ている雪花は色々と複雑そうな顔をしていた。
『そういうことで、ぜひ自分の応援よろしくです。自分は障害物競走とリレーに出るんスけど、どっちかでは必ず一位を取るんで』
(どうやら本気みたいだな)
先ほど昼食をとっていた時の七瀬の言葉が脳裏で再び繰り返される。恐らくこの障害物競走で本気を出すつもりなのだろう。あいつの身体能力は女子生徒の中で群を抜いている。
俺の予想だが、七瀬の体は天性の才といってもいいくらい生まれつき運動向きなものだったのだろう。そしてそこに何かしらの努力をしたことで今のような化け物じみた運動神経が降臨したと。ある意味羨ましく、おぞましい。
「……」
如月は七瀬の姿を見てごくりと生唾を飲んだ。陸上部で切磋琢磨している如月だからこそ七瀬のポテンシャルの高さを肌身で感じたのだろう。きっと如月は現在必死に脳内でシミュレーションをしているはずだ。果たして自分はあの規格外の後輩に勝てるのだろうかと。
「……っ」
そうして如月は唇を食いしばるようにその人物を見て、拳をギュッと強く握った。彼女の中で結論が出た証拠でもあり、どのような結果になったかを物語っていた。
『第三試合、勝者は1年2組! 校内随一のダークホースだぁぁ!!』
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
そうして第三試合の勝敗が決し、すぐさま決勝戦の準備が行われることとなった。如月たち障害物競走チームはすぐに移動を開始して集合場所へと集まる。俺としてはなんとなく結末が見えているが、果たして如月は……
「……参ったわね」
チームメイトがいないことを確認して私は一人そう呟く。モデルとかでモテまくってる子が後輩にいるというのは知っていたが、あんなに運動ができる子だとは思っていなかった。陸上部はおろか大半の運動部で上級生からレギュラーの座を容易に奪い取れるレベルだ。そんなスポーツ界の原石のような人物と、自分は戦う。
「ねぇ如月さん、私たち勝てるかな?」
「ええ、問題ないわ」
「だ、大丈夫なの?」
「ふ、ふふふっ……」
「如月さん?」
思わず体が震えてしまう。これは恐怖かそれとも武者震いか。いや、後者だ。自分はあのような少女と運動という局面で戦えるのが嬉しい。楽しみで楽しみで仕方がない。私はあの七瀬ナツメと呼ばれる少女の凄さを目の当たりにして、桜と似たような感情を抱いた。
すなわち、勝ちたい。そんな勝利への欲求だった。
(やろう……絶対に勝つ!)
そんな思いを胸に、私はみんなを鼓舞する!
「みんな、確かに相手は強敵よ。けど、私たちの絆だって負けないくらい強い。あの金髪の子の相手は私がするわ。だから、それまではみんなに頑張ってもらうことになる。だから、みんなで勝って先輩の威厳を見せつけるわよ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
そう言ってみんなと手を重ね合わせて勝利を誓い、私たちは待機場所へと移動した。そこにいるのは先ほど試合を終えたばかりだというのにまだまだ余力がある1年2組と第一試合で勝ちあがった3年生のクラスだ。どのクラスも気合は十分だった。
『それでは、障害物競走決勝戦を始めます! 出場クラスは所定位置へついてください』」
試合開始を告げるアナウンスが会場に鳴り響く。ちなみに決勝戦の障害物競走は先ほどまでの試合とは違い若干障害物が変更されている。麻袋に両足を突っ込んで前にジャンプするやつや、屋外用のバスケットボールを使用し一定以上走るなど新たな要素が付け加えられている。私としては臨むところだ。
「私は今回五走目。あの子が走るのも同じ五走目だから、ほとんど同じスタートになるわね」
パッと見た感じ、私とあの子以外の女子生徒はほとんど同じくらいの実力だ。先ほどだって、もしあの七瀬さんがいなければあのクラスは間違いなく負けていたと思う。今回の試合では、総合力においても1年2組を上回らなければならない。
『準備はよろしいですか? 審判の生徒と先生方は合図をお願いします』
最初に走るそれぞれのクラスの三人は既にスタートラインへと立っている。会場も比較的静まり返っており、その緊張感は計り知れない。だが無慈悲にも時間は進んでいき、とうとうスタート用のピストルが上空へと向けられた。
『それでは、決勝戦! 位置について、よい……』
——パァン!!
ピストルの音と同時に三人の走者が走り出した。全員が引けを取らないスタートを切り、徐々に速度を上げていく。最初は全員横を走っていたが、コーナーに差し掛かり徐々に差が開いていく。そして先頭へと躍り出たのは……
「やった、勝ってるわ!」
私たち2年1組だった。僅かだがコーナーで差を作ることに成功しており、徐々にその距離を突き放していく。今走っている子はバレー部の女子でクラスの中でも私に次いで足が速い。あの子を先頭にしたのは正解だったようだ。障害物も難なくクリアして行き、今はボールを片手にドリブルしながらこちらへと走ってきている。
私はこの試合が始まる前に、チームメイト全員に対して告げていることがあった。
『みんな、この後借り物競争とリレーが控えているけど、もうそんなことは気にしていられないわ。幸いこの後二つの競技に出る人は障害物競走の中で半分もいないし、なりふり構わず全力で走りましょう。そうすれば、きっと負けない』
他のクラスはこの後に続く競技を見据えて力をセーブしている兆候があった。だがあの七瀬という子は間違いなくこの徒競走ですべてを出し切ってくる質だ。すべてを出し切らず余裕に勝ちをかっさらうならもはや手の付けようがないが、諦めてしまってはそこで試合終了だ。だから、この徒競走にすべてを賭ける気持ちで臨む。
どちらにしろここらへんの競技で優勝しておかないと体育祭優勝なんてもう不可能だ。さらに1年2組に優勝を許してしまうようではもう彼らの優勝は決まってしまうようなもの。それだけは何としてでも避けなければいけなかった。
「っ、お願い!」
「任せて!」
そうして1走目の子がゴールし、すぐに2走目の人がスタートした。さらに努力の甲斐あって他クラスとは3秒以上の差をつけており、遅れて次の走者が走り出していく。この差をどこまで広がられるかで、クラスの明暗は分かれるだろう。
「ありがと、絶対勝つからね!」
「はぁ、はぁ……頼むわよ遊」
「任せて」
そうして走り終えた人に肩を貸し、私は自分の番を待った。ふと隣のチームを見据えると、七瀬さんは何事もなかったかのように落ち着いており、むしろリラックスすらしているように見えた。もしかしたら、瞑想的なことをして心を落ち着かせているのかもしれない。
(みんなに勝つって約束したんだ。絶対に負けてたまりますか!)
そうして三人のチームメイトの活躍を見届けて、ついに私の前の走者が走り出した。私は彼女のスタートを見届けて自身のスタートポジションへと移動する。するとしばらくして、七瀬さんもこちらへとやってきた。どうやら遅れながら彼女のクラスも四人目の走者が走り出したらしい。
「んーんっ、ふぅ」
彼女は気楽そうに腕を挙げたり肩を動かしてストレッチのようなことをしている。ちなみに私の体はさっき軽く準備運動したことで十分以上にほぐれている。さらに先程桜と熾烈を極めるデッドヒートを繰り広げたために感覚もビンビンだ。
——ニカッ
ふと隣を見ると、七瀬さんがこちらに向かってはにかんだ気がした。その真意は分からないが、私のことを挑発しているのだろうか。
(……上等!)
そしてとうとう四走目の子がゴールへと近づいてきた。私はすかさず意識を切り替え、いつでもスタートできるように体勢を整える。すると、七瀬さんが私のことを見て……
「……こりゃ、楽しみっスね」
そう呟いたのと同時に、私のチームメイトがゴールしたのを見て瞬時に走り出した。本来はリレーを見据えてセーブするが、彼女相手にあとのことは考えても無駄だ。いきなりのトップスピードで私は障害物へと向かっていく。
(最初は、安定のハードルね)
二回目の障害物競走で変わっていない障害物はハードルとバランス台だ。それ以外はほとんど新しいものなので、先程行ったものでロスタイムは避けたい。
「よっ、とっ、うりゃ!」
私はできる限り少ない歩数でハードルを越えていく。恐らく今までの走者の中で一番早くハードルを飛び終えただろう。そしてすかさず次の障害物へと走り出す。だが、ここで
「よーし、いくっスよ!」
とうとう七瀬さんが始動した。彼女は小爆発のような蹴りで地面を蹴り、風のような速度で走り出す。あれは確実に、陸上部でキャリアを積んだ私よりも速い。
(っつ、もっと速く!!)
だが私も負けじと二つ目の障害物を乗り越え次の障害物へと向かう。次はバスケットボールをついてコーンをジグザグに移動するというものだ。そして私がバスケットボールを手に取った瞬間に、七瀬さんが二つ目の障害物へと辿り着いていた。
(も、もうハードルを終えたの!?)
さすがに早すぎると思ったが、周りのけたたましい歓声が真実を物語っている。とにかく負けるわけにはいかないと私は必死にボールを地面にたたきつけながらコーンを交互にくぐっていく。そうして私がコーンを抜けようとした頃、七瀬さんがバスケットボールを手に取っているところが見えた。このままでは追い付かれてしまう。
「バスケっスか。これあんまり得意じゃないんスよね」
そう言いつつも、身軽な動きを見せる七瀬さん。だが私も四つ目の障害物へと足を踏み入れる。次は麻袋の中に入って両足飛びで進んでいくエリアだ。私が麻袋の中に足を突っ込んで飛び続ける中、ここで
「よしっ、なんとか追いつけそーっスね」
このエリアで、とうとう七瀬さんに追いつかれてしまった。だがここを乗り越えればあとは50メートルをまっすぐ進む短距離走だけ。それなら十二分に勝機がある。そして七瀬さんとの差が8メートル……5メートル……3メートルと縮んでいく。だがようやくここで麻袋のエリアが終わった。
(よし、後はまっすぐ走るだけ!)
私は走った。もしかしたら陸上部で出場した大会の時以上の速力が出たかもしれない。それだけクラスの皆に勝利を届けたかったからだ。これは団体戦なので私一人が勝っても意味はないが、七瀬さんに差をつけて勝つことで確実に勝利が近づく。だが
「わぁ、やっぱり本場の人は綺麗なフォームっスねぇ」
そんな呟きが真横から聞こえてきたと思えば、一陣の風が私の隣を吹き抜けた。そして私の目の前に七瀬さんが瞬間移動のように現れ、私を追い抜いて行った。そして……
「よっしゃー! 陸上部の人に勝てたっス!」
七瀬さんが私よりも数秒先にゴールした。スタートの時点から大きな差をつけていたはずなのに、数秒以上の差をつけて負けた事実に私は驚愕する。あんなスーパー1年生がいるなんて思わなかった。
(……あとで陸上部に勧誘しよ)
そう言って自分を誤魔化すが、私は負けてしまった。だがこれは団体戦。まだどうなるかはわからない。だから私は泣きそうになるのを堪え必死にチームメイトを応援する。もしかしたら、まだ……
だが私の祈りも空しく、私たちクラスは障害物競走で敗れた。それも途中で3年生のチームにも追い抜かれ、ビリでの決着となってしまう。どうやら3年生も足が速い生徒を後半に集中させるという秘策を有していたらしい。
『障害物競走の優勝は、1年2組です!』
七瀬さんたちの優勝を告げるアナウンスを背に、私たちはクラスのみんなが待つ待機所へと戻るのだった。
——あとがき——
更新遅くてすみません。ゴールデンウィーク中に沢山執筆しますのでどうかご容赦を……
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