第75話 新たな邂逅
「みんな……ごめん」
障害物競走が終わった俺たちのクラスは重苦しい雰囲気に包まれていた。勝てるかもしれないという期待が一気に塗りつぶされ、決勝戦は痛いという結果に終わってしまったのだから当然と言えば当然だ。普段から明るいことに定評がある如月でさえ顔を俯け目に見えて落ち込んでいた。
「……いろいろ無様」
さすがの雪花でさえその光景に頬を引きつらせ自クラスから離れていった。俺のクラスは今のどんより具合のせいかそこそこ注目を集めているので悪い意味で目立っている。
(俺も離れよ)
その中に加わる勇気も意味もないので俺も雪花にならいクラスの待機場所を離れることにする。そもそも俺の役割は応援のみでこの後競技に参加するわけでもない。人数確認をされるわけでもないのでもっと早く離れるべきだったかもしれない。
そうして俺は一人になれる場所を探すためグラウンドの端を一人移動する。そのとき、ちょうどグラウンド全体で慌ただしく体育委員会の生徒が走りまわっていた。何やらいろいろな画用紙を校庭のあちこちに設置している。
『続いての競技は借り物競争です! 出場予定の生徒は所定の場所まで……』
「ああ、次は借り物競争か」
そういえばそんなのが障害物競走とリレーの間に挟まっていたなと思い出す。だが目ぼしい人物が参加するわけでもなかったのでこの競技は完全に意識の外に追いやっていた。俺は去年行われた体育祭の借り物競争の記憶を掘り起こす。
(確か借り物はいろいろあったな。眼鏡やシャーペン。親友にかわいい女子や尊敬する先生とか)
今年は義姉さんたちの手が加わってさらにバージョンアップしているんだろうな。まあそんな競技はどうでもいいし俺とは何の関係もなさそうなので俺は一人になれる場所探しを継続する。
俺が歩いていく方向とは逆方向に走っていく生徒たちが多数。きっと借り物競争に参加する予定の生徒たちだろう。ふと遠目に自クラスを見ると、数名の生徒が移動していた。借り物競争に参加する俺のクラスの生徒たちだ。運動能力も低く、コミュニケーション能力に欠けた生徒たちの寄せ集めみたいなものだ。あいつらがどこまでできるかは……まぁお察しってところか。
(俺が戻るのはリレーが始まる前……いや、体育祭が終わるギリギリ前でいっか)
どうせ俺の事なんてクラスの誰も気にかけないだろうし、まずバレることはあるまい。懸念するべき如月や葉山も次のリレーに備えてメンタルを切り替えている。クラスメイトの人数なんて気にはしないはずだ。
「用具室……はさすがにもう無理だな」
用具室を候補の一つとして考えたが、体育祭の備品もいくつかそこから持ち出されているのでスルーする。先ほど昼休みに使えたのは事前準備が終わっていたのと、昼休みということで備品の移動を行う生徒も休憩していたからだ。
「となると屋上……ベランダ……校舎裏……図書室」
意外と候補はたくさんある。普段は人の目が厳しいため入れない場所だってこの体育祭というイベントのおかげですんなりと入れてしまう。鍵がかかっていたとしても、スマホについているアクセサリーでピッキング紛いのこともできる。つまり、選択肢は無限大だ。
(そう、無限大。けどその前に……)
その前に……まずは背後から俺を付け回してくる何者かをどうにかしなければ。
(まったく、いつからだ?)
意識をして周囲の視線を探らなければ気づかなかった。どうやら俺は現在進行形で何者かに尾行されているらしい。理事長などがいる手前、色々なことを勘ぐってしまうがさすがにあの理事長もこれだけの人がいる中で何か行動を起こすことないはずだし、、そもそも動く理由がない。となると、それ関連とは無関係の何者かだ。
(最初は偶然って思ってたけど、視線はずっと俺のことを捉えている)
視線に敏感な俺だからこそ気付くことができた。この体質が役に立つときは厄介ごとの前触れみたいなものなので正直今すぐにでも走り出してしまいたいがその後が面倒くさい。とりあえず、このまま様子を見るために歩き続けて泳がせる。
(……あ、義姉さん)
すると、グラウンドの端にある本部に義姉さんが駆け込んでいく姿が見えた。どうやら借り物競争の審判的な役回りをするようになっているらしく、慌ただしく動き回っている。あんな過剰労働の後にリレーで走るなんてできるのだろうか。ま、俺の知ったことではないか。
「……」
俺はそのまま校舎の中へと入り、廊下の中をコツコツと音を出して歩く。向かっているのは用具室でもなく自身の教室でもない。階段を駆け上がって四階に上がり、普段は誰も寄り付かない場所の鉄扉を開く。
—ガチャリ
そうして大量の風が押し寄せるのを堪え、そのまま前を進んで下で行われている体育祭を眺める。そう、俺が来たのは学校の屋上だ。普段は立ち入り禁止だが、体育祭が行われている中で学校の最上階に来る人物なんてそういない。
俺はそのまま手すりに手を掛け目下で行われている借り物競争を眺めながら、その時を待った。
—ガチャリ
すると、俺の背後で重い扉が開かれる音がした。どうやら、俺を尾行していた人物が追ってきたようだ。姿を隠したり様子をうかがう様子がないあたり、向こうは何かしらの覚悟を決めてきたのだろう。そして俺も振り返り、その人物を目に入れる。
(これは……さすがに予想外だな)
その人物を見た俺は感情を支配する動揺を誤魔化す。まさかこの人が俺のことを追ってくるとは思っていなかった。というか、一度も話したことがないし接点もないはず。なぜ、この人がわざわざ俺のことを……
「えっと、君が遥ちゃんの弟さんだよね?」
「……そうですよ」
俺はその返事をおざなりに返す。今の一瞬で色々と思考を巡らせてみたが、まったくもって予測がつかないし理解ができない。どうして、この人が……いや、本人に聞けばわかるか。
だが、その前に確認をしなければ。一応噂程度で俺もこの人について知ってはいるのだが、まずは彼に倣って名前を伺うところから始めよう。
そう、確かあなたは……
「あなたは……三浦副会長、ですね?」
「ああ、そうだ」
義姉さんと並ぶ三年生の二大巨頭であり、義姉さん率いる生徒会の副会長を新海桜と並んで務める人物。三浦春斗が俺の目の前に立っていた。俺の記憶が正しければ彼もこの体育祭を運営する側の生徒であり、本来忙しくてこんな散歩みたいな真似はできないはずだ。
俺は三浦春斗への警戒レベルを上昇させる。俺に声を掛けて来た。その時点で何かしらの思惑があることが間違いないからだ。
「副会長が、俺みたいな陰キャに何の御用でしょうか?」
「そう警戒しなくてもいい……といっても、君は一切警戒を解く気はないだろうね」
明らかに普通の生徒とは違うオーラを感じる三浦。開会式で選手宣誓をする彼の姿を一目見たが、あの時とは打って変わってどこかドス黒いオーラを感じる。彼をねじ伏せてこの場を去ることもできなくはないが、今それをしてはいけない気がした。
「君のことを追って来たんだけど、やっぱ気づいてた?」
「いいえまったく。これっぽっちも」
俺は先輩の問いかけにわざとらしく勿体つけて返答する。なぜこのような返答をしたかというと、腹の探り合いをするつもりは微塵もないからだ。ここで嘘をついたところでどうせあの先輩は俺が尾行に気が付いてわざとこの場所に来たことを確信している。つまりここで変なことを言っても誤魔化し損になるだけなのだ。ならば、最初からあからさまな態度をしていたほうが返って好都合になる場合がある。
「ふふふ、わざとらしいけど開き直った態度は嫌いじゃない」
これが俺にとって好都合なのかはわからないが、目の前の先輩には受けたようだ。そんな俺はいつでも逃げられるように手すりに手を掛け、先輩から目をそらさない。すると先輩は面白そうに問いかけてくる。
「うん? もしかして弟くん、いつでも飛び降りて逃げられるようにしてる?」
「まさか。俺にそんな度胸はないですし自殺しようだなんて生まれてから一度も思ったことありません」
「確か君がいる場所の真下は図書室のベランダがある。教室のベランダよりも面積が広いし、飛び降りて逃げるにはうってつけだよね。もしかして、ここに来た時から逃げ道をチェックしてた?」
「偶然ですよ。偶然」
存外食えない先輩だ。恐らく校内の地図を完全に理解しているのであろう。普通はここから飛び降りて逃げるなんて発想は沸かない。この下にベランダがあると知らない限りは。さすがは生徒会の人間といったところだろうか。
普通ならよくわからない雰囲気にたじろいでしまうが、なぜか逃げようという気は今のところ起こっていない。確かこの人はうちクラスの葉山と仲が良いらしく、サッカー部の副部長も務めているとか。
そんなことはさておき、どうしてこの先輩が全く接点のない俺のもとへと現れた?
「それで、君が噂のお助けマン?」
「……何のことでしょう?」
「ああ、誤魔化さなくていいよ。橘彼方はヒーローだって、前に信也から聞いたんだ」
「っ!?」
表情を変えまいとしていた俺だが、予想外の名前が出てきて思わず表情がこわばってしまう。なぜ三浦があいつの名前を? 大抵の疑問は予測や推測などで解決できる(大抵それであってる)俺だがこればかりは全く見当ができなくてフリーズしてしまった。それを見た三浦は満足そうに頷き、慌てて補足してくる。
「安心してくれ。あいつとはもう縁を切ってるから。今日君に近づいたのは、その辺のことでちょっと話があって。目立たず二人きりになるのに、体育祭はうってつけだったからな」
そうして先輩は、俺に告げる。
「あの親子のこと殺さない?」
——あとがき——
もし三浦春斗という登場人物についてお忘れだったなら第67話を参照してください。僅かながらに情報が出ています。それはそうと体育祭編もそろそろ佳境に突入なので是非お楽しみに!
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