第76話 反撃の狼煙
「あ、もちろん殺すって言っても本当に殺すわけじゃない。社会的にって意味だ」
「そんなこと言われても、自分は何もできませんよ。自分は忙しいのでこれで……」
「まあまあ、そう結論は急がなくていい。信也の名前に反応しただけで君はこちら側の人間だってわかってる」
「……」
一括りにされるのは癪だが、もしあの副生徒会長が言っていることがすべて本当だとするならば、確かに俺たちは仲間だ。すなわち、あらぬ濡れ衣を被せられ被害にあった者たち。もしくは、身の回りの誰かが……
「俺が調べた限りだと、最もひどい仕打ちを受けたのは間違いなく君なんだと思う。なんせクラスどころか学校中に……ね」
「……はぁ」
どうやら三浦は俺の中学時代を入念に調べたようだ。おそらく当時俺のクラスメイトだった誰かに話を聞いたのだろう。それか信也がこの先輩に話したか? この先輩と信也の仲が良かった時系列がよくわからないので何とも言えない。信也と俺が仲良くなった後に交友を持ったのか、それともそれ以前から仲が良かったのか。
だが、お互いに他言させたくない話であることには間違いない。だから俺はポケットに手を突っ込みスマホの録音を止めた。万が一の時のため脅しに使おうと思っていたが、ここから先の話は記録に残したくない。仮に思い出す必要があったとしても、脳内に記憶すれば問題ないしな。
「それで、何が言いたいんですか」
「ようやく話をする気になってくれたか。だが言いたいことはさっき言った。あの親子を社会的に追い詰めて痛い目にあわせてやりたい。君にはそれを手伝ってほしいんだ」
「……先輩は何をされたんですか?」
俺は手伝ってほしいという要請にこたえる前に、まず本当に三浦が信也関連でトラブルを起こしたのか探りを入れる。すると三浦は苦虫を嚙み潰したような暗い顔をして自嘲気味に笑う。
「俺には妹がいる。被害を受けたのは俺じゃなくて俺の妹なんだが……君はそれだけで察せるだろ。その説明だけでいいか?」
「いえ、もう少し詳細に」
「……そうか、そうだよな。わかった、少しだけ話す。突っ込んでいうなら、妹は入院中だ。心の病気でな」
「……わかりました。疑ってすみません」
最低限必要なことは聞けたし先輩も辛そうなのでこの話を切り上げる。なるほど、確かに先輩……正確には三浦先輩の妹だが、彼らも胸糞悪い目にあったようだ。詳細は予測できないこともないが、俺まで気持ち悪くなりそうなのでやめておく。
果たしてあいつは罪悪感というものが湧かないのだろうか。いや、わかないんだろうな。ただ自分の欲求のために突き進む我の強い人間で、むしろそれを自分の信条にしている質の悪い人間。しかも、それがそこそこの権力に守られていると来たもんだ。確かに先輩も頭を抱えたくなるよな。それも生徒会であるならなおさら。
そして先輩が俺に近づいてきた具体的な理由。自分にはできないことを俺にさせるためだと予想する。もともと被害に遭ったのは俺だけではないと推察していた。そいつらを探し出して結託し……ということも考えたが、あの時は疲れていたので動こうとも思わなかった。だがそれを行おうとする者がとうとう現れたと。
そういうことなら協力するのもやぶさかではない……か? だが、もう少しぼかしておこうか。さすがに初対面の人間を百パーセント信じることはできないからな。先輩の仕草を観察して、何も嘘をついていないのは分かっているが。
「協力するにも、俺程度の人間には何もできませんよ」
「無理ならこの話を忘れて、降りてもらっていいさ。けど、君ならばあるいは。そう思って君に近づいたんだ」
「所詮は敗北者なのに?」
「確かに、見方次第ではそうなるな。だが……」
そう言って先輩は俺の隣に立ちグラウンドを眺める。そこでは借り物競争が行われており、一着のクラスがゴールしたようだ。その様子を見てバカみたいに盛り上がっているクラスが……
「……あ」
「すごいよな。諦めさえしなければ人間どうなるかわからないんだから」
下で喜んでいるクラスは俺のクラスでもある2年1組だった。如月や葉山は先ほどまでの重い雰囲気はどこへやら、チームメイトたちの勝利に歓喜している。借り物競争のグループは運動ができない者たちの寄せ集めだったので、序盤で負けると思っていたのだが。
「予想外の事なんていくらでも起こりうる。俺なんていつもそんな目に遭ってきたんだ。なら、少しは抗ってみたいじゃん? たとえ、俺一人の力じゃなかったとしてもさ」
「……はぁーーー」
俺はため息のように息を吐いた。恥ずかしげもなく誰かを頼ろうとする先輩の姿に呆れたからか、それとも酷い目に遭ってなお誰かを頼ろうと思えるその心が羨ましいと思ったからか。その理由は俺にもわからない。
「それで、俺に何をさせるつもりですか?」
「話が早くて助かる。じゃあまず、この体育祭で君には少し働いてもらいたい」
「体育祭で?」
てっきりこの体育祭が終わった後に動くものだと思い込んでいた。この体育祭にはターゲットの一人である理事長の姿があるし、肝心の信也がいない。だからこの体育祭は目立たぬよう適当にやり過ごすものだと思っていたが……
「体育祭も残り二種目。一つはちょうど下でやっている借り物競争だ」
「ええ、そしてもう一つは……」
「リレー。君には、この種目で……」
そうして三浦は俺に体育祭の裏事情、そしてこれから行う計画の一部を話した。だが話を聞いていくうちに俺の顔はどんどん無表情になっていく。なにせその話は体育祭において御法度の限りを尽くす滅茶苦茶なもの。それにこちらがこれからやろうとしていることだってルール破りも甚だしい破天荒な計画だ。
なにより、その計画を実行してしまえば俺に尋常じゃないほどの注目が集まることは避けられない。解決案がないわけでもないが、それはそれで目立ってしまうのだ。
「そもそも、そんなこと可能なんですか?」
「そこは任せてくれ。俺はクラスの中でも信頼が厚い方だと自負しているし、きっとみんなも聞き入れてくれる。最悪の場合、俺が辞退するよ。俺は一種目目の玉入れに出場したから、体育祭のルール違反になることはない」
「先輩のクラスにとっては、ハラハラする展開になるでしょうね」
「だが、君なら結果を残せるはずだ。そもそも、体育祭に無粋な大人の事情が絡んでいること自体がおかしいんだ。なら、こっちだって少しは無粋なことをしても構わない。俺はそう思っている」
「合理的な暴論ですね」
覚悟の炎を目にともした三浦はそう言い切った。彼がそう言うからには責められてもどうにかできるという自信があるのだろう。それとも既に向こうの弱みでも握っているのだろうか。
すると三浦が思い出したかのように「そういえば」と呟き、俺の顔を伺うように違う話を切り出してきた。
「じゃあ話を少し変えてみようか? 実は遥ちゃんも生徒会長としてこの体育祭の裏事情を知っていてね。凄く複雑な心境でこの体育祭を仕切ってる」
「……へぇ」
「あれ? あんまり興味なさそうだね。君のお姉さんの話なのに」
「そこらへん、今は別にどうでもいいんで」
「淡泊だなぁ」
どちらにしろ俺はまだ迷っている。この無茶苦茶な話を受け入れ実行するかどうか。
(俺がやってもやらなくても、また何も変わらないんじゃ……)
やらなければ可能性がゼロになることは俺だってわかっている。だがこの計画が本当にあの親子に毒牙として届くのかどうか、その自信がないのだ。何せ俺は一度、あいつらに敗北を突きつけられてしまっている。
『え、やらないの?』
(……)
『僕は久しぶりに暴れまわってみたいけどなぁ』
(……ちっ)
ここでもまた耳鳴りが聞こえる。俺は聞こえて来た幻聴をいったん忘却し、改めてこの話を考える。どちらにしろ、重要な種目であるリレーが始まるまでもう時間がない。決断は今すぐにしなければいけないのだ。
「さあ、どうする?」
三浦も俺の答えを待っている。だから俺は必死に考えた。三浦のこの計画をより完璧に仕上げること。そして俺に被害が及ばないようにすること。あらゆることを想定し予測する失敗すれば責められるのは俺だけではない。下手をすれば義姉さんだって巻き込んでしまうのだ。
だが、どれもこれも中途半端なもので頓挫してしまう。どちらにしろ、このままでは完璧な案は……
(いや、違う)
どうせこれ以上失うものは何もないんだ。ならいっそのこと、やるだけやってみよう。そして失敗した時はこの学校を去ればいい。あの理事長だってすべての教育機関に影響を及ぼせるわけじゃないし、いくらでもやり直すことができるだろう。もしそれを責められようものならば、海外に渡ってしまうのだっていいかもしれない。どちらにしろ、これが最初で最後のチャンス。
『さてさて、少しは思い出したかな?』
(ああ、そっか)
そうだ、俺は……悔しくて悔しくて堪らないんだった。あのままで終わることが。あいつらが知らぬ顔でのうのうと生きていることが。すべてを破滅に追い込まれ、涼しい顔で満足していたあいつが。そして何より……こんな理不尽な運命ってやつが認められない。認めたくない。反撃の為の拳は、ずっと前から強く握られていた。
『だから……僕は』
(だから……俺は)
「『やりましょう』」
この時、いつも脳内で不快な音色を響かせていた耳鳴りが俺の声と重なった気がした。
——あとがき——
現在、三作品を同時に連載しているので更新が遅くなって申し訳ありません。(ローテーションで更新してます)加えてそこに学業が重なっているのですがこれに関してはご容赦いただければ幸いです。それぞれの作品について絶対に週に1回以上は更新できるように頑張ります!
追伸:新しいプロットを思いついて新連載を始めたくてうずうずしているとは言えない。
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