第77話 体育祭の裏事情
体育祭は進む。一時は借り物競争で勝ち誇っていた2年1組だがうまい話がそう続くわけもなく二回戦であっさりと負けてしまった。きっと一回戦の時に持ちうる武器をすべて使って挑んだのだろう。落ち込む彼らを責める者は誰もいなかった。そして、そんな光景を未だに屋上で眺めている俺。その隣には三浦がいて、ちょうどこちらでも詳細な話が始まるところだった。
「では改めて聞くが、裏ってなんだ?」
「とうとう敬語が無くなったなぁ。まっ、いいけど」
ポリポリと頬を掻く三浦。どうせ変に取り繕う必要もないと思い敬語をやめた。それにこの先輩が本当に味方だという確証は現時点では依然として存在していないのだ。俺としてもギャンブル要素を含めるのは癪に障ったが今回はそれを許容した。どうせ、失敗したらそれまでだしな。
「この体育祭の裏で、理事長をはじめとする大人たちの間で二つの出来事が並行して行われている。一つ目は分かりやすく言うと、ギャンブルかな」
「賭け事か?」
「そう。どこのクラスが勝つか、何百万単位で賭け事をしてるみたいなんだ。参加してるのは反社組織の人たちとか危ない奴ら。そしてそのほとんどの賭け先があるクラスに集中している」
「……1年2組か」
「頭の回転が速いというか色々察した顔をしてるね。多分その通りだよ」
(なるほど、だとしたら確かに危ないな)
俺は脳内で様々な状況を模索し、先輩が言わんとすることを察した。この体育祭の賭博行為に反社組織が参加している。あの理事長ならあり得なくないし、雪花の特殊な家事情を知っているからこそ導き出される結論。
おそらくだが反社組織の人間たちは1年2組というクラスに投資しているのではない。雪花翡翠という人間に投資しているのだ。この時点で雪花家に媚びを打っておくと言ったところだろうか。それとも身内が未来のボスを引き立てるために行っている行動なのだろうか。雪花の家に建てられていた「雪花組」という看板。かなり年季が入っていたし、家の規模からもかなり大きな組織だということが伺えたしな。
「一応雪花くん、そして君のクラスの雪花さんのお家事情は生徒会と教師の間で共有されている。普通の生徒と同じように接することって、みんなで決めたらしい」
「ああ、だから……」
俺は雪花の家や取り巻き達を見た時、こんな危なそうなやつを良く認めたものだなと思っていた。
(普通、あんな家に生まれた奴が簡単に学校……それも私立に通えるとは思えない)
どうしたって社会的イメージから入学を拒否する学校も出てくるだろう。だが、この学校はそんなことしなかった。当初はこの学校がそのような差別をしない善良な場所なのだと思っていたが、理事長が絡んでいたなら話が変わってくる。きっと奴が雪花家にゆかりの生徒が入学できるように手引したのだ。雪花家との繫がりを獲得するために。
(普段の雪花からはイメージが湧かないが、多分あの家はあの家で相当危ない組織なんだろうな)
俺は初めて雪花に会った時、彼女に奇妙なイメージを抱いた。まるで、何かから助けを求めているような雰囲気。だが、彼女の性格的にそのようなことは似合わないので気のせいだということで片づけていたのだ。
だが、あの家の構成員は喧嘩っ早く、荒い気性の奴らが多かった。俺や七瀬といった本来彼らの世界とは無関係な高校生も危うく彼らの暴行に巻き込まれかけたのだ。もしかしたら……
「……金の出資元は? 賭け事が行われているなら、そこそこの金がどこかしらから動いているはずだろ」
「さすがにそこまでは分からない。いや、むしろ理事長がその辺に明るい何者かに委託してるのかもな」
この話が本当かどうかはわからないが、あの理事長ならあり得てしまうので判断に困るところだ。それにしてもまだ話が見えないな。一体理事長は何を……というか、この先輩も。
「調べてみたら、あの理事長と雪花組の組長は数年前から交友関係があるらしい」
「なんで一高校生にすぎないあんたがそんなことを知ってる?」
「もともと俺が調べていたのは信也の方だった。生徒会に入ったのもそのためで、サッカー部に入ったのもあいつと会える確率を増やすためでな。そしてたまたま、この理事長の動きは信也のことを調べていた時に偶然知ったんだ。ちなみにこの賭博云々については遥ちゃんも知ってる。意味を分かっているかどうかは別問題だけど」
「これについては……ね」
ま、最初に二つの出来事が同時進行していると言っていたし、全て聞かなければ結論は出ないな。あと義姉さんのことだ、色々と勘ぐっているところはあるだろう。行動を取らないのは学生に影響が及ぶことはないと高を括ったからか、それとも巻き込まれるのを恐れたからか。ま、きっとおかしいとは思っているだろうな。
(というか、信也がサッカーね。バドミントンじゃなくて……か。やっぱまだ隠してたことがあったのか。いや、まだあるんだろうな)
俺は三浦に続きを話せと促し、向こうもそれに応じる。さて、後は何があるのやら。
「もう一つ。こっちは俺が信也のこととは別件として前々から調べていたんだが、この体育祭妙に観客が多いと思ってないか?」
「ああ、そういえばこの体育祭はマスコミも来てるんだったな」
「そう、むしろこっちが本題だ。生徒を使ったギャンブルは、行ってしまえば生徒たちには何の影響もない。だからこそ遥ちゃんも黙っているんだろう。だが、こっちに関しては別だ」
体育祭は基本的に生徒のみで行われるものだが、この体育祭にはいくつか外部からカメラが入ってきている。メディアが来るなんて誰も聞いていなかったので朝はみんなざわついていたな。たしかこの学校の宣伝用にビデオや写真を撮るとかなんとか。もちろん俺が映ったら面倒なことになりかねないので今までの競技や行動で映らないように心がけていた。だが、こちらの方が問題とはどういうことだ? さすがの俺も理解ができなかった。
すると先輩は悲痛そうな顔をして話し始める。
「あのカメラで撮られた映像がテレビで流れることはない。機械の動作不良でデータが消失したと明日あたりに説明がされるはずだ」
「どういうことだ?」
「あの映像がテレビ局ではない奴らの手に高値で渡るということだ。具体的に言えば、海外にな」
「それって……」
「ちなみにカメラに写っているのはほとんどが女子生徒だ。それもかなりズームされてな」
「……へぇ」
ま、そういうのが好きって人もいるんだろう。いい趣味とは言えないし需要は未知、というかむしろ吐き気がするがきっとあの人はそう言う行為をなにも思わず涼しい顔でやるのだろうな。本当に酷い話だ。恐らくだがこれに関しては雪花組などの他組織は関わっていない。あの理事長のみで行われている計画なのだろう。賭博はともかく、こちらに関しては未成年を巻き込んだ完全な犯罪行為。いくら反社会的組織だからって易々と手を貸すとは思えない。
「このこと、警察には?」
「言っていない。調べるときにグレーな手をいくつか使ったから。まあ、警察は最終手段だな。ちなみにだが、君が俺の立場に立っていたとして警察を使おうと思ったか?」
「……ノーコメントで」
俺もこの件に関しては警察を使おうだなんて思っていない。自分の手で、徹底的に潰してやりたいから。その点ではこの先輩と意見が合致しているらしい。チャンスが巡ってくるかどうかは全くの別問題だが。
すると先輩は改めて真剣な顔をして俺のことを見つめてきた。
「というわけで、俺はこの計画を二つ同時に台無しにしてやりたいんだ」
「台無しか。その定義によって可能かどうかが分かれるな」
「ああ。でも前者の方は君が協力的になってくれれば可能性がある」
「へぇ。この体育祭の進行具合を見る限り、1年2組の優勝は手堅いものだと思っていたがな」
そう、実のところ1年2組が優勝候補筆頭に躍り出ている。得点的にはうちのクラスを含め逆転の余地があるクラスもいくつか残されているが、最後の種目はリレー。1年2組は全体的に見ても運動神経がいいし、その面において異常に抜きんでている二人の生徒がいる。
そう、雪花翡翠と七瀬ナツメだ。
あの二人をどうにかしない限り一つ目の計画は完遂され、巨額の資金が反社組織の元へ渡ってしまう。……なんか体育祭どころじゃない気がしてきたな。今からでも警察遅くないぞ? まあ、それはそれで面倒ごとになりそうなのでやっぱりしないが。
「現状、あのクラスに逆転できるクラスはそう多くはない。だが、まだかろうじていくつかは存在するんだ」
「最終競技、リレーでの逆転だな?」
「ああ。あのクラスをリレーで上回る可能性があるクラスの候補はいくつかある。2年生で言うと君のクラスである2年1組、そして2年2組だ」
確かに如月や葉山たちなど運動神経が良い者を中心に構成されたグループだ。雪花がどう出るかわからないが、かなりいい結果を残せる可能性が高い。2組には新海がおり、七瀬レベルなら恐らく互角程度の走りを見せてくれるはず。正直見立てではこの二つのクラスは互角。
だが、恐らくそれだけでは足りないだろう。現に如月は障害物競走において七瀬に大差で敗北している。新海もそれ以前の試合で如月に負けてしまっているため、実際のところどこまでやれるかは怪しいのだ。結果的に1年2組の独走状態を許してしまっている。
「そこでだ。もう一つだけ、あのクラスに対抗できそうなクラスが存在する。そのクラスは現在2位で、初戦の玉入れで優勝を収めている。あ、今借り物競争でも優勝したな……よっしゃ」
「……ようやく最初の話に繫がりました。もう一度聞きますけど、ルール違反には?」
「大丈夫だ。その行為がルール違反になるとの記載は体育祭の条項にいっさい記されていない。ま、抜け道ってやつだ」
確かに俺も体育祭のルールは頭に入れているが、これからやることを縛るルールは設けられていない。というか、俺でさえこんなこと思いつかなかった。たぶんこの計画には三浦の主観や願望も入っているのだろう。ああ、そういえば更衣室で葉山がこの先輩のことをなんか言ってたな。恐らくあれも関係している。すると、三浦は理事長の計画を止めるついでに……
「さあ、もう時間がないからすぐに行動するぞ。一緒に来い」
「その前に、少し寄り道しましょう。ほんの一瞬なので大丈夫です」
「? わかった。とにかく早く行こう。下ではクラスメイト達が俺のことを探しているだろうからな」
一階に降りなければ何も始まらないので俺たちは怒涛の勢いで階段を降り始めた。これから始めるのは体育祭の御法度的な行為。そして俺にとっては自クラスへの裏切り。懸念点は義姉さんの存在だが、そこは俺も覚悟を決めることにする。そして一階の廊下を先輩と爆走していた時、先程言い忘れていたことを思いだした。
「ああ、そうだ先輩」
「なんだ?」
「二つ目に言ってたカメラの件ですけど、もしかしたらそれも何とかなるかもしれません」
「!? 本当か!」
「ええ。こっちに関しては人任せになるんですけどね……彼が俺の期待通りに動いてくれればの話ですが」
前提として女子生徒が盗撮されていようと俺はどうだっていい。何せ俺には何の影響を及ぼさない。だが、それが理事長の利益になるのが気に食わないのだ。博打なんて普段はしないのだがそうもいっていられまい。そうして俺は三浦とある場所へ寄り道し、すぐにとある一つのクラスへ三浦と一緒に合流した。
さて、久しぶりに暴れまわろうか。
——あとがき——
構想はもともと練っていたんですが割と急ぎで文字に起こしたので誤字があったらいつもより二割増しで優しく報告してください
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