第78話 秘めたる本心


 時は遡り借り物競争直前。


 多くのクラスが盛り上がる中、私は会場の端っこで休憩しつつ一人で冷めていた。



「どこ行ったのかしら……」



 少し暇ができたので気まぐれに弟の姿を探していたのだが全く見当たらない。クラスの応援スペースにもいないようだしどこをほっつき歩いているんだと軽く呆れる。だが、あの子が体育祭というイベントに出てくれているだけでも引きこもっていたころに比べて成長したなと一人でしみじみする。



「他学年が交わるイベントはこれで最後だし、これ以降あの子とは学校で関わることが無くなるんでしょうね」



 家で嫌でも顔を合わせるので、それ自体は寂しいと思うことはない。だが、それでも悔いていることはあるのだ。できればあの子にはもっと日の目が当たって欲しかったし、機会があれば姉弟として一緒に競い合ってみたりしたかった。いや、これは今更後悔しても遅すぎることだろう。



「そして、私が出れる最後の体育祭」



 もうすぐ今回の体育祭で、私にとって最初で最後の競技が始まる。去年とその前はたくさんの種目に出たが、今年は生徒会の兼ね合いで一つの種目にしか出ることができなかった。残念極まりないが、これも自分で選んだことだからと言い聞かせる。


 いや、それよりも思っていたことがあったのだ。



「あの子、もっと活躍してもいいのに」



 少なくとも私は本気でそう思っていた。あの子は努力型の私とは違い多岐にわたる圧倒的な才能を持っている。勉強も、スポーツも、何より他を導く才能。けどあの子はどこか一線を引いて……いや、そもそも他人と関わるのを恐れているような印象がある。



「なんか私、凄く中途半端」




 私が生徒会に入ったのは、少しでも彼方が安心して笑って過ごせるような学校にしたかったから。生徒会長に上り詰めることができたのもそんな強い思いがあったため。だが彼方がこの学校で過ごして一年ちょっと。ほとんど何も変わっていないではないか!



「何してんだろ、私」



 いつもはツンツン口うるさくしているけど、本当はそんなこと言う資格もないのだ。けど、縮まっていく距離感が実感できて、気が付けばあんな関係性になっていた。最初は義理の姉弟ということで私自身が心の距離を置いていたが、今では本当の弟のように思っているし大切な家族。


 本当は、この限られた三年間(私たちにとっては二年間)で高校生の今しかできないこととかを一緒にしてみたかった。一緒に登下校してみたり、学年が違うから迷惑かもしれないけどお昼ご飯を食べたり、勉強を教え合ったり。そして一緒に……と、数え上げればきりがない。けれど、一度もそんなことできずにまた大きなイベントが一つ終わろうとしている。



(あーあ、これで終わりか)



 そんなことを思いながら私は借り物競争をぼーっと眺める。自分のクラスが善戦しているようだが、なぜか素直に喜ぶことができない。疲れているのだろうか?


 そうして時は無情にも流れ続け、そのまま借り物競争が終了した。決勝戦で勝ち残ったのは誰あろう私のクラス。この時ばかりはさすがに嬉しくて友人たちの元へ行き一緒に喜び合ったが、本心から喜ぶことはできていない。それほどまでに彼方のことが私にとって心残りであったということだ。



「次はリレーか」


「三浦が出るなら優勝もあり得るぞ!」


「もし優勝出来たら、逆転優勝の可能性もあるな」


「椎名さんも、頑張ってね!」



「ええ、全力を尽くすわ」



 そうして最後の競技が始まろうとしていた。ちなみにだが私は決して運動神経が良いというわけではない。女子高生の平均は越していると思うが、あの七瀬さんのように秀でているわけでもない中途半端なもの。なんならこのリレーのグループの中では下から数えた方が早いくらいだ。それでも私がリレーに出場することになったのは生徒会の仕事と相談してこれくらいしか時間帯的に余裕がなかったから。リレーに出ている人たちを見ると、なんだか申し訳なくなってくる。



「……ってあれ、三浦はどこだ?」


「本当だ。さっきまであそこにいたのに」


「あいつ、ここ最近ずっと顔が固かったからなぁ。緊張をほぐしにどっか行ってんじゃね?」



 三浦君。彼はクラスだけじゃなく生徒会のメンバーということもあり、恐らく私と最も長い時間を学校で過ごしていた人物だ。時折サッカー部を優先させることもあったが、基本的に無断でいなくなるなんてことはなかったのでちょっと心配になる。



「椎名さん、何か知ってる?」


「いえ、特に何も聞いてないわ」


「ま、あと十分くらい余裕あるし大丈夫だろ」



 時間通りに向かわなければエントリー辞退とみなされ失格扱いになるのだが、まだ時間があるし三浦だから大丈夫というクラスメイト。彼がこのクラスの中で信用と信頼を勝ち取っている証拠だ。



(私は……生徒会長なんかになるべきじゃなかったのかな?)



 この二年間、全力で生徒会員としての日々を過ごしてきた私だが自分より能力が上の人物が何人もいることを思い知った。三浦君や桜さんは私なんかよりもよっぽど上に立つ人間の器を持っているし、能力もしかり。むしろ彼らにこの座を譲り渡してしまいたいとさえ思った。



(何も変えられずに体育祭をやり終えてそのまま引退。まぁ、問題事とかは起こさなかったし、よかった)



 よかった?



 否、最悪なのだ。彼方のためになればと思い入った生徒会で何も成せない。そんなの無能以外のなにものでもない。もっと別のアプローチ方法があったのかもしれないし、私が積極的になればよかっただけかもしれない。だが、それができる時間も全て無駄にして過ごしてしまった。



(あと残るは受験と卒業……か)



 そう思ってしまうと、なんだか体育祭というイベントに冷めてきてしまった。せめて、せめてあの子が体育祭でもそれ以外でもいいから、大活躍して喝さいを浴びる姿とかをこの目で見たかっ……



「ごめんみんな! ちょっと遅れた!」



 そんなことを考えていると、行方不明になっていた三浦君がクラスの応援スペースのところまで戻ってきた。彼が戻ってきたことによってクラスが安堵し、すぐにリレーに参加する男子たちが詰め寄る。



「おいおいどこに行ってたんだよ。心配したんだぞ」


「ごめんごめん、ちょっと用事があってさ」


「ほら、リレーが始まるまであと五分もないぞ。とっとと行こーぜ」


「ああ、その件なんだけど」


「ん?」





「俺、ちょっと怪我したから辞退することにしたんだ」


「……え?」


「いやぁ、ほんとにスマン!」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」



 体育祭の喧騒の中で染み入る静寂。そして



「「「「「「「「「ええええぇぇぇ!?」」」」」」」」」」



 クラス全体が叫んだ。もちろん私も。呆気からんととんでもないことを言い放った三浦君。彼の話によると、どうやら一回戦の玉入れの時に足を捻って怪我をしたようだ。怪我は仕方ないが彼がこのクラスのリレーにおける最高戦力と言ってもよかったので私たちのクラスは一気に士気が下がる。彼を責める声が一つも上がらないのはいいことだが、それでもみんなが不安になってしまった。


 しかしそれを打ち破るかのように、三浦君がみんなを落ち着ける。



「みんな聞いてくれ。確かに今回のリレーで俺が出ることはできなくなったけど、代わりに助っ人を用意したんだ。運営に確認して、問題ないと許可をもらっている」


「助っ人って、誰?」



 そうして三浦君は奥の方から誰かを連れて来た。あれは……だれ? というか何、あのお面。あれは……兎? 結構可愛いお面だ。



「誰だよそいつ」


「俺の知り合いだ。聞くところによるとまだほとんど試合にも出ていないらしい。そして何より、俺と同等くらいの運動神経をしてる。代打にはもってこいってな」


「で、でもよ……」


「みんな、頼む」



 そう言って三浦君は頭を下げた。こんな三浦君を見るのは初めてだったので私を含めてみんなが驚いていた。だが、彼の人徳ゆえか、すぐにみんながしょうがないなと笑い、彼の肩に手を置いたりして場が和んだ。



「そういえば、こいつの名前は?」


「えっと、そうだな……ジョーカー、とか?」


「はぁ、なんだよそれ?」


「うん決めた。これからは彼のことをジョーカーと呼ぼぐおおっ」



 三浦君がそう言っていると兎面の彼……ジョーカー(?)に腹を小突かれていた。どうやら彼はその呼び方が不服らしい。というか、彼は一体何なんだろう? 三浦君の友達? それとも部活仲間? さすがに同学年だとは思うが、どこか親近感を覚えるような気がする。自慢ではないが友達と呼べる人物なんてたいして多くないはずなのに。



「ほら、せっかくだし遥ちゃんもあいさつしといたら? ほら、握手とか」


「……ええ、そうね。改めて、よろしく」



 そう言って私とジョーカー(?)は握手を交わして見つめ合う。その手は冷たく、しかしどこか温かくて……



「……」


「……」


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?



「……」


(……まさか)





『それでは、最終種目! リレーをまもなく開始します! 出場する生徒はすぐに待機場所にお集まりください!!!』



 ラストだからか今まで以上に熱がこもったアナウンスがグラウンド全体に響き渡った。そうして出場する選手が続々と待機場所へと向かっていく。そのほとんどが、笑いつつも絶対に勝ってやるという覚悟を宿していて……いや、そんなことよりも。



「ねぇ、三浦く……」


「それじゃあみんな、頑張れよ!」



 だが私の疑問も空しくグループの移動が始まってしまった。私は三浦君のことを問いただそうとその場に残ろうとするが時間がないので諦める。この詳細は後でじっくり二人から聞きだしてやろう。


 そうして私は心にどこか靄がかかった状態で大量の疑問を抱えながらも待機場所へ向かった仲間を追いかけるのだった。










——あとがき——

 遥視点のお話でした。あと物語の中に出て来た兎のお面は東京〇種に出てくるやつを思い浮かべていただければ(ググればすぐ出ます)


 さてさて、いったい誰なんでしょうねー?(すっとぼけ)

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