第79話 立ち向かう覚悟


 どうも、ジョーカーです。



 と、心の中で呟きそのチョイスはないだろと三浦を睨む俺。そんな中二臭いあだ名をつけられるとは思わなかった。元から馴染もうと思ってはいなかったが、三浦が変なワードをチョイスしたせいで彼らと俺の間に溝ができてしまっている。



 それにしてもジョーカー……切り札、か。



 どちらかと言えば隠し玉と言った方が言い得て妙な気がするが、あの先輩にとって俺という存在は反撃へと一手、すなわち切り札なのだろう。俺にとっても渡りに船のようなものだったので、こっちはこっちで先輩という存在を存分に活用させてもらおう。



(しかしまさか、3年生に混ざって競技に出ることになるとは)



 三浦先輩から持ち掛けられた一矢報いるための戦法。それは俺が3年生に混ざって体育祭に出場するというものだった。


 先輩のクラスはこの体育祭を通して2種目で優勝している。そして、雪花翡翠が率いる1年2組も2種目優勝しているので得点的にはほぼ互角。全く一緒の点数でないのは多種目での結果が違ったり、優勝したからと一手もらえる点数に差があるからだ。例えば棒倒しと借り物競争で優勝した時の得点差は20点ほどある。本当に理不尽な体育祭だ。


 つまり、このクラスは現在1年2組に比べてやや点数が劣っているのだ。勝つためには、何としてでもリレーで優勝するしかない。だからこそここの3年生たちも躍起になっているのだろう。



(俺のクラスは……ま、優勝はもう無理だろうな)



 俺のクラスどころか、ほとんどのクラスが優勝を諦めている。なにせ1位である1年2組との差があまりにも酷い。これでは何のためにリレーをするのかわからないくらいだ。


 そんな中で義姉さんがいるこのクラスだけが逆転の可能性を秘めており、唯一諦めるどころか気合が入っているクラスだったのだ。



「みんな、頼んだぞ!」



 そういって三浦は俺を含むリレーに出場する選手たちを見送った。誰も彼もが気合を入れて絶対に勝ってやるぞという意気込みを見せている。案外いい線まで渡り合えるかもしれないな。



(思いつくかどうかは別にして、よくこんな反則ギリギリの手を実行させようと思ったよな)



 反則ギリギリというよりギリギリ反則な気もするが、バレないことを前提としているため非常に危うい戦略に変わりない。もしバレれば最悪停学……いや、俺の場合余裕で退学もあり得るだろう。特に、あの理事長がトップに立っているのならなおさらだ。



「お前も頑張ってくれよ、ジョーカークン」



 そう言ってリレーに参加するために一緒に歩いていた男子の先輩が俺の肩を叩いてきた。うっとおしいことこの上ないが、変に勘づかれないようにするために俺は黙ってそれを受け入れる。



「……」



 そして、それとは別に俺のことをじぃっと見つめてくる視線が一つ。誰あろう義姉さんだ。さすがに正体が俺だとはバレていないだろうが、色々と気になっている様子。生徒会長としてか、はたまたクラスの一員としてか。どちらにしろ義姉さんだけにはリレー中に近づかないようにしよう。


 だが、その警戒心もすぐに無駄になってしまうこととなった。それも悪い意味で。



「そういや走る順番は聞いてるか? お前は5走目。つまり俺たち男子の中では一番早い出番だ。4走目の椎名さんからバトンを受け取って、俺に渡すんだ。いいな?」


「……コクリ」



 俺は首を縦に振って分かったという感情を伝えたのだが、さっそく義姉さんと接触することが確定してしまった。ますます祈ることしかできない俺だが、ここまで来た以上できることをするしかないのだ。とりあえず誰が敵で誰が味方であろうとも俺の目的と合致しているのであれば全力でかかろう。そう、かつての橘彼方のように。









 そうして俺は義姉さんのクラスの人たちと一緒にグラウンドの中央までやってきた。先ほどまで行われていた借り物競争の痕跡はほとんど片付けられており、バトンの受け取りや審判同士のコミュニケーションなど様々な最終確認が行われていた。



 そして


「みんな、最後まであきらめないで全力で走ろう。MVPの発表だってまだあるし」


「ええ、そうね! 瑠璃ちゃん、私たちも頑張りましょうね!」


「……ふん」



 俺の斜め向かいから見知った顔が続々とグラウンドに入場してきた。葉山、如月、雪花など続々と俺のクラスの連中がやってくる。俺は仮面姿なので注目を浴びてしまっているがすぐに興味を失ったのか雪花以外はウォーミングアップを開始していた。逆に雪花は滅茶苦茶こちらを見ている。さすがにバレてはいないだろうが、色々と訝しんでいるだろうな。


 だがそんな雪花もすぐに別の方向へ目を向ける。その方角からは優勝候補筆頭の1年2組が入場してきた。あの中でも異彩を放つのは、やはり雪花翡翠と七瀬ナツメ。このリレーで勝つにはあの二人を揃って凌駕しなければいけない。



「……ねぇ」



 すると俺の背後から声を掛けてくる人物がいた。誰あろう俺の義姉である椎名遥だ。俺は首だけ振り返り義姉さんの方を見る。彼女は俺に見せたことがないほど真剣な表情で、且つ燃えるような目をして俺のことを見ていた。これにはさすがの俺もドキリとする。



「アン……いえ、君は私たちのクラスメイトではない。それでも、私たちの勝利に貢献してくれるということで間違いないのよね?」


「……コクリ」


「そう。なら、質問を変えるわ」



 俺のことを試すかのように、義姉さんは仮面越しに俺の目を真正面から見て言葉に重みを乗せて問いかける。



「本気で……それこそ、私やみんなが大歓声を上げるくらいの凄い走りを見せてくれるってことで、構わないのよね?」


「……」


「……どうなの?」



 問いかけるように、あるいは縋るように俺にそう問いかける義姉さん。こんな会話を義兄妹の間でするとは思わなかったな。俺は……どうするべきなのだろう。いや、俺はどうしたいのだ?



『おはよう、彼方』


『……つまらないと思ったこともないわ』


『体育祭でも本気を出す気はないの?』





『ねぇ、彼方。ありがと』



 あれ、最後に思い出したこれはいつの記憶だっただろう。そういえば俺、何かを忘れている気がする。それも、俺の心を揺さぶった何か。けれど、今この瞬間は思い出すことができない。大切なことだった気がするのだが……



「……」


「ちょっと、大丈夫?」



 俺が答えないのが不安になったのか、こちらの体調を心配するようなそぶりで探りを入れる義姉さん。えっと、本気でやってくれるのかどうかという質問だったよな。そんなもの……そんなもの……



「『……ふん』」



 俺は肩越しにピースサインを向ける。すると義姉さんは目を丸めながら呆れて振り返りどこかへ行ってしまった。正体がバレているのかはわからないが、俺の活躍に期待していることは間違いなさそうだった。でもそりゃそうか、だってこのクラスのエース的存在だった三浦の代理で出場しているのだから。



(……やってやるか)



 俺は遠目に来賓席を見つめる。その中では宿敵である理事長がくつろぎながらお茶を飲んでいる姿が見えた。さらに電話をして何やら指示をしているようにも見える。一体こんどはどんな悲劇を生み出そうとしているというのだろうか。



 この連鎖は、ここで止めなければいけない。やり方が間違っていたとしても、これだけは間違っていないはずだ。もう二度と、あんな思いをするのはごめんだ。




『それでは第1走者の生徒は指定の場所へと移動してください!』



 耳にタコができるほど聞いてきたアナウンスが、最後の戦いの合図を知らせる。俺も第5走者としての場所へと向かう。義姉さんとは逆方向の場所だ。


 このリレーに参加するのは俺のクラス2年1組。

 そして俺が代理として走る3年1組。

 優勝候補となっている1年2組。


 そして……



(……ぉ)



 すると同じ場所に向かっていた女子が目に入る。この体育祭でまだあまり目立った活躍を見せていない新海桜だ。あいつもあいつで厄介なことこの上ないな。この体育祭に優勝できる可能性はほぼないに等しいが、リレー優勝という単体で括れば十分可能な範囲に収まっている。


 その他に参加するクラスは後二つ。リレーは三回に分けて6クラスずつ行われ最も早かったクラスが決勝戦へと進めるという流れになっている。幸か不幸か関わりのあるクラスばかりがこのリレーに参加することになってしまったらしい。因果応報という言葉が俺の脳裏によぎる。



(……)



 俺はこの時覚悟した。椎名彼方の正体はともかく、橘彼方の存在が知れ渡ってしまうことに。だってあいつなら、俺の走り方で見抜いてしまうだろうから。




 雪花姉弟。如月遊。新海桜。七瀬ナツメ。葉山颯太。これが今回、俺が全力を出して上回らなければならない敵。


 そしていつも俺と関わることが滅多になかった義姉さんが、今回は俺の味方。



「……」



 俺は昔、義姉さんが熱を出して倒れていた時のことを思い出す。あの時から義姉さんは大きく変わった。言動も、精神力も、俺との接し方も。その根本にあるのは、あの時の義姉さんの弱弱しい姿。それがまさか、俺が畏敬の念を払うまで成長するとは。



「……」



 なんというか、笑ってしまう。こんなにも頼りなく、心強い味方がいるとは。ぶっちゃけ義姉さんの運動神経はあまり期待していないが、頑張ってくれることを祈ろう。きっと最後まで諦めないで走ってくれるに違いないから。



 そして俺は義姉さんと一緒に未知数の強敵に挑む











——あとがき——


遅れてすみません。テスト習慣に突入してなかなか執筆が捗らなかった在原です。(なお来週もテスト習慣は続く)


推しの作者を見習ってなんとなく自分の他作品を宣伝したくなりましたので、下記にタイトルとリンクを張っておきます。

「この作品全然更新こねぇじゃん! 作者なにやっとんねん?」

と思われた方がいましたらそちらでも読んで一息ついておいてください。


なお二つ目に宣伝してる方はタイトル回収がようやくできたし、もしコメントがいただけれるならテスト期間を乗り切る励みになると思いますので是非に!


クラスで一番かわいい女子と友達の関係でいられなくなるまで

https://kakuyomu.jp/works/16816927860651265323


記憶喪失の青年はカフェで働き学園に通う ~失った分の幸せを取り戻すまで~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861508557009

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