第71話 ブレイクタイム
「何だったんだよあれは!?」
棒倒しが終わった直後、クラスの男子たちは口々に不満をぶつけていた。卑怯だの反則だのと言っている人もおり、リーダーであった葉山が待機所に戻る道中で男子たちを宥めている。
「だいたい、俺なんか足を引っかけられて転んだんだぞ! あんなのアリかよ!?」
「くっそ、あの一年生たち……俺ら上級生を完全に舐め腐ってやがるな」
「それよりもあのちっこい野郎だよ! 何なんだあいつは!?」
その不満の対象は先ほどの棒倒しで無双していた雪花と呼ばれる一年生の男子に向けられていた。中にはあの試合中に打撲などの軽傷を負ってしまったものもおり、凄まじいヘイトが向けられている。
「椎名、お前は怪我しなかったか?」
「え、ああ。俺は大丈夫だ」
「そうか、それはよかった。とりあえず訴え出てみるけど、話を聞くに自分で突っ込んでった奴らが自ら怪我しに行ったみたいなもんだし、たぶん無理だろうな」
そう言って葉山はみんなに待機所に向かうように告げ運営の方へと歩いて行った。俺はそのまま待機所に戻り雪花を探してみることにしよう。もしかしたら、何か話を聞くことができるかもしれない。
そうして葉山以外の棒倒しチームはクラスの女子や棒倒しに不参加だった男子たちと合流する。如月は暖かく出迎えてくれたものの、他の生徒たちの表情は暗い。そしてその顔ぶれの中には、相変わらず雪花がいなかった。そうして話題は再び先ほどの男子へとシフトする。
「あの子、何だったんだろうね?」
「イキってる一年だと思ったら、めちゃくちゃ強いしよ」
「しかも見たか? 空中で一回転してたぞ」
「それだけじゃない。3m近くある棒に助走をつけてしがみつくなんて……」
そうしてあの一年の話題で盛り上がるクラスメイトたち。そのまま棒倒しは進んでいきあっという間に決勝戦。雪花という男子が所属する1年2組は難なく決勝戦へと歩を進めていた。今から最後の棒倒しが始まるところだ。
(こいつらからしたら、急なダークホースが現れたってところだろうな)
確かにとんでもない脅威が現れたことに違いない。だが、あの1年2組にはもう一人捨て置けない人物が残っている。
『センパイ!』
そう、俺と同じくらい速く走れ、凄まじい蹴り技を繰り出せる七瀬ナツメがあの男子と同じクラスに在籍しているのだ。ダークホースどころではない、この体育祭における優勝候補の一つだろう。
(雪花の家に行ったとき、もう少し周りを観察するべきだったな)
そういえば、あの家にいたヤクザの下っ端連中の一人が『坊ちゃん』という言葉を溢していたが、あの雪花という少年がそうなのだろう。あの時はそこまで重要なことではないと意識していなかったが、今になって少しだけ後悔する。まさかあんなに驚異的な人物が同じ学校に潜んでいただなんて。
「瑠璃ちゃんもいないし、絶対に勝てると思ってた棒倒しで負けちゃうなんて。もうしっちゃかめっちゃかね」
如月はそう評してグラウンドで行われている棒倒しの成り行きを見守った。現在行われているのは例のクラスと3年生のクラスの決勝戦。俺たちの試合と同じように雪花が特攻して速攻で勝負を決めに行っている。そしてそう来ると分かっていたのか、3年生たちは攻めよりも守りを選択し雪花を近づけさせまいと棒の近くで待機し、多くの生徒が棒を支えている。
(まああいつがその気になればすべてを無視して棒に辿り着けるんだろうがな)
あの跳躍力は正直に言って俺以上だ。さらに棒の上に立ってもブレない体幹。そして一気に棒を倒した腕力などの爆発力。総合的に見てあいつ以上に運動神経がいい奴はあの場にいないのではないだろうか。体格的に有利な3年生たちに引けを取るどころか大きな差をつけている。
「見ろよ、また突っ走ってるぜ」
「あんな奴がいたなんてな」
「おいおい、名前なんだよ」
俺のクラスや周りのクラスでもその1年生の話題で盛り上がっている。中には部活動に勧誘しようとしているものもおり、色々な意味で騒がれていた。そして抵抗を見せる3年生たちを尻目に、勝負はあっという間についてしまった。
『棒倒し優勝は1年2組! 1年生が上級生に勝つという、下剋上を見せてくれましたぁぁ!!』
棒倒しは1年2組の優勝が決まった。彼らがこの棒倒しで得た得点は50点。最初の玉入れでも好成績を収めておりその合計は80点。俺たちのクラスはまだ玉入れの10点しか得られていないので、その差は歴然だ。少なくとも、ここからの逆転はかなり難しいだろう。
そう考えていたところで、またもや放送が入る。
『45分のお昼休憩を挟んだのち、障害物競走を開始します。競技に出る方は忘れず、時間通りに待機場所へお越しください』
棒倒しが終わったところで体育祭はお昼休みへと突入した。教室に戻る生徒もいれば待機場所にお弁当やシートを持ってきて食べだす生徒もいる。つまり、今日に限って言えばどこで昼食をとってもある程度は許されるということだ。ちなみに俺はいつも教室の自分の席で食べている。もちろん友人がいるはずもないので食事の時は一人だ。
(今日は、そうだな……用具室にでも行ってみるか?)
俺と何かと縁がある用具室。今回もそこでお世話になろうと思っていた時、校舎裏に向かっていく二人の男女を見つけた。少しだけ気になったので、俺はバレないように気配を殺して校舎裏へと向かう。そして角を曲がれば校舎裏というところまで近づき、その二人の生徒をのぞき込む。
「……平気なの? あんなに注目されて?」
「別に、隠してるわけじゃねーし。てゆーか、姉貴だって昨日オレに発破かけてただろーが」
「……ここまでやるとは思ってなかった」
「オレだって、姉貴が自分のクラスを離れて、空き教室のベランダからオレの写真を激写するとは思ってなかったわー」
「……やっぱ気づいてた?」
「途中でピースしといただろーが。ま、そのせいで周りからは煽ってると思われたみたいだがな」
「……ごめん」
「謝るなら最初からやるなよな」
「……ま、後悔はしてないけど」
「言うと思った」
そこでは雪花姉弟が校舎裏の段差に腰かけながら少し大きめのお弁当を食べていた。しかも二段の重箱という大掛かりなもので、時間をかけたであろう具材たちが敷き詰められていた。
(やっぱり、本当に姉弟だったのか)
雪花と雪花弟に気づかれないうちに俺はその場を離れる。もちろん完全に気配を殺しているので恐らく気づかれてはいないだろう。その場を離れるのと同時に、俺はあることに気づく。
(あ、だから俺って雪花のことが苦手だったのか)
如月や新海相手ならどうとでもできる自信があるのだが、雪花相手にはどこか攻めにくい印象があった。俺でも読み図れないような何かしらの能力を持っているか、特別な才能があるのかと思っていたのだが、真実は違った。
(姉属性……か)
俺がこの世で強気に出ることができない唯一の存在が義姉さん。雪花と初めて会った時から変な感覚を味わっていたのだが、義姉さんと同じような気配を俺が本能的に感じ取っていたのだろう。そして無意識に雪花と義姉さんを重ねてしまい、どこか気を許してしまっっていた。じゃなければあんな家に招かれて警戒せずに帰るなんて真似はしない。
「本っ当に、俺の周りは地雷だらけだなぁ」
別に今すぐ何とかしなければならないというわけではないのだが、あの姉弟とはできる限り関わらないようにしておこう。俺の過去とは完全に別物で、あの二人の間に暗いなにか見えている。あの二人の間にも俺の過去と同じように何か忘れたい因縁のようなものがあるのだろう。少なくとも俺にはそう感じた。
「ま、体育祭が終わったら追々考えておくか」
これからはもう少し気を付けなければ。そう実感して俺は用具室のドアを開く。とりあえず今は義姉さんが作ってくれたお弁当を食べることにしよう。そうして俺は常時空いている用具室へと足を踏み入れた。
「あ、センパイ!」
俺が入ろうとした用具室の中にいたのは跳び箱の上に腰かけてお弁当を食べる金髪少女。その人物が俺を見て驚きつつも笑顔で話しかけてきた。
「……」
俺はそのまま一歩引いて、静かにドアを閉めた。
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