第70話 棒倒し~VS猛犬~


(とうとう来てしまった)



 玉入れが終わっておよそ十分後。とうとう俺が出場する種目でもある棒倒しが始まろうとしていた。抽選によりいくつかのクラスがシードとして参加するが、俺たちのクラスはそれを勝ち取れず普通に出場する。

 シード権を持っているクラスは戦う回数が少ない分有利かもしれないが、出場できる回数が減り10点を無駄にしてしまうというあたりこればかりは平等なのかもしれない。


 さすがに自衛隊や防衛大のような苛烈な試合にはなっていないが、それを差し引いてもなかなかの見ものになっていた。今は二年生のクラス同士が戦っておりかなりの接戦を繰り広げている。どちらにも意地と戦略があって見ている分には面白い。


 俺たちのクラスが出場するのは3試合目。それまでは他クラスの棒倒しの光景を眺めている。あの中に俺が加わるなんて……頭痛がする。


 だが決まってしまった以上は仕方がない。あの理事長がいる手前、何とか目立たないように上手くやり過ごさなければ。俺がこの学校に通っているとあの男が知っているかは現時点で定かではないが警戒しておくに越したことはないだろう。


 そうして最初の試合が終了し次の試合の準備が始まったころに、背後でざわざわと声が聞こえる。もちろん俺のクラスだ。



「あれ、瑠璃ちゃんがいないわね?」


「ホントだ。雪花のやつどこ行ったんだよ?」


「うん、一緒に応援しようと思ってたのにねー」



 俺が背後を振り向くと、如月が慌ただしく雪花の姿を探していた。どうやら今の試合の合間でどこかへ姿を消したらしい。俺も周りを見渡してみるが雪花の姿は見当たらない。まあ、あいつ身長が低いし見つけにくいのも当然か。



 俺は探すのをすぐにやめて次の試合を眺める。次は1年生対3年生という理不尽な試合が始まった。体格的に有利な3年生相手に、1年生は果たしてどう戦うか。見ものだし気になるのだが……



「よしみんな、待機場所に向かおうぜ」



 次の試合が俺たちが出場する試合のため待機場所に向かわなければいけない。葉山がクラスに呼びかけると多くの男子がクラスの輪を離れその場所へと向かう。俺もトボトボと葉山が向かう方向へと向かう。とうとう始まってしまうのか。



「瑠璃ちゃん、どこ行っちゃったんだろ」



 最後に如月の声が聞こえてきたが、雪花のことはどうでもいいので無視して待機場所に向かうことにした。参加するのはクラスの男子20人ほど。相手は1年生。葉山の指示や戦略次第では容易に勝てる相手だろう。もちろん葉山の指示次第で負けることだって十分あり得るだろうが。



「みんな、とうとう本番だ。悔いを残さないよう、全力でやろう! ただし、相手に怪我はさせないようにな」


「「「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」」」



 みんなが拳を挙げて声を上げたので俺も真似しておくことにする。そうしてとうとう俺たちの出番がやってきた。俺はできるだけ下を向いてグラウンドの中心へと向かう。背後には俺たちが守るべき棒。そして俺たちの前には今から戦う1年生たち。



『それでは三試合目。1年2組対2年1組の試合を始めます! 両者位置についてください』



 俺は棒を支える役目を担っているので数名の生徒と一緒に棒を起こしてそのまま支える。葉山は向こう側へ行く生徒と棒の中間地点で臨機応変に対応するようだ。あいつの指示次第では、俺など棒を支える側の生徒も駆り出されるというわけだ。



「……ん?」



 ふと、1年生たちの様子に俺は疑問を覚える。そして葉山をはじめとする他の生徒たちも気が付き始めた。ほとんどの生徒が棒の近くに待機しており、二、三名の生徒しか前へと出ていない。しかも、棒の周囲を囲む生徒たちに全くやる気が見られないのだ。



「あいつら、戦う気あるのか?」


「もしかして、勝負捨ててるとか?」


「こっちは真剣にやってんのによ」



 1年生の態度を見てイラつくクラスメイト達。確かに一見ふざけているように見えるが、俺にはあいつらが何かに呆れているように見える。まあ、勘でしかないが。


 審判を務める体育委員の生徒も怪訝に思うが、双方のリーダーから問題ないという意思表示があったためそのまま試合を開始するようだ。そして会場全体に緊張が走り、僅かな静寂が生まれる中、とうとう開始の合図が始まる。



『それでは、棒倒し三試合目を始めます!』



 そして審判の生徒がスターターピストルを空に構え、クラスメイト達の間にも緊張が走る。ふと、俺は一人の生徒に目が行った。ズボンにあるポケットに手を入れて、余裕そうにしている。あいつは、確かこの前コンビニで雪花と一緒にいた……



 パァン!!



 俺がそう考えていると斜め前からけたたましい開始の音が聞こえ、騒々しい応援の声があたりから聞こえて来た。そしてそれと同時に俺たちのクラスで攻撃に回る者たちは相手の棒に向かって走り始める。



「いくぞ!」


「「「「「おう!」」」」」



 一斉に走り出す男子たちだが、向こうでこちらに走ってくるのは二、三人だけ。それも、一貫性なくバラバラに走ってくる。無視して走り抜けようとするクラスメイト達だったが



「……!」



 一人の生徒が一気にこちらへと特攻してきた。そう、雪花と一緒にいた男子生徒だ。迫りくる上級生たちをはねのけるついでに転ばせる。わかりにくいが足払いでも仕掛けたのだろうか。ルール上はグレーなところだな。だがその後に続いていた生徒には正々堂々と真正面から向かっていく。



「こいつ……食らえ!」


「……ハッ!」



 今度はタックルでのぶつかり合いだ。あれは、スクラムとでも呼べばいいだろうか。本来は複数の生徒同士で行い合うものだが、純粋な一対一。向かってきたクラスメイトは鼻で笑っているようにも見える。そしてその結果は



「ぐあっ!?」



 向かって来た男子生徒に押し返された。吹き飛ばされたことでうちのチームに動揺が走る。葉山も信じられない表情であの生徒のことを見ていた。あいつ、相当強いな。



「おお、やってんなぁ。これじゃ俺たちの出番ないぜ?」


「ま、俺たちは最初から予備みたいなもんだろ。しっかし、さっすがだな」



(……雪花、だと?)



 喧騒の中、俺の耳は近くをうろついていた一年生の声を拾う。ほかの奴らはあの一年生に夢中で聞いていなかったらしいが俺は確かに聞いた。あの生徒が雪花と呼ばれていたことを。





『反社会組織……いわゆるヤクザと繋がりを持つ生徒が入学してきたことです』


『えっと、気合が入ったバカ翡……猛犬がいるんで』


『……とりあえず、棒倒しは特にこれといって応援しない。あなたたちは怪我をしないよう身を守っておけばいい』



 ここ数日の会話が俺の頭で回転する。そしてピースが少しずつ合わさり、なんとなくだが理解できた。いや、むしろどうして今まで気が付かなかったのだろう。こんなにもヒントがたくさんあったというのに。まあ、雪花のことを勝手に一人っ子だと思っていた俺が短絡的過ぎただけかと結論付ける。



(……この試合、間違いなく負けるな)



 俺は直感的にそう確信した。こちらへと向かってくる雪花と呼ばれた男子は、明らかに異常だ。まず確実に七瀬や新海より強いし、状況判断が恐ろしく早い。俺が本気を出してようやく止められるほどの相手。まずうちのクラスメイト達に身体能力の面で勝ち目はない。


 雪花は力を見せつけた後は余計な生徒の相手をせずまっすぐにこちらへと向かってくる。あいつが見ているのは俺たちが守る棒だけ。それ以外の事は何も気にしていないようだ。特に脅威とも思っていないのだろう。それほどの実力がこの男には備わっている。



「っ! みんな、攻めてきている敵は数人だ。攻撃チームはいったん戻って守備に徹してくれ! 棒を守っている人は、前に出てスクラムの準備を! これ以上棒に近づけるな!」



 あの男子生徒のことをようやく脅威と認識したのか、葉山は急いで攻めに出ていたクラスメイト達を呼び戻す。そして俺を含む数名に前に出て進撃を妨害するように指示を出してきた。



「関係ねぇよ。まっすぐ棒に向かえばいいだけだ」



 すると奴はいきなり走るのをやめ歩き出した。どうやら単純に力で勝つのではなく何かを狙っているらしい。棒だけを見ているように見えてしっかり周りを見ている。明らかに何かを狙っているのだが、そんなことに気づくはずもない葉山をはじめとするクラスメイト達は雪花の前に立ち塞がった。



「絶対にここは通さない!」


「あっそ」



 雪花はそう言いながら葉山の目の前でジャンプした。それも空中でキレイに一回転をして壁として立ち塞がる生徒たちの真後ろへ。軽く2m以上飛んだことに呆気にとられるクラスメイト達だが、雪花は歩を止めない。まっすぐ棒へと進んでゆく。どうやらこいつが単騎で攻めて来る作戦らしい。



 そして雪花はゆっくりと棒に近づき……立ち塞がる俺と目が合った。



 彼はこちらへとゆっくり近づいて、立ち止まる。そのまま何をするわけでもなく俺たちは数秒間見つめ合った。何か言葉を交わすわけでもなく、無言の数秒間が過ぎる。もしかして、こいつ……



「来ないのか?」


「……」


「ま、別にいっか」



 雪花はそう呟くと俺の横を颯爽と通り過ぎた。まるで興味を失ったかのように、つまらなさそうな顔をして。俺はやる気が全くないので無抵抗を貫こうとしたのだが、どうやらその態度に失望されたらしい。俺としてはラッキーな展開だ。


 そして雪花は足に力を込めた。そしてニヤリと口の端を吊り上げる。棒を直接守る生徒たちは警戒してより強く棒を押さえようとするが、恐らくそれも無駄だろう。



「狙うは、上しかねぇよな!」



 そして雪花は先ほど以上の跳躍を見せ棒の先端へと容易に掴まる。



「なっ!?」



 いきなりの跳躍に驚いたのか棒の上に立って守っていた生徒は困惑し、そのまま容易に突き落とされる。そしてそれをカバーするために下で生徒たちがフォローするのだが、その隙をあの男が逃すはずもない。



「さっさと倒れろや!」



 雪花は一気に棒を傾けた。慌てて支えようとするクラスメイト達。そこに葉山たち攻撃部隊も加わるが雪花がその生徒たちの顔面を蹴り落とす。蹴られた生徒たちは大きく後方へ飛ばされてしまう。あれも色々とグレーだ。



 そして……



『そこまで! 勝者、1年2組!』



 棒が完全に傾いたところで審判の判断が下された。周りからは1年生を称える声が多くあり、どことなく雪花も嬉しそうだ。そういえば前に聞いた情報だと、デマを流されたせいで苦労したとかなんとか。今回のこれはそのイメージを払拭するというイメージもあったのだろう。雪花は自信のクラスのもとへと颯爽と戻っていく。遠目から見てもクラスで英雄のような扱いを受けている。あの様子を見るにもともとのイメージはだいぶ改善されたのだろう。



(……猛犬、か。確かに間違いないな)



 七瀬が言っていたのはあの雪花の事だろう。七瀬はあいつのことを猛犬という風に言っていたが、まさに言い得て妙だ。一人で上級生相手に暴れまわってくれたからな。ああいう奴がいるのは完全に想定していなかったが、これからは警戒しておくことにしよう。



「……ん?」



 俺はふと1年生の方から視線が飛んできていることに気づく。その方向を見ると、あの雪花がこちらを見ていることに気が付いた。だが俺と目が合うとあいつはまた目を逸らした。一体何なのだろうか。



(俺のことを知っている?……なわけないか)



 俺は自身の中に浮かんだ可能性をすぐに切り捨てる。あんな強い奴と知り合いだったら俺が忘れるはずないし、そもそも記憶にすらない。間違いなく初対面のはず……だよな。



 そうして俺たちは自クラスの元へと戻ってゆく。俺たちの棒倒しは初戦敗退という無残な結果で幕を閉じるのだった。

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