第69話 玉入れ~初陣~


 そうして開会式はつつがなく終了した。噂になっていた三浦という人が校長に対して選手宣誓を行い、教職員の話や体育委員長の話などで合計15分ほど立ち尽くした。足が棒になるかと思ったしこの時点でもう帰りたいと思ったが、あの男がいる以上余計に目立つことができなくなった。



(……まずは棒倒しを無難にこなさなきゃな)



 競技の順番は玉入れ→棒倒し→障害物競走→借り物競争→リレーの順番で行われる。つまり俺は全体で見て二番目の競技に参加するわけだ。最初に行われるのは玉入れで、確かこの競技は雪花が代表を務めていたはず。



「……」



 ふと雪花の方を見てみると、腕を曲げたり肩を回したりして上半身のウォーミングアップをしていた。下半身も動かさなければ準備運動の意味はないのだが、最低限の動きで最高の成果を残すつもりなのだろう。



『それでは皆さん! 玉入れは五分後に開始されます。選手の方は所定の位置に、それ以外の生徒は指定されている場所で応援をお願いします』



 会場のアナウンスでとうとう競技が始まることが伝えられた。係りの人たちが玉入れの籠が付いたポールと無数の玉を運んできており、急ピッチで準備が進められている。そしてそれに伴って雪花をはじめとする玉入れのメンバーたちも顔が引き締まってきた。



 玉入れは三クラスごとに行われ、その中から最も多く玉を入れることができたクラスが準決勝に、同じく準決勝で最も玉を入れることができたクラスが決勝戦へと進むことができるのだ。そして一回勝つことにクラスに10点が与えられる。ちなみに優勝は20点だ。



「頑張れー瑠璃ちゃん!」



 そして如月をはじめとするクラスの面々は玉入れに出場するクラスメイト達を激励し応援を始めた。そう、俺たちのクラスは玉入れの一回戦に出場するのだ。相手は同学年である二年生のクラスと三年生のクラス。見たところ野球部のような坊主頭の生徒も見受けられる。



(そういえばこの体育祭、いろいろとフェアじゃないんだよな)



 本来体育祭というものは公平を期すために種目と同系統の部活に所属する生徒の出場を禁止するのだ。だが、この体育祭ではそのような縛りはない。つまり、不公平な試合になる場合だってあるのだ。恐らくあのメンバーの中には野球部だけでなくハンドボール部やバスケットボール部など、ボールを扱いなれた生徒が数多くいるだろう。では、なぜそのようなことになってしまったのか。



(生徒会の内部で何かあったか、外部による影響か……)



 だが、それを不思議に思っている生徒はあまり多くない。むしろ自分の得意なジャンルで活躍できると張り切っているくらいだ。その例が如月で、陸上部自慢の足を活かしリレーで活躍して見せると豪語していた。恐らく葉山も似たようなものだろう。



(この体育祭での戦い……個人の戦力が勝敗を分かつな)



 中途半端な有象無象が戦うより、群を抜いて強い一人が戦った方が圧倒的に強いし効率がいい。場合によっては他の選手の温存になる。うちの玉入れチームで一番強いのは雪花だろう。野球部などもいるが雪花の方がコントロールが上手い。この勝負、あいつがどこまでやれるかにかかっているだろうな。



「……っと、ここか」



 つい考えこみながら歩いていたせいで待機場所を通り過ぎてしまうところだった。俺は空いているスペースに入り込みその場に立って観戦することにした。ちなみに椅子などはないのでずっと立ちっぱなしになる。



「さて、お手並み拝見だな」






『それでは第一種目、玉入れを開始します!』



 そしてとうとう体育祭がスタートした。玉入れに参加する生徒は全部で十名。彼らが体育祭の一番槍を決め込むといっても過言ではないし、この勝負で今後の勢いをコントロールできるかも左右される。果たしてこの勝負がどのように転ぶか……



『それでは、スタート!』



 激しいコールともに、体育祭最初の競技の幕が上がった。それと同時に耳を閉じたくなるほどの応援のコールが激しく響き、無数のボールが宙を舞った。雪花は素早くボールを拾い上げて、綺麗なアーチを描くように投げ込んだ。



「ふっ……ふんっ」



 雪花の投げたボールは驚くべきことに、そのどれもが正確に籠へと入っていく。入れるペースは決して早くないが、シュート率が百パーセントとは恐れ入る。あんなのがバスケとかにいたら十万人に一人の逸材だと祀り上げられるだろうに。まあ、あいつは面倒くさいと言ってそういうスポーツには手を出さなそうだが。



「……よし」



 どうやら雪花は自分の周りにあるボールをすべて投げ、すべて入れたようだ。他のクラスメイト達も奮闘した結果、かなりの数が籠の中に入っている。あれなら……



『玉入れ一回戦の勝者は、2年1組!』



「やったぁー!! さすが瑠璃ちゃん! みんなもナイスよ!!!」



 見事に俺たちのクラスが一回戦を制し周りから歓声が上がった。これで俺たちのクラスに10点が入ったというわけだ。しかも、どのクラスよりも早い最速での得点獲得。これは幸先のいいスタートになっただろう。


 そうして雪花たちがこちらの応援席までやってきた。次の試合、準決勝が始まるまではこちらで待機するようだ。



「みんな凄いわ!」


「へへっ、どうってことよ!」


「俺たち、マジで頑張ったな」


「よーし、このペースで優勝しようぜ!」


「「「「「「おう!!!」」」」」」



 如月の労いに男子たちはより一層気合を入れる。どうやらこの体育祭を本気で勝ちに行くようだ。対する雪花は落ち着いており、自分の手を見つめ肩を抑えていた。気まぐれに、少しだけ声を掛けてみようか。



「限界か?」


「……うるさい」


「ボール、投げ慣れてないんだろ」


「……はぁ」



 どうやら図星だったようだ。手のひらサイズとはいえボールを投げ慣れていないものが連続してボールを投げると肩を痛めるし腕にも負担がかかる。雪花の場合は手首に負担が掛かってきたのだろう。遠目に見ていただけだが、テニスをしていた時も頻繁に手首を回しラケットの持ち手を変えていた。やはり、雪花は体力が重要となる長期戦に向いていないのだろう。ボールを投げる量より質を選んでいるのがその証拠だ。


 俺は雪花から離れるが、それと入れ替わるタイミングで如月が雪花の方へと向かっていく。そして、思いっきり抱擁した。



「瑠璃ちゃん! この調子で頑張ってね」


「……」



 雪花は何も答えない。いや、答えられないのだろう。雪花の身長は低いし、他の人よりもより高く籠を見上げなければいけない。さらに上にボールを投げるのでより一層の力が必要となる。そこにコントロールを乗せるのならなおさらだ。つまり、腕や肩、手首の限界が見え始めてきたのだ。



(開幕早々、この調子で大丈夫なのかこいつ?)



 雪花は最後のリレーも兼任しているのだ。体に不具合が起きれば最後の試合に支障をきたすだろう。恐らくだが、雪花はここからセーブをし始める。投げるボールは先ほどの半分ほどになるだろう。


 センスは十二分にあるのに残念な奴だなと思ってしまう。こいつが本気でスポーツに取り組めばかなりの結果を残せるはずだろうに。何かスポーツなどに手が出せない理由でもあるのだろうか。例えば、家族に止められているとか。



 俺がそんなことを考えている間にも試合は進み、とうとう準決勝へと移り変わった。相手は一年生のクラスと三年生のクラス。それによく見ると……



(あれは……義姉さんのクラスか)



 その中に義姉さんの姿はないものの運動ができそうなやつが沢山混ざっていた。もちろん野球部などの姿もある。一年生のチームも似たような構成だ。



『それでは準決勝第一試合! はじめ!!』



 合図とともに再びボールと応援が激しく行きかう。うちのクラスは開始早々リードしていたものの、後半に入って一気に失速した。


 徐々に雪花がボールを投げなくなっていき、周りの男子たちも徐々に焦り始めたせいかシュートの成功確率がぐんと下がった。そしてその隙を他の二クラスが見逃すはずもなく、一気に大差をつけられた。


 そして……



『準決勝第一試合、勝者は3年1組!』



 三年生に見事追い抜かれ破られてしまった。俺の周りのクラスメイト達はがっくりと肩を落とし、如月もあちゃーといった感じでおでこに手を当てていた。まあ、もともと運動が苦手な人も多く混ざっていたのでよくやった方だと思う。



 そしてそのまま義姉さんのクラスが玉入れで優勝を果たし大きくリードした。一回優勝するだけで一回も勝てていないクラスと40点という大きな差がついてしまうあたり、やはり不公平な大会だ。何がともあれ俺たちのクラスと一位との差は30点差。果たしてここからどう逆転するというのだろうか。



 こうして、体育祭はまだまだ続く……











——あとがき——

今更ですが主人公やヒロインたちのクラス表と簡単なルールを

椎名彼方、如月遊、雪花瑠璃→2年1組

新海桜→2年2組

七瀬ナツメ→1年2組

椎名遥→3年1組


・各競技で一回勝つと10点で優勝すると20点獲得

・MVPなどによる特別得点もあり

・一番高いクラスが優勝

以上!


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