助けたはずの女の子たちに嫌われている俺、一人で生きることを決める ～でもおかしいな、あの時キミを救ったのは僕ですけど～

第16話 あなたに贈る絶縁状

　この展開が俺の頭の中に思い浮かんだのは雪花と初めて話した時だ。

　雪花は俺のことを地雷のような存在と評していた。言い方に棘があるものの、それを言われたとき妙に納得したのも事実だ。そしてもう一つ。

　俺からしてみれば、雪花瑠璃という女も俺と同等以上にクラスの地雷となり得る存在だった。

　雪花と話した時、彼女も何かしらの闇を抱えていると悟った。今まで助けたことがある女の子と、横目に見た雪花が似たような表情をしていたからだ。如月ほどではないが、彼女もクラスと俺にとって脅威になり得る存在。

　だからと言って、二人とも退学にしてしまうのも馬鹿な話だ。

　可能か不可能かで言えばいくらでも手段がある。だが、あの二人がうまく合わさり機能してくれれば、俺がわざわざ介入しなくてもクラスは安泰を迎えるだろうし俺に迷惑がかかることもない。

　特に如月はたった二日ほどでクラスをまとめ上げる存在になった。俺からしてみればそれはそれで十分な才能と言える。雪花も俺に匹敵するくらいの頭脳を持ち合わせていた。

　それならば、この二人を適切にコントロールした方が俺にとって有益だ。如月をコントロールするということは、クラスのコントロール権を得るも同義。

俺は如月の退学計画からプランを変更し、雪花を使った如月のコントロールに焦点を当てた。

　あの日の放課後、俺は雪花と話してから二つの仕掛けを施した。

　まず一つ目は、如月のロッカーに手紙を忍ばせたこと。俺が知り得る限りの如月の境遇を放課後の教室に一人残って日記のように書いてみた。最初はそれで脅そうかとも思ったが、それを教師に見せられたら犯人探しが始まってしまう。それでは元の子もない。

（それに如月は……）

　小学校の時と明らかに変わった如月を見て、俺は一つの確信を得る。

　あいつは、昔の僕（橘彼方）を模倣しているのだと。

　なぜそんな馬鹿なことをしているのかは理解に苦しむが、それならそれで利用できる。

俺は日記で如月が本来立っている場所に雪花の名前を代わりに書いておいた。手紙を見た如月は、雪花も自分と同じようにつらい思いをしたのだと勝手に思い込むだろう。

　さらに中途半端な正義感を爆発させて、雪花に無理やり近づこうとするのは目に見えていた。

　そして俺の想定通り、雪花をストーカーする如月という構図が完成した。

　唯一誤算だったのは、雪花の精神が想定より脆いものであったということだ。見込みでは一週間くらい待つことになると思っていた。

　だから俺は計画を早め、仕掛けをした次の日の夜には急いで契約書を作成した。大体必要なことは盛り込めたので、特に問題はないだろう。

　そして契約書を作成した日の夜、俺は二つ目の仕掛けを家ですることにした。

『ただいま』

　俺が帰宅した後しばらくして義姉さんが帰ってくる。新学期が始まったばかりで生徒会が忙しいと口にしていた。終わらなかった作業は家に持って帰ってきて次の日までにやるという徹底ぶり。義姉さんは生徒会への意見書をはじめとする資料をいくつか持ち帰っていた。

『……』

　だから俺はその中に、自分で書いた生徒会への意見を混ぜておいた。義姉さんは持ち帰った資料にすべて目を通していたし、案の定俺の書いた意見書にもその日のうちに目を通していた。

　内容としてはこんな感じだ。

『駅で迷惑行為をしている女子生徒がいる。友達でもない女子生徒に騒ぎながら付きまとい、もう一人の女子生徒は徹底的にそれを無視している。このままにはいじめなどのトラブルに発展する恐れがあるので生徒会に何とかしてほしい』

　義姉さんは次の日に前日の仕事を持ち込まない主義だ。必ずその日のうちに意見書を読んでくれると賭けたのだが、見事に俺はその賭けに勝った。

　途中で俺がクラスの話をして義姉さんに印象付けたことにより、義姉さんはこの意見書が頭に焼き付いたことだろう。

　そして俺が雪花と契約を交わした放課後。俺は遠くから如月に付きまとわれる雪花のことを見ていた。

　ちなみに昨日もずっと雪花たちのことをこっそりつけていた。行動を分析するためでもあるが、彼女たちがどのようなルートでどこまで一緒に帰宅するかを知りたかった。重要なのは駅にたどり着くまでの時間だ。

　そして雪花たちが駅に行くまでの時間と、学校から駅までの時間を計算して義姉さんに電話をかけた。

『もしもし義姉さん？』

『なによ、今ちょうど生徒会の仕事中なんだけど』

『駅で女子生徒が大声で言い合いしてて、周りの迷惑になってる』

『……』

　義姉さんを引っ張り出せるかはわからなかったが、規律に厳しい義姉さんのことだ。きっと生徒会の仕事を一時的に他のメンバーに任せ、来てくれると確信していた。

『……あんたには何とかできないの？』

『騒いでるの俺のクラスメイトなんだけど、クラスメイトだからこそ避けたいんだよね』

『それってどういう……ああ、そういうこと』

　義姉さんは一瞬だけ困惑していたが、すぐに俺の言ったことが分かったようだ。

　同じクラスの俺が学校に告げ口したと知れると俺のクラスでの立場が悪くなる。義姉と弟だからではなく、学校に通う一人の生徒としての意見。生徒会に携わるものとして、それを無視することはできない。

『……電話を繋いだままで、その生徒たちを見ときなさい』

『ありがと、義姉さん』

　そして俺の目論見通り義姉さんを駅に誘導することに成功した。そしてそこからは、まさに俺の理想通りの展開に持ち込むことができた。

　きっと如月は深く反省すると同時にきちんと雪花に向き合おうと考えを改めたことだろう。雪花も雪花で、少しだけ優しくなろうと努力するかもしれない。

　だから俺は、最後の仕上げに入ることにした。

　　　※

　俺は駅の改札口を通り、電車を待つホームへと入った。そして……ホームの長椅子に腰かける彼女を見つけた。

「大変そうだったな、如月」

「！？……椎名、くん？」

　俺がこの場にいること、そして話しかけてきたのが予想外だったのか目を見開いて驚く如月。先ほど涙を流したからか、その瞳は少しだけ腫れていた。

「椎名……もしかして、生徒会長って」

「俺の義姉だ。ついでに言うと、義姉さんに通報したのは俺だ」

「……え？」

　如月は驚くというより困惑していた。なぜ俺がそんなことをしたのかと。

　先程の出来事で二人がある程度距離を縮めたが、それはまだ計画の途中。この計画の本当の完成形はここからだ。

「いや、お前のことが可哀そうだったからつい通報しちゃったんだよ」

「私が……可哀そう？」

　何を言われているのか全く分かっていない如月。俺は如月の言葉を気にせずどんどん話を続けていく。

「雪花とかいうくだらない生徒に構って、挙句の果てに嫌われた。あんなやつ放っておけばよかったんだよ。雪花は、あのクラスにとって邪魔者なんだから」

「なにを……言って」

「お前も薄々感づいていただろ。雪花が、お前の行動に限界を迎えて殴りかかろうとしたことを。あの時横から見ていたから、あいつの肩と腕に力が入っているのが分かった。あれは単に肩が凝っていたとかじゃない。殴る直前のモーションだった。だから、助けてあげたんだよ。雪花とかいう不良品から」

　ぶっちゃけ雪花が手を出そうとしたのは予想外だった。闇を抱えているとは気づいていたが、まさか暴力という手段を取ろうとするとは。義姉さんが間に合わなかったら、危うく計画がすべて破綻するところだった。

「これからは、雪花を追い出すために皆で頑張ろう。クラスの皆も、お前が言えば協力してくれるはずだ」

「……やめて」

「体感しただろ、雪花がクラスにとってどれだけ害悪で邪悪な存在か。きっとあいつは、いつかまたお前のことを恨んで……」

「やめてって、言ってるでしょ！！！」

　俺の言葉を遮り否定するように、如月は大きな声で叫んだ。その表情は今までの悲哀ではなく純粋な怒りに満ち溢れていた。

「雪花さんを害悪とか邪悪とか、馬鹿にしないで！　あの子は、そんな子なんかじゃない。誰より優しくて、とっても可愛い子よ！」

「はっ、正気か？」

「それが、あなたの本性？」

　如月が俺にそう尋ねるも、俺はその言葉に何も返さない。如月と、これ以上言葉を交わす必要はなかった。

「あなたは……」

　如月が何か言おうとしていたが、ホームに電車が入ってきたことによりその声が遮られる。如月も突然の轟音に驚きつつ俺を睨むように立ち上がった。

　そして何も言わず電車の扉の方へと歩き出す。だが突然こちらに振り返り、俺に言った。

「あなた、サイテーね！」

　そしてそのまま何も言わず如月は電車に乗った。最後に見たその顔は小学校時代や今の教室でも見たことがないほどの怒りと憎しみで満ち溢れていた。