第17話 俺の正義
あれから、クラスの雰囲気が少し変わった。雰囲気というよりは人間関係と言った方がいいかもしれない。
「あ、雪花さんおはよう」
「……ふん」
明るくというわけではないが雪花と如月は朝の挨拶を交わしている。あの時に比べて関わる頻度は減り、如月の張り付けたような笑顔はなくなった。
一方の雪花も不快感を表さなくなった。きっと一番の要因は如月が落ち着いたということだろう。自己中心的な詰め寄りは無くなり適切な距離を保って雪花と接するようになった。時々だが雪花もきちんと言葉を交わしている。
「……」
そして俺とはあの時以来一度も話していないし目も合わせていない。お互いの間に見えない大きな壁ができたのだ。
俺の理想通り、如月は俺と関わるのをやめてくれた。これで第一目標は十分以上に達成できただろう。願わくばこれが一生続くことを祈っている。
そうこうしていると、放課後に雪花に呼び出しを食らった。如月が雪花を探していたが、手慣れたように如月の目線から外れて俺たちはいつかの用具室へ足を踏み入れる。そして雪花が睨むように俺に言った。
「……何をした」
「……俺は、何もしていない」
実際嘘ではない。俺は自身が妄想した小説をポストと間違えて如月のロッカーの中に入れただけだし、義姉さんに電話したのも生徒としてではなく義弟としての家族電話だ。如月とケンカしたのも偶然で青春のスパイス的なもの。
俺は自分の中でそう言い訳をしてみて、本当に何もしていないという表情を作り出す。すると雪花が呆れるように溜息をついた。
「……あなたに聞こうとした私が愚かだった」
「落ち込むなよ」
「……イラッ」
おっと、藪蛇だった。こういうところは少しだけ義姉さんに似てるかもな。そんなことを考えていると雪花は教室に戻ろうとしていた。さすがに怒らせすぎたか? まあ関係ないし知ったこっちゃないが。
「……帰る」
「そうだ、俺も一つ聞きたいことがあったんだ」
帰ろうとした雪花を俺は少しだけ引き留める。俺としても聞いてみたいことがあったんだ。興味本位ではあるし、俺にとって特に影響を及ぼすものではないがそれでもあえて聞いてみたい。
「……あなたが何も答えてくれないのに、私にだけ答えろと?」
「聞くだけ聞いて、答えたくなかったら答えなくていいさ」
そう言って俺は無理やり雪花を納得させる。雪花はすっかり頬を膨らませていたが。俺は雪花に構わず一人で勝手にしゃべりだす。
「お前が初めて如月に話しかけられたとき、確か本を読んでいたよな? こう、心理学がどうとか」
「……それが?」
あの言葉を聞いて少しだけ解せなかったのだ。如月は気づかなかったようだが、俺はちゃんと気づいていた。あの本が、明らかに違う種類の本だということに。
「最近のラノベは心理学を勉強することができるようになったのか?」
「……え……はっ!?」
ラノベ。俺がそう口に出した途端に見たことないくらい雪花が慌てだす。常に無表情を貫いていた顔も今では崩れアタフタしていた。
そもそも鞄にアニメキャラクターのストラップがついてるし、スマホのケースも明らかに何かのグッズ。この前ちらりとイヤホンから漏れ出る音が聞こえたが、あの曲調の明るさは確実にアニソンか何かだ。
「な、なに言って……」
「あの本の薄さで心理学はないだろ。何ならちらっと挿絵が見えたし、ラブコメか?」
「あ、ぅ」
俺がそう質問すると、雪花は顔を赤らめていた。どうやら人に知られたのが恥ずかしかったようで、今まで見たことがないくらいモジモジしてる。どうせならもう少し踏み込んでみようと悪戯心が働いた。
「お前が鞄にしてたストラップ。たしか、少し前にやってたアニメのキャラだよな。たしか……」
「……千鶴ちゃん」
「ん?」
「……彼〇お借りしますに出てくる……千鶴ちゃん」
そうして開き直ったかのように雪花はめちゃくちゃ早口でしゃべりだした。心なしか背景に炎が見えるし、今まで以上の圧を感じる。
「……二次元好きで何が悪い。今期のアニメも当然全部コンプしてるし、もれなく原作も全部買ってる。昨日も如月遊と別れた後に大量のラノベと漫画を買い込んで深夜まで読んでた。今期で気になった奴は本屋で原作と番外編を全部買ってその日のうちに読んでる。学校に持ってきているのはお気に入りのやつだけ。もちろんゲーム化したら買うしそのためのイベント遠征だってたまに行く。フィギュアを手に入れるためにクレーンゲームや一番くじに限界までつぎ込むし、限定グッズも通販サイトをすべて駆使して……おい、笑うな。二次元好きで何が悪い」
あまりに熱量がこもっていたのでつい笑ってしまった。あと雪花、最初と最後で同じこと言ってるし。
というかお前、そんな風に喋れたんだな。そっちの方が生き生きしていていいと思うんだが。口には決して出さないけど。
「つまり雪花はオタ……」
「オタク言うな」
※
俺と雪花の語らいから数日が過ぎた。何故だかはわからないが、雪花が俺に関わってくる機会が増えた。オタクのことに関する口止めをはじめとし、粘り強くあの日の真相を尋ねてくる。そのことについては、少しだけ失敗だったと認めよう。変に他人の趣味に突っ込むんじゃなかったな。
あいつが俺に口を開くたびにあの時のことを聞かれるが、俺は適当に濁すことにしている。嘘をつかないなどの誓約はあの契約書に記載されていないからだ。
「……そろそろ、教えてほしい」
ここ数日のことを考えながら一人の世界に閉じこもり空を眺めていると、雪花は飽きずに今日も話しかけてきた。こいつ、もしかして意外とお喋りなのか?
「……」
「……あの日、あなたは如月遊に何をしたの?」
雪花は俺と如月の間に何かがあったことを当然見抜いていた。この前まで雪花を誘うついでに俺も誘っていたのだが、俺にはその誘いが突然無くなった。
そしてクラスで様々な人と喋ることにしている如月は、あの時から一度も俺と話していないのだ。隣の席に座っている雪花には見破られて当然だ。
「本当に何もなかったさ」
「……そう」
俺がそう濁すと、雪花はそれ以上の追及をやめる。これが俺と雪花の距離感。できればお前もこれ以上余計なことをしないでほしい。
「あ、雪花さん」
俺と雪花が話を切り上げたところで、ちょうど如月が乱入してくる。おそらく俺たちのことをずっと伺っていたのだろう。雪花を俺から引きはがすために。
「その、今日は陸上部が休みだから……一緒に帰っちゃ、ダメかな?」
以前の如月はそんなことを言わずに無理やりついて行っていた。その言葉が出るようになっただけ如月も成長したのだろう。
「……」
そして訪れる沈黙。俺のことを完全に無視し、固唾を飲み込んで雪花の返答を待つ如月。彼女にとっては緊迫の瞬間だが、雪花はいつものように無表情で
「……今日は、寄り道せずにまっすぐ帰る」
「あ、やっぱりそうよね。じゃあ、やっぱりまた今度……」
「……まっすぐ帰るけど、分かれ道までなら付き合ってやらないこともない」
「!……ありがと、雪花さん!」
そうして満面の笑みで自分の机へと戻る如月。あいつはきっと大急ぎで帰宅の準備を進めるのだろう。対する雪花はマイペースで、焦って帰宅の準備をすることなく音楽(アニソン)を聴いて空を眺めている。きっと如月が友人たちともう少し話すと分かって待ってあげているのだろう。
(雪花って、もしかしてツンデ……)
そんなことを考えていたら、音楽を聴いていたはずの雪花にキリリと睨まれた。もしかしてこいつは神通力でも使えるのか?
「……やっぱり、あなたのことは信用できない」
「どうぞご勝手に」
そうして雪花は教室を出ていく。それに気づいた如月もあわてて雪花を追いかけそっと並ぶようにして歩き始めた。時間が経てば、二人は本当に友達になれるかもしれない。
(……友達、か)
あの中学校の日、俺が友達と呼んでいた人たちはみんな俺のことを罵倒して敵とみなした。友達なんて、結局のところビジネスパートナーと一緒なのだ。自分にとって害となるなら、いつでも平気で切り捨てられる。だが、案外それくらいがちょうどいいのかもしれない。
俺は再び窓の外を眺める。早いことにあの二人はもう校門の前まで辿り着き歩いていた。きっと雪花が本屋かゲームショップに行きたくて早歩きになっているのだろう。もしかして時間が経てば如月に自分の趣味を布教し始めるかもしれないな。
まあ……せいぜい利用させてもらおう。
如月遊が白と言えばこのクラスでは白となる。そして雪花が如月ともう少し親密な関係になれば如月は雪花に依存するだろう。かつての俺の幻影に縛られているように。
あの契約書には雪花がクラスのリーダーかそれと同等の立場になることが誓約として記載されていた。如月遊と友達以上の関係になれたら、実質的にクラスのリーダーになると同義。つまり、クラス全体の決定権を雪花が得るのだ。雪花が、如月を好きに操れる。
そしてそれを、俺がコントロールする。
他人に憎まれようと関係ない。最後の瞬間に、俺が立ってさえいればあとはもう何がどうなってもいいのだから。どれだけ罵倒されようと、どれだけ嫌悪されようと、俺にはもう響かない。誰かが俺を利用しようとするなら、問答無用で排除する。友人も仲間も、家族でさえも躊躇わない。
これが、俺の
第1章 悪意のプレリュード 完
――あとがき――
ここまで読んでいただきありがとうございます。この物語は章による構成にしようと思っているので、この17話で第1章は終了です。
一応ラブコメの枠で投稿しているのですが、ラブコメ要素とはかけ離れつつあるのでラブコメ(?)という感じです。(割と詐欺なのではないかと思い始める作者)
とはいえラブコメの要素も少しずつですが加えていければなと思っています。
遅れましたがたくさんのレビューや応援コメント(Twitter含む)をありがとうございます。ここまでPVが増えるとは思っていなかったし、ラブコメや総合のランキングに載ると思っていなかったので本当に感激してます。
もしよろしければレビューと応援などをお願いします。コメントを投稿していただければよっぽどでない限り返信いたしますので。いつも皆さんのコメントを見て元気をもらっている作者です! 是非お気軽に!!!
それでは皆様、次の展開にご期待を!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます