幕間 橘彼方①


 ——これは、椎名彼方がまだ橘彼方だった頃の物語——


 僕が小学五年生の時、クラスに変な女の子がいた。入学してからずっと同じクラスだったのに一度も喋ったことのない不思議な子。


「……」


 いつも無口で下を向き、みんなから勉強ができないと馬鹿にされていた女の子。

 僕がクラスのみんなに言い聞かせたことで、あの子のことを馬鹿にする声はなくなった。むしろみんな心配して彼女を見守っているくらいなのだ。だが、本人がそれに気づかずいつもみんなと関わるのを避けている。否、怖がってすらいるのだろう。


「おーい、彼方!」


 教室の外から他のクラスの人たちが呼んでいる。あれは……隣のクラスのタロウ君だ。昼休みに入ったばかりだし、きっと遊びのお誘いだろう。


「お、今日は何するの?」


「へへ、昨日はサッカーで無双されちゃったからな。今日は体育館が使えるし、みんなでバスケしようぜ!」


「バスケ、か……いいね!」


「お、なんだなんだ、俺たちも混ぜろよ!」


 僕が乗り気になると、教室にいた皆も立ち上がり一緒に体育館に向かおうとしていた。うん、みんなでバスケというのも乙だな。気が付けば男子だけでなく女子も巻き込んでみんなで体育館に向かっている。これが僕、橘彼方の日常だ。


 そうして僕は先ほどの女の子から視線を外しみんなと体育館に向かう。解決できないことにこだわり続けても仕方がない。それに昨日は動き足りなかったし、久しぶりに弾けるかな!



——十五分後——



「ぜぇ、ぜぇ……」


「誰だよっ、彼方にバスケ教えたのは……」


「え? バスケットボールに触るの今日が生まれて初めてなんだけど……」


 バスケは僕がいたチームの圧勝。なんか既視感があると思ったら、昨日のサッカーと同じ光景だ。うん、初めてのわりになかなかやるな僕。


「ど、どうしてそんなにシュートが入るんだよ?」


「なんとなく放ってたら入らない? だってゴールが動いたりしないじゃん」


「昨日のサッカーと同じ言い分だ!?」


 僕が運動をするとなぜかみんなが騒ぎ出す。おかしいなぁ、テレビで見るプロの動きを見よう見まねで真似しているだけなのに……


「あと五分でチャイムなるけど、もう一回やる?」


「……みんな集合!」


 さっきまで喋っていたタクヤ君がみんなに集合をかけた。あれ、僕は仲間外れ?


 そう思っていると、真剣な顔をした男子たちが僕に向かって言い放つ。


「彼方、エキシビジョンマッチだ! 一対九で、お前は勝てるかな?」


「あーちょっと! それはいくら何でも卑怯でしょうがぁ!?」


 そうして僕の気持ちを無視して始まるエキシビジョンマッチと名付けられた集団リンチ。しかも昨日サッカーで負けた人たちを中心にギラギラと目が輝いていらっしゃる。外野で見学していた女子たちもなぜか盛り上がっているし。


 ああもう、やってやろうじゃないか!!



   ※



「……おかしいだろ」


 そう嘆きながら壁に手を当てるのはケンタ君。というか、みんなも床に手をついてものすごく落ち込んでた。最初の楽しかったムードも気づけばどんよりムードに。あれ、昨日のサッカーも最後はこんな風になっていたような……


「なんでこの人数を相手に涼しい顔して勝利を収められるんだよ、化け物か?」


「フフフ、正義は悪に負けないのだよ」


「誰が悪じゃ!」


 おっと、つい癖が。僕は一言余計なことを言ってしまうらしい。なんでも、みんなはそのささやかな一言で絶望するとかしないとか……


 チャイムが鳴り僕たちは教室に急いで戻る。ちなみに片づけはちゃんとみんなで行いましたよ。僕は勝者の特権で監督役だったけど。


「ふぅ、いい汗かいたぜ」


 柄にもないことを言いながら教室の中へと戻る。ああ、クーラーを導入してくれた教育委員会の人に感謝だ。こんどお礼の手紙を学校代表で書いてみようかな? もちろん匿名で。


(……あ)


 僕は教室の扉を開けまっすぐ進んだのだが、方向的にまたもや見えてしまった。あの、無口な女の子が。


(……やっぱり誰とも話せてない、か)


 僕はあの子が勇気を出してみんなに関わってくれるのを待っている。こちらから関わろうとすると彼女を怖がらせてしまうかもしれないし、本人が他人と関わるのを嫌がっている場合もある。だからこそ僕はこの問題に悩まされていた。


 あーあ、そろそろ僕から話しかけてみようかな……


 そんなことを考えていたらあっという間に一日が終わってしまった。うん、やっぱり一つのことに集中しすぎるのは良くないね。とりあえず今日は諦めることにしてみんなと帰った。


 そして次の日、僕は教室の異変に気付く。


(あれ? 今日は来てないんだ)


 いつも目に入るあの女の子が今日は欠席していた。おかしいな、彼女はなんやかんやで出席だけは真面目にしていたのに。


 体調不良は誰しもあるかなんて思いつつ、僕は昼休みに職員室の前を通り過ぎる。僕の中で最近のトレンドは校長先生と株の話で盛り上がることだ。たぶんあの人、めちゃめちゃ儲けてる。


「……如……ちゃ……わから……」


「およ?」


 僕は教室の中から聞こえてきた単語に引き留められる。先ほどまで考えていた女の子の名前が職員室の中から聞こえた気がしたからだ。僕はバレないように職員室の扉にひっそりと張り付く。

職員室の扉が閉まっているが集中して聞けば何とか聞き取れるし、少しだけ開いた隙間から喋っている先生の口元を見れる。傍から見ればスパイ見習い。


 ふふふ、こういう時にこそ必死に極めた読唇術と生まれ持った耳の良さが役に立つのだ!


「それじゃ、警察に連絡を?」


「ええ。如月ちゃんの両親とは連絡がつかないので、最終的にはそうなるかと」


「ふむ、如月ちゃんか。あの子の両親が子育てを放任しているという疑いがあると教育委員会から通達は受けていたが……」


「もし、如月ちゃんに何かあったとしたら」



「……」


 どうやら、緊急事態発生のようだ。話の会話を断片的に整理すると、あの女の子……如月遊ちゃんと連絡が取れず、両親とも連絡が取れない。さらには、両親が彼女を虐待している容疑あり、ってところかな。


(放任か……もし事件や事故に巻き込まれてもすぐに連絡が届くことはないね)


 それどころか仮に何かに巻き込まれていたとして全てが発覚したころにはもう手遅れになっている恐れも。この学校の先生たちはみんな温厚だ。だからこそ、事態を楽観視している節がある。


(……ヒーローは、こんな時どうする?)


 そんなの、決まってる。よーし、久しぶりに動いてみるか―


 僕は進路を校長室から保健室に変更する。すまぬな校長先生、株の話はまた今度で。


 そして僕は体調不良と嘘をつき、ちゃんと正式な手続きを取って学校を早退することにした。これで午後の間はある程度だが自由に動けるようになった。保健室のおばちゃんに『またお前か』と言われたのは気まずかったが。


「うーん、まずは足取りを追わないと」


 よくよく考えてみれば僕はあの子の家を知らない。仮に事件に巻き込まれていたとしても、おそらくまだ捜査は始まっていないだろう。それなら、可能な限り新しい手掛かりが欲しい。そうだ、まずは……


「うん、一回家に戻ろー」


 そうして僕は早歩きで家に帰る。十分ほど全力で走れば見えてくるボロボロアパート。外見はボロボロだが中身は綺麗にしているつもりだ。なにせ僕が最初に極めたのは家事スキルです、はい。


 そして僕は昔お父さんが使っていたパソコンを立ち上げてネットに接続する。こんな家でもネットに繋がっているあたり、お母さんのこだわりが垣間見える。さすがファッションデザイナーの卵。


 そして……


「学校の近くに監視カメラが一つあったよなぁ、えーっと、どうやるんだっけ」


 僕は立ち上げたパソコンに入っているソフトを起動させ、うろ覚えのコードをどんどん打ち込んでいく。確かこれで……


「おー、意外とくっきり見える」


 古いパソコンだったから少し不安だったが、問題なく監視カメラの映像を見ることができた。よし、ハッキング成功!


 そうして僕は昨日の放課後にまで時間を遡り、監視カメラをぼーっと眺める。そして、如月ちゃんが通ったところを見た。


「お、いたいた。じゃあ次は、あそこの防犯カメラかな?」


 そして僕はどんどん監視カメラをハッキングしていく。使ったコードを一度コピーしてしまえば簡単にカメラをお借り(ハッキング)することができたので割とスムーズに捜査は進んでいく。そして……


「ここだ!」


 僕は見つけてしまう。大柄な男が如月ちゃんを後ろから襲い連れ去ってしまう瞬間を。何かあったんじゃないかとは思っていたのだが、ここまでがっつり事件に巻き込まれていたとは思っていなかった。


「マジで!? 急いで追跡しないと!!」


 如月ちゃんが事件に巻き込まれていたことを知った僕は急いで車の行き先を監視カメラで追跡する。約三十分ほどの時間がかかったが、僕は何とか犯人が向かった場所を特定する。


「隣町の山の中……あそこは確か、昔炭鉱で有名だったよな」


 俺は急いで自分の中にある知識を引っ張り出す。犯人が向かったのは昔炭鉱があったことで有名な山の中。だが近年の環境問題を重視する風潮のせいで石炭の需要が圧倒的に減ってしまったと社会の授業で言っていたようないなかったような。

だが、もしかしたらその時使われていた小屋などが残っているのかもしれない。犯人はいいところに目を付けたものだ。


「場所は分かった。なら後は……」


 カメラをハッキングしまくるというスレスレな行為に手を染めたのでさすがに警察に頼るわけにはいかない。最終的にはやむを得ないが、それでもできる限り自分の力で何とかしたかった。

 僕はパソコンで予約メールを打ちながら計画を入念に考える。このメールは設定した時間までに僕が戻らなかった場合にのみ送信される。つまり、僕が犯人に捕まってしまった時の保険だ。


「よし、行こう!」


 僕はあるだけの小銭を握り締め、急いでバスに乗り隣町へと向かった。



   ※



 山の中には案外簡単に入ることができた。私有地だったのだが本来あるべきフェンスなどは存在せず、入ろうと思えばだれでもはいれるようになっている。だからこそ、犯人はここを根城に選んだのだろう。


「……」


 僕は緊張しながら山を登っていく。僕が今回のお供に選んだのは自作の催眠剤を入れた特製スプレーと昔にお父さんが使っていた警棒だ。このような事態に備えて、僕は秘密兵器(ただの防犯グッズ)をたくさん所持している。


僕の身長は小さいが、不意打ちを食らわない限り何とかすることはできるだろう。可能なら、犯人を無力化するところまではいきたい。


「……見つけた」


 そして僕は案外簡単に小屋を発見した。明かりがついていたし人の気配がする。何なら近くに車が止まっていた。ナンバーを照合してみると間違いなく犯人の車だった。


「……よし」


 僕は意を決して小屋の中を覗く。すると……


「ゴォー……ゴォー……」


(……寝てる)


 犯人の男はぐっすりと眠っていた。近くに酒瓶が置いてあることから、酔いつぶれて眠ってしまったのだろうと推測する。もしそうなら、犯罪者三流以下だ。これなら何とでもなる。


(まあ、念には念を聞かせて)


 僕は持参してきた特製スプレーを犯人に向かって噴射しておいた。お酒の力と相まってしばらく目を覚ますことはないだろう。


「今のうちに如月ちゃんを……」


 僕は必死になってあたりを見回した。だが、如月ちゃんの気配はしない。となると、隣の部屋か?


 そう考えた僕はゆっくりと部屋の扉を開ける。そして……いた。


「眠ってる……」


 如月ちゃんの服を見回すが特に荒らされた形跡はない。どうやら酷いことは何もされていないようだと僕は安心して息を吐く。


 そうして僕は如月ちゃんをおんぶして山の下山を始めた。


(せっかくだし、今度から下の名前で呼んでみようかな)


 隣のクラスはまだしも、自分のクラスの生徒は可能な限り下の名前で呼ぶことにしている僕。教室の中で唯一苗字で呼んでいるのはこの子だけだ。そうすれば、もしかしたらこの子も心を開きやすくなるかもしれない。


(いつか、この子にとってのヒーローが現れますように)


 きっとこの世全ての人に、その人にとってのヒーローとなる人物がいるのだと思う。そうすれば、僕みたいな紛い物のヒーローなんていらないのだ。だからこそ、僕は願う。ヒーローなんかいらない優しい世界になりますように……と。


 そうして僕は如月遊ちゃんを抱えて黙々と山を下山し始める。これが、如月遊にとって始まりの日になるとも知らずに……










——あとがき——

どうも皆さん、在原ナオです。

今回は過去の如月に起きた誘拐事件を彼方視線で描いてみました。かつての欠片を集める感覚で、橘彼方のこともその都度気が向いたら書いていきたいと思います。それと次回から第2章に入りますのでお楽しみに。


さて、それはそうとラブコメタグ詐欺と呼ばれ続けた作者ですが、一度Twitterできちんとアンケートを取ることにします。とりあえず期限は3日ほどで。内容は下記の通り。


1.このままラブコメ枠で突き進む!

2.いやいや、これは現代ドラマだろ!

3.ここから異世界ファンタジーに持っていく


ラブコメタグ詐欺を自分の個性にしてもいい気がしてきましたが、皆様の声もありましたのできちんとご意見をお聞きしてみたいです。この話のコメントでもいいので、感想と意見を待ちしてます!

(ちなみに作者は1に一票)


それとよろしければTwitterのフォローを(フォロワーがフォローしてる人数に追いついてなくてがっくり来てる作者です、、、)


アンケートはTwitterの固定ツイートのところに貼っておきますね。

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