第2章 片翼の旅路

第18話 最悪のスタート


 あの日のことを、私はすべて覚えている。


 私にとっての運命の人はある日唐突に現れて、いとも簡単に私のことを救って見せた。


 格好良くて、優しくて、ヒーローみたいに何でもできる彼がどんなに羨ましかったことか。彼は腐りきっていた学校の不条理に一人抗い、常にみんなのために行動していた。


 私にとっての初めての友達で、仲間で、師匠で、相棒で、私の人生を色鮮やかに彩ってくれた私のヒーロー。


 私は彼が大好きだった。けれどそれ以上に……彼のことを許せない。思い出しただけで、思わず握った拳に力が入ってしまう。


『どうしてっ……私のことを、騙していたの!?』


 あの日、彼に向けて言った言葉は今も一言一句覚えている。だって、私があそこまで憎悪の炎に染まったことは人生で一度もなかったから。

 信じていた人に、思わぬ形で裏切られた。それがどれほどまでに苦しかったことか。今だって思い出せば吐き気がするくらいには嫌悪感が残っている。

 それに……


『……なん、で?』


 彼のあの時の顔と言葉が、この脳裏に焼き付いてしまっている。可能なら脳を取り出してでも抹消してしまいたい汚点。私は、なんであんな人に……


 だから私は変わった。常に自分を貫き、自分が信じたものだけを突き詰めていく。あの男のことを、上書きして乗り越えていくように。


 ヒーローはもういらない


   ※



 俺が二年生に進級してから一週間が過ぎた。


 当時はどこか足がつかなかった一年生たちも次第に学校に慣れ始め、進級した俺たちも新しい環境に適応し始めていた。

 一年生はもう所属する部活動を決めた頃合いだろう。この学校では一週間の部活動体験期間を設けており、ちょうど今日になったら担任の先生に部活動の入部希望を提出することになっている。ちなみに俺は昨年に引き続き帰宅部だ。


「ねぇ瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃんは部活動には入らないの?」


「……必要ない。時間が削られるのは嫌いだから」


「ほわー、やっぱり優等生だねぇ」


 俺の隣でそんな会話を繰り広げるのはつい先日までギスギスしていたはずの如月と雪花だ。

 雪花はどうやら如月に下の名前で呼ぶことを許可したようだ。最初は渋っていたようだが、別に実害はないと開き直り放任したらしい。

 あと雪花、時間が削られるというのはオタ活の時間がってことか?


「……」


 やば、睨まれた。やっぱりあいつは神通力の使い手なのかもしれない。なんだ、異世界帰りか何かか?


 そんなくだらない事を考えていると、担任の七宮先生が教室の中に入ってくる。今はちょうど五時間目の休み時間。六時間目はホームルームになっており、とあるものを決めることになっている。


(さて、今年はどうするか……)


 俺が思考を巡らせていると、すぐにチャイムが鳴ってしまう。如月は自分の席に帰るかと思いきや教壇の方に向かった。


「それじゃ如月さん、あとはよろしくー」


「はい、任せてください!」


 そう言えばあいつこのクラスの委員長だったな。すっかり忘れていた肩書に俺は苦笑してしまいそうになるのを堪える。そんな俺の様子などつゆ知らず、如月はさっそく仕切り始める。


「はーい、これから今年所属する委員会を決めまーす!」


 委員会。それは学校という組織に所属する生徒なら誰しもが所属しなければいけないもの。学校という組織を運営するには必要不可欠なものだが、いかんせんこの学校の委員会には当たりはずれが多い。

 特に風紀委員会などは生徒からに不人気が高く、仕事が多いことで有名だ。


(俺が狙うべきは……)


 やはり、昨年に引き続き図書委員が無難といったところか。あれはカウンターに座っていればいいだけの簡単な仕事。もともとこの学校の図書室はあまり広くないし利用する生徒も少ない。つまり、実質的に担う仕事はないに等しい。


(……よし)


 俺が勝手に覚悟を決めていた時、如月が不敵な笑みでしゃべり始める


「時間がかかるのもあれだなーって思ったので、私で委員会表(仮)を作ってみました! これを見て不満がある人がいた時には挙手制にでもしようかなと思うんだけれど、どうかな?」


(なん……だと!?)


 あの自己中女、とんでもないことをやってくれたな。さすがにこれは予想外だった。そしてクラスの連中は貼り出された表を見て首をひねる者や感心する者など様々な反応があった。


「ちなみに、これはみんなの性格や能力をもとに決めてみました! 嫌な人、いるかな?」


 あなたのことを見て決めました。そんなことを言われてしまえば断れる人などそうそういない。相手の心理的な面をついたいやらしい手だ。やはりあの女、変なところでずる賢い。変更を申し出る生徒が果たして出るのかどうか。


だが、一人だけいた。真っ向から如月に意見できる奴が。


「……おい」


「あら、どうしたの瑠璃ちゃん?」


「……なんで私がこのクラスの副委員長になってる?」


 表をよく見ると、ああ本当だ。雪花の上にはこのクラスの副委員長という大層な称号が飾られていた。もちろん、雪花の目は普通にキレている目だ。


「だって、このクラスで一番頭いいのって瑠璃ちゃんでしょ? 私って意外と馬鹿だから、頭いい人にサポートしてもらえれば怖いものなしだなーって」


「……」


「瑠璃ちゃんの頭の良さを吟味した結果だったんだけど、無理そうなら大丈夫よ?」


「……くぅ」


 頭がいいと褒めたたえられた雪花は、意外とすぐに折れてしまった。こいつ、褒められることに慣れてないな。それに頭がいいということを連呼されてしまったらプライドの高そうな雪花はまあ答えるだろうな。

 本当に、ずる賢く育ったものだ。


(さて、俺は……)


 俺も委員会表(仮)に目を通し自分の所属することになった委員会を探す。そして・・・・・・


(……あの女)


 俺はこの学校で不人気度が高い風紀委員会に所属させられていた。その他の生徒は確かに相応の委員会になっていたが、俺だけ明らかに嫌がらせの意図を感じられる。


(……)


 俺がちらりと如月の方を見ると、あいつはニヤリとした笑みを向けて口の端を吊り上げていた。やはり、意図的な嫌がらせか。


(……やっぱり適当に処分しとくべきだったか)


 もしかしたらあの時見せた俺の性悪な性格(演技)を真に受けて、俺を更生させるとかそんな狙いがあるのかもしれない。もしそうなら本当に面倒くさい女だ。

 ちょっとだけ後悔に悩まされるが自分の選択を間違ったとは思わない。いや、思わないようにすると決めている。

 これは、僕の時から唯一変わっていないものかもな。


(風紀委員会……か)


 たしか朝のあいさつ運動に校内の見回り活動、さらには学校の風紀を守るためポスターの作成をしたり……

 やば、割と面倒くさい委員会に当たっちまったな。


「はーい、もし反対の人がいないならこれで決定になっちゃいますけど大丈夫そうですか?」


 如月は俺のことを視界に入れずクラスの連中に話しかける。おそらく俺が反対しても自分で変わりの人を探し手とかなんとか言われることになるだろう。いいところを狙ったものだ。


 そしてクラスから反対の意見が出ることはなかった。きっとあいつなりにうまいように分けたのだろう。なんやかんやでクラスの連中をよく見ているらしい。


「それじゃ、決まりね!」


 そう言うと如月は満面の笑みで教壇に一人立った。それを見た七宮先生がニコニコ顔で如月のことを褒めながら決定された表を持ち職員室の方へと歩いて行った。

 というか七宮先生、さっきまで少し居眠りしてただろ……


「それじゃ、せっかくなので今度の勉強会について相談を……」


 何やら如月が関係のないことまで教壇で話し始めていた。俺と雪花はほぼ同時に意識を外し教室の窓から空を眺める。こういう時は気が合うよな、俺たち。


 こうして、俺の最悪な学校生活が約束されてしまった。

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