第19話 募る不安
次の日、俺はいつも通り学校に向かっていた。
(まさか義姉さんにあんな顔されるなんてね)
昨日の夜、義姉さんに俺が風紀委員会になったことを報告したら椅子から転げ落ちそうになっていた。義姉さんにとっては衝撃的なことだったのだろうか目を見開いて驚いていた。そして義姉さんからの一言。
『あんた、熱でもあるの?』
さすがに酷くはないだろうか?
そうして俺は腑に落ちないまま学校に向かうことになった。よし、如月にはいつかどこかで復讐してやることにしよう。
そんなことを考えていると、またもやあの生徒が目に入る。
(金髪碧眼……七瀬ナツメか)
最近になってようやくうちのクラスにも彼女の話題が届いてきた。一年生にハーフでモデルをやっているスーパー美少女が入学してきたと。如月も興味津々そうに騒いでいるのを教室の隅っこで聞いていた。
俺も気になってネットで調べてみたが、まだモデル駆け出しといったところだ。だがそのルックスからルーキーにして何かの雑誌の表紙を飾ったとかなんとか。
そんなこともあり、今話題の高校生だともてはやされている。よく見ると、彼女の周りを囲み張り付くように男子が歩いていた。きっとお互いに牽制し合っているんだろうな。
「……くだらな」
おっと、つい口に出してしまった。だがそれも仕方ないだろう、だって本当にしょうもないと思ってしまったんだから。きっと彼らは、七瀬に魅入ってしまったのだろう。
(下心……いや、恋心……ねぇ)
俺はあいにく恋というものをしたことがない。それどころか男も女も同じようなものだと思っている節がある。体の構造がちょっと違うだけで、男と女に差などない。男女間で違いが生まれるのは育て方のアプローチがぞれぞれ違うからだ。
俺は男として育てられてきたものの、もし女の子のように育てられていたらどうなっていたのだろう。ふと想像してみるが、やはりよくわからない。
(……ばあちゃん、俺に他人の気持ちはわからないよ)
人が何を考えているかはなんとなくわかってしまう俺だが、なぜそんなことを考えているのかがわからない。結果は分かるが、なぜそこに至るかの途中式が導き出せないのだ。
『十人十色。この言葉を覚えておきなさい』
ばあちゃんはそんなことも言っていた気がする。だが、別にそんなものどうでもよくないか? 人それぞれに考え方があったところで、そんなもの時間が経てばコロコロ変わってしまう。結局のところ感情論なんてあてにならないのだ。
「……」
ササッ!
俺が一人で哲学的なことを考えていたら七瀬が一気に走り出した。あいつ、走り方綺麗だな。絶対運動神経がいいタイプだ。
「「「「「!?」」」」」
近くを歩いていた男子たちも一斉に早歩きになる。ふむふむ、これはこれで絶景かな。さながら女王蟻に群がるありんこ共だ。
男子たちの姿がまばらになってきたことで、俺の周囲に人がいなくなった。そうだ、これこそが本来あるべき姿。
「まあ、今日も今日で頑張りますかね」
そして俺もいなくなった男子たちに続くように学校へと向かった。
※
さてと、もう昼休みだがすでに緊急事態発生だ。七宮先生を通してさっそく委員会からの招集がかかってしまった。しかも放課後すぐにときたものだ。やばい、面倒くさくて死にそうだ。
「……はぁ」
俺がそんな心境に浸っていたところ、俺ではなく隣の席からため息が聞こえた。一人でコンビニのパンを食べていた雪花だ。
どうやらこのクラスの副委員長になるにあたって、担当される業務の内容を聞いたらしい。そしたら想定以上に多いとかなんとか。いや、風紀委員会よりは確実にマシだろ。
ちなみに雪花は昼食を如月と共にすることはない。如月は雪花が一人で昼食を食べたい派だと分かっているのか、この時間だけは絶対に侵食しないようにしているのだ。その分、他の友達と仲良く過ごしているが。
(風紀委員会か……)
昨日は深く考えなかったが、改めてこの委員会について考えてみる。俺が一年生の時は図書委員会に所属し随分と楽をさせてもらった。だが今年はそうもいかない。ただ一つ、想定していることがある。
(風紀委員会は活動上、生徒会と関わる機会が多い……)
つまり、もしかしたらこれから見知った人物たちと関わっていくのかもしれない。
まず、義姉さん。実は学校の中では一度も喋ったことがない。ただ単に会う機会がないというのもあるが、お互いに関わらないようにしているのだ。
優秀な生徒会長である義姉を持つ出来損ないと、出来損ないの義弟を持つ生徒会長な義姉。この構図を周囲に認知させてしまうと厄介なことになるに違いないからだ。よって、義姉さんは学校で俺に自ら関わろうとはしないだろう。というか、そう思いたい。
だが、それとは別にもう一人だけ危惧すべき人物がいる。
(……ここで桜か)
義姉さんは俺に嫌がらせをする天才か何かなんだろうか。よりにもよってあいつを副生徒会長にしてしまうとは。あいつにそこまでの器は……
(いや、俺が最後にあいつに会ったのは三年位前だから……きっとあの時より成長してるか)
俺が小学校の時、如月遊と関わることはあまりなかった。それは如月遊が周囲との関係を閉ざしていたことが原因だ。時間が経つにつれそれは解消されていったが、俺と長時間にわたる会話をしたのは誘拐事件以来ほとんどない。だからこそ、俺はあいつに気づかれていないのだ。
(如月はともかく……さすがにあいつを相手にするのは少し自信がねぇな)
約一年間、俺と桜は長い時間にわたり行動を共に過ごしてきた。中学二年生に進級し、クラス替えが行われてからはあまり関わらなくなったがそれでも不安要素が大きい。
何よりあいつは……
(俺と長い間一緒にいただけあって、俺の手の内を想定できてしまう)
俺は今でも様々な秘密兵器(過剰防衛になる類)や持て余すほどの技術(大半が法律スレスレ)を持っている。あいつと一緒にいる間はそれを大量に見せてしまったし、それとは別に様々な技術を桜に伝授してしまった。
(読心術や交渉の仕方、合理的な解決策を見出させる能力や相手に舐められないような立ち振る舞い、単純で応用が利く護身術に……えっと、あと何を教えたっけ?)
教えたことが多すぎて覚えていない。とにかく、俺が培った多くの技術をあいつは身に着けている。俺に劣るとはいえこの学校で警戒するべき要注意人物のトップだ。
そして何を間違えたのか、そんな人物があの義姉さんの近くにピッタリ張り付いてしまっているのだ。これはもう、悪夢としか言いようがない。
お前が言うなと言われるかもしれないが、俺もあいつとはもう顔を合わせたくない。俺だってまだ心の傷は完治しきっていないのだ。
「はぁ……」
思わずため息をこぼしてしまう。隣の雪花に真似するなと鋭い視線を向けられた気がするが、それを無視しつつ放課後のことに思いを馳せる。
(まずは、今回の集会を乗り切ろう)
さすがに今日の今日であいつと関わる機会はないと思うから、とりあえず風紀委員会でどれだけ楽をできるか考えよう。
俺はそんなことを考えながら食べかけのおにぎりを食べ始めた。うん、やっぱりコンビニの明太子はなんかぐちゃぐちゃしてる。やはりツナマヨと昆布の組み合わせが至高かもしれない。今度からはその二つを買ってこよう。
雪花を真似るように音楽を聴きながら呑気におにぎりを食べている俺だが、この後とんでもない緊張状態に陥ってしまうことをまだ知らない。なんなら想像すらしたくなかったのだろう。
まさかあいつと、本当に会うことになるなんて……と。
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